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【特集:再生医療の未来】
座談会: 動き始めた再生医療の時代

2019/06/05

ベンチャーをどう育てるのか

永山 それから、オープンイノベーションの中で、日本はやはり圧倒的に生物、生命科学系のベンチャーの数とそこへの投資がまだ足りないのです。IT産業では、優秀な若い人たちがITのスタートアップに入るというカルチャーができつつあるようですが、生命科学のほうではなかなかそうはいかない。それを支援するお金と、新しいものにチャレンジできるカルチャーをつくっていかなければと思います。

大日本住友さんは大変積極的に再生医療分野をやられていますが、細胞の培養といったバイオ技術を有する企業でないと、この分野への参入は難しい状況です。また、投下せねばならない資本も大きくなるため、ベンチャーをインキュベートし、アカデミアとベンチャー、ベンチャーと企業という分業・協業体制を実現していく必要があります。

岡野 エコシステムは、京都のCiRAの周辺、また神戸(理化学研究所)、あるいは関東だと川崎殿町(慶應殿町タウンキャンパス)や日本橋(一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム:FIRM)など、いろいろなところで今、つくろうとしています。ボストンやシリコンバレーの単なる真似ではなく、日本の風土に合った形のエコシステムをつくるということが始まりつつありますので、ぜひ温かい目で見ていただければと思います。

FIRMという再生医療に関する会社の連合は、元富士フイルムの戸田雄三さんが会長をなさっていますが、この間、日本再生医療学会と一緒にディスカッションし、どうやって国を挙げてやっていくかを話しました。やはり、それぞれの会社同士が一番重要なノウハウについてシェアできるところと、できないところをどう見極めていくかが課題のようです。皆、総論には賛成なので、ディスカッションを続けていい形にしていきたいと思います。

慶應の話をしますと、私が学部長をしていたとき、「慶應のベンチャーを100社つくろう」と言って、皆に驚かれたのですが、もう13社になり、慶應医学部出身、医学部発ベンチャーの連合組織みたいなものもでき始めました。まだまだ弱いですけれど、われわれ教員だけでは絶対に社会実装できませんので、研究者から出てきた発明や医療を支え、なんとか世の中で使えるような形にしていくという組織は、これからつくっていかなければいけないと思っています。

中村 再生医療を扱うベンチャーは、かなり難しい面があると思います。例えば再生医療製品を何か形にしようと思ったら、CPC(細胞調製施設)も必要だし、原材料の入手や、製品の品質管理などにかなりのリソースが必要になってきます。

僕は再生医療における今後の社会実装を考えたときに、若い研究者が持っているシーズをインキュベーションするようなプラットフォームができ、そこに来れば、そんなに大きな設備投資をしなくてもチャンスが与えられることが重要だと思っています。

そのように、産官学が連携するエコシステムを将来的につくれるようなコンソーシアムを形成して、若い人たちをそこに呼び込みながら、育てていくという形が今後、日本の再生医療を世界に発信していくための重要な1つのカギとなると思います。

永山 薬の世界では、アメリカだけでも数千、世界全体では5千ぐらいのベンチャーがあると言われています。FDAで承認を取る薬は、世界で画期的ということになっていますが、昨年、62個承認されたのが、今までのレコードなのです。でも、製薬企業各社と数千あるベンチャーの中からそのぐらいの数しか出てこないということは、逆に言うと相当母数が多くないと新薬は出てこないことになります。

確かに日本も最近、ずいぶんベンチャーが出てきました。ただ、プラットフォームとしてはまだまだ弱い。アメリカではNIH(アメリカ国立衛生研究所)は毎年約10億ドルの資金をスタートアップ会社に流しています。その中にはお金だけではなくて、経営指導とか会計、法律の知識といったことも含めたメンター制度を持っていて国が推進している。CRO(Contract Research Organization、医薬品開発受託機関)なども、国と直結しているものがあって、それをベンチャーが使えるようになっている。そういうエコシステムがやはり大事だと思うのです。

薬価をめぐる議論

中村 臨床応用について、産学連携やベンチャーという話が出てきました。日本が世界に先んじて、いろいろなシーズが走っていて臨床に向かっている中で、再生医療製品の標準化や製品の評価基準というものを、世界に向けて発信し、世界標準を日本がつくっていく形でないといけないと思います。そのあたり山中さんはいかがですか。

山中 日本は、2017年に医薬品条件付早期承認制度ができました。アメリカ等から批判もされているのですが、これは非常に大きなチャンスだと思うのです。

低分子の時代は、日本の製薬企業も世界のトップだったのですが、90年代末のバイオの時代から、なかなか画期的な薬が出なくなってしまった。アメリカはお金の集まり方も半端ではないので、いろいろな薬ができてくるのですが、どうしてもアメリカ型の投資に基づく開発だと非常に高額になってしまい、薬価も向こうの企業の言い値に近い状態です。CAR-T細胞療法は5000万円ぐらいです。

だから、アクテムラ(日本で開発された最初の国産生物学的製剤)がまさにそうですが、日本で最初に公開されれば、べらぼうに高くはない薬価が付けられる。日本で最初に薬価が付いたというのはすごいことだと思います。アメリカで薬価が付いてしまうと、日本ではその価格に引きずられてしまう。

だから僕がiPSでこだわっているのは、なんとしても日本で最初に承認を受けて、日本で薬価を取りたいということです。そうやってアメリカに持っていけば、例えば日本が100万円で提供しているものを、いくらなんでも1000万円にはできないと思いますから。

私は毎月アメリカに行っていますが、アメリカ型の開発が当たり前で、「5000万円なんて当然だ、そのうちだんだん安くなるよ」という感じなのですが、その間に、5000万円が払えなくて亡くなる人を山ほど見ています。

日本の場合、保険と高額医療制度で多くの患者さんがアクセスできると思いますが、国家財政が間違いなくもたなくなりますから、そのあたりはぜひ考えていきたい。

中村 これは重要なテーマですね。再生医療製品は、おそらく相当高い薬価が付くだろうと思われるので、厚生労働省の中で費用対効果の議論がこれから活発になってくると思います。

これはアカデミアの立場と、企業側の立場では、当然違ってくると思うのですが、一臨床医としては、近い将来、再生医療が、ごく一部の人しか受けられない特別な医療であってはいけないと思っています。病気になった人、けがをした人が皆、受けられる治療であってほしい。そういった医療として普及するためには、いろいろなブレークスルーが必要ですね。

木村 いいものを安くして、普通の病院でも再生医療ができ、多くの患者さんが利用できることが理想だ、ということには皆さん誰も異存ないのですが、実際にそこまでの技術を仕上げていくためには、投資が回収されて、再投資できるというサイクルが動いていくことが、エコシステムとして必要になります。

それを動かす燃料として、お金というものが動いているわけです。個別の会社の損得は別にして、議論の中で「再生医療を社会に普及させるためにはどのようにお金を動かすのか」という観点が抜けていると危惧しています。広くあまねく安いものを提供できるようになる過程で何が必要なのか。間もなくいくつかの製品が承認される時期に差しかかり、薬価の議論が、起こりつつありますが、仮に、非常に安い値段を付けてしまったら、製薬会社はどこも研究開発をしなくなります。

当社は、社会のニーズがある限り、事業性のある薬価が設定されるはずだ、ということで投資をしているのですが、多くの会社は、資金回収の目途が立たないので、投資をする判断ができない。

再生医療製品を広く普及するためには、技術的、あるいはシステム上の課題はまだ山積していて、それぞれを解決するのに時間、ヒト・モノ・カネが必要で、それを供給するためのシステムをどうするかという観点の議論がぜひ必要です。

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