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【特集:再生医療の未来】
座談会: 動き始めた再生医療の時代

2019/06/05

連携の必要性

中村 今、それぞれの立場からこれまでの再生医療への取り組みをお話しいただきました。それを踏まえて、現在の日本の再生医療の課題を討議できればと思います。

大きく分けて、基礎研究に関する課題、臨床応用、産業化に向けた課題、倫理面の課題と3つあるかと思いますが、まず、基礎研究という観点から山中さんいかがでしょうか。

山中 やはりゲノム編集に代表されるように、急速に科学が変化していますので、最先端の基礎研究の成果を、どうやって応用を目指した私たちのような取り組みにリアルタイムにつなげていくか、が非常に大きな課題だと感じています。

臨床の細胞製造ですから、GMP(Good Manufacturing Practice)ということで規格化し、方法を固めることも常に求められているのですが、同時に、技術そのものが日進月歩で変化している中で、ジレンマを感じながら進めているところです。

また、今までの低分子化合物のような場合、良い低分子があれば、あとは投与すれば仕事は終わりだった。しかし、再生医療の場合はいくら良い細胞をつくっても、手術として成熟していなければ絶対失敗します。

ですから、再生医療という一連の流れの中で、私たち基礎研究者、また製薬企業ができることは、実は限定されていると思います。そこで、外科医を中心とする臨床医の人たちと、いかに研究開発の早い段階からチームをつくって行うかが重要になります。

岡野さん、中村さんは理想的なチームだと思いますし、今、すでに臨床に入っている髙橋政代先生や髙橋淳先生も、研究者でありながら実は外科医でもあるので、チーム形成が当初から上手くいっています。

いかに良い連携のチームを形成するかということが、今までの薬の開発にはなかった再生医療の重要な側面かなと感じています。

木村 まさに連携は重要だと思っています。われわれのパーキンソン病のプログラムの場合は、先駆け審査制度に指定され、年に10回くらい、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)と相談しながら進めていますが、医師である髙橋淳先生と、われわれ製薬会社が一緒に当局と議論していくことが、再生医療の推進には非常に大きなことだと思っています。

もう1つ、会社同士の連携ということもあります。製薬会社は普通、自社あるいは同業者とだけで研究するのですが、今、我々は、日立さん、あるいは欧米の機械のベンチャーと同じラボの中で研究をしています。他業種、あるいは立場の違う人たちとの連携の重要さを日々実感します。

岡野 連携は本当に大事です。再生医療はまさに社会実装を目指した学際的研究の究極のようなものですし、これをさらに進化させるには、遺伝子治療やゲノム編集といった方法と、フュージョン(融合)して進めていくべきだと思います。実際にFDA(アメリカ食品医薬品局)ではCellular & Gene Therapy(細胞・遺伝子治療)という範疇で審査していますし、厚生科学審議会も、実はもう細胞治療と遺伝子治療を一緒に審査しているように、不可分の技術として進んでいくかと思います。

一方、非常に能力があるチームが力を結集してできたプロダクトは、地域医療に関わる市民病院でも投与できるぐらいまでに一般化していくことが今後必要だと思っています。そこはまだハードルが高い。社会構造、流通構造を変えるところにも及んでいきますので、いろいろな人と話していかなければいけないと思っています。

中村 冒頭に岡野さんから話があったように、慶應医学部では、基礎臨床一体が原点ですので、そういう意味ではプロジェクトの開始当初から、基礎と臨床とのチームづくりは非常にいい形で進んできたと思います。

再生医療の課題というのは、生きている生の細胞を使うゆえに、今までのシステムとは違った連携が必要になり、その結果、非常に多くのプロセスが必要になると思います。例えば、他家細胞であれば、再生医療製品をつくる際に、原材料はどこから入手するのか。それをどうやって輸送し、どこで製造加工するか。どこで評価するのかといった一連のプロセスが続くわけです。

その中で、日本は再生医療推進法で法的な整備を世界に先駆けてやり、研究シーズでもリードしてきましたが、実際に社会実装が目前となったときに、国民にとっての医療として普及していくためには何が必要となるのか。おそらく、これまでにはなかったような連携体制をとっていかないと、本当に普及する再生医療というものにならないのではないかと危惧しています。

例えばMSC1つ取ってみても、その原材料をどこからどうやって入手するのか、日本では今、非常に不安定な状況です。すでに臨床応用を開始している企業は海外から細胞を輸入しているとお聞きしました。しかし、システムが海外とは違うので、ボランティアにお金を払って細胞をいただくことは日本ではNGです。

CiRAに公的なiPS細胞をしっかりとつくっていただいているわけですが、他の細胞に関しては、そういったシステムがまだできていない。これから価格も下げ、国民に広く普及できる再生医療にするためには、細胞の原材料、加工、輸送といったところの仕組みづくりと多企業間の連携はますます重要になってきます。

必要となる国による整備

中村 だからこそ永山さんが座長をされているバイオ戦略会議等で、日本に何が足りないのか、それをどうやって解決していかなければいけないのかを議論しているわけですね。

永山 バイオ戦略会議では6月までに日本のバイオ戦略を打ち出すことになっていますが、再生医療の分野でこれから国レベルで取り組まなければいけないことは、やはり国際的な基準の共通化などです。承認制度についても、日本では再生医療関連法案の1つの再生医療等安全性確保法が、今年の11月で施行から5年になりますが、見直しが議論されている。こういった標準化をどんどん進めていかなければ、再生医療技術を社会的に使う道が閉ざされてしまう可能性もあります。アメリカ、ヨーロッパとも承認基準は少しずつ違うわけで、国際的な基準化がやはり必要だと思っています。

それから、山中さんからもあった質の高いiPS細胞をつくるということも課題です。再生医療というのは、細胞を用いた治療が主ですが、細胞は分裂や分化の過程で遺伝子を含め状態が変化します。そのような細胞やそこから分化させた組織をつくるというところが、今までの有機化学合成を中心とした医薬品創製とはまた違う面です。これからは、今までの医薬品産業だけではなく、細胞をきちんとつくれるような会社やCMO(医薬品製造受託機関)といったものや、ベンチャーの形成も必要だと見ています。

木村 具体的にどのようなことが必要になるでしょうか。

永山 新しいテクノロジー、サイエンスが出てきたときに、やはり米国などと比べると、日本は「エコシステム」というものが、きちんと描けていない。

例えば、自動車産業は、日本では有力な会社が出てきて、世界で競争力を発揮してきた。これは国の税金で道路をつくり、車が快適に走れるようになったので自動車産業が繁栄したわけですが、この道路の部分は民間の努力だけではできないわけです。同様に再生医療でも、許認可などは、やはりシステムとして国が整備していかないと、国際競争力にはつながらないと思っています。

アメリカなどでは商務省は年間7000万ドルくらいかけて120ほどの企業、大学や研究機関等のコンソーシアムで共通化できるような製造技術や培養技術というものへの投資をしている。ですから、日本も「道路」を描き出すことによって、国にやってもらうべき点をこの機会にはっきりさせたいと思っています。

また、許認可のところもできるだけ標準化をしたい。薬ではICH(医薬品規制調和国際会議)という、国際的な会議体を長くやっていますが、この中に再生医療は入っていません。ですから、再生医療についての規制調和会議をつくり、最終的には、グローバルに共通なものをつくっていかないといけない。その都度、国によって規制や基準が違うとなると大変なのです。

木村 その通りですね。

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