【特集:再生医療の未来】
座談会: 動き始めた再生医療の時代
2019/06/05
-
木村 徹(きむら とおる)
大日本住友製薬株式会社取締役常務執行役員
1984年大阪大学基礎工学部卒業。89年京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。同年住友化学工業入社。2009年大日本住友製薬株式会社ゲノム科学研究所長、15年同社執行役員。19年より現職。
-
永山 治(ながやま おさむ)
中外製薬株式会社代表取締役会長、慶應義塾評議員
塾員(1971商)。日本長期信用銀行を経て1978年中外製薬入社。85年取締役を経て92年代表取締役社長最高経営責任者(CEO)。2018年より現職。ソニー株式会社社外取締役 取締役会議長。
-
岡野 栄之(おかの ひでゆき)
慶應義塾大学大学院医学研究科委員長、医学部生理学教室教授
塾員(1983医)。筑波大学教授、大阪大学教授等を経て2001年慶應義塾大学医学部生理学教室教授。医学博士。15年~17年同大学医学部長、17年より医学研究科委員長。専門は神経科学、幹細胞生物学、再生医学。
-
中村 雅也(司会)(なかむら まさや)
慶應義塾大学医学部整形外科学教室教授
塾員(1987医)。慶應義塾大学医学部専任講師、准教授等を経て2015年より現職。博士(医学)。慶應義塾大学医学部長補佐(産学連携・広報担当)。専門は脊椎脊髄外科・脊髄再生等。
再生医療研究の現状
中村 今日は「再生医療」をテーマに各先生方にお集まりいただきました。
本年の2月に慶應義塾大学病院が提出していた、「亜急性期脊髄損傷に対するiPS細胞由来神経前駆細胞を用いた再生医療」の臨床研究開始が了承されました。これは世界で初めてのiPS細胞(人工多能性細胞)を用いた脊髄損傷治療の臨床研究となります。
実際に患者に移植する再生医療に対しては大変期待が大きいわけですが、現在どのようなステージまで来ていて、今後どのようなことが可能となり、また課題は何か、ということなどをお話ししていきたいと思います。
最初に、各立場からの再生医療へのこれまでの取り組みに関して、ご紹介いただければと思います。まず山中さんのほうから、現在のiPS細胞研究所(CiRA)の再生医療用iPS細胞への取り組みについてお願いいたします。
山中 私たち京都大学iPS細胞研究所は、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の再生医療実現拠点ネットワークプログラムの1つであるiPS細胞研究中核拠点という枠組みで、いわば国のプロジェクトとしてiPS細胞の製造を行っています。私たちが担当しているのは、再生医療用のiPS細胞の供給です。これは自家移植(患者自身の細胞を使うこと)がベストなのは当然なのですが、現状では自家移植は時間とコストがかかり過ぎるので、健康な他人の細胞を予め保存しておき、供給をしています。
免疫拒絶を少しでも抑えるために、HLA(ヒト白血球型抗原:Human Leukocyte Antigen)ホモ接合体を持つドナーの方を日本赤十字社の協力を得て探し出し、iPS細胞をつくり保存しています。これまでに4種類のHLA型のiPS細胞を供給できる体制を整えています。この4種類で日本人の大体40%弱をカバーできるのです。
一方で、どんどん頻度の低いHLAタイプのものが残っていきますので、日本人の90%をカバーしようと思うと、100種類以上のiPS細胞が必要になり、大変な労力と時間、お金が必要になります。
この数年、ゲノム編集の技術が急速に進んできており、今までつくったHLAホモのiPS細胞に対してゲノム編集を用いることで、HLAの一部を改変することが比較的簡単にできるようになっています。
ですので、これまでのHLAホモの細胞を探し出す戦略に、ゲノム編集を加えることによって、より少ない数で大部分の日本人、さらには世界中の方に拒絶反応の比較的少ない細胞を供給できるよう、研究をしています。来年ぐらいにはHLAをゲノム編集した臨床用株を供給できるようにしていきたいと思っています。
中村 有り難うございます。続いて岡野さんお願いいたします。
岡野 私は基礎医学の生理学の教授ですが、本学の初代医学部長北里柴三郎博士は、基礎臨床一体ということを本学のモットーとしてきました。本当に社会実装できるところまで一緒に研究・開発をやろうと、整形外科の中村さんのチームと、先代の戸山芳昭先生のときから20年間にわたり、再生医療について共同研究をやってきました。基礎の研究成果が、なんとかヒトに応用できるところまできたところです。
私自身は、このようなトランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)として、脊髄再生に加え、神経の難病の研究に関しても、iPS細胞技術、あるいは幹細胞技術を使ってやっています。特にALS(筋萎縮性側索硬化症)については、いわゆるiPS細胞創薬で見出だされた薬で、今、実際に治験が行われていて順調に進んでいます。
私自身の基礎研究としては、神経発生という立場から、今まで治らなかった中枢神経系の疾患に対する革新的な治療法を開発していきたいと思っています。そのためには実際の臨床にすぐ行くのではなく、そのベースとなるような神経発生、そして幹細胞制御機構に関して非常に長い年月をかけて取り組んでいるところです。
中村 今、岡野さんからお話があったように、私たちは20年近く共同研究を続けてきました。基礎の研究者と臨床家がアイデアを出し合いながら共通の目的に向かって一歩ずつ前進してきました。また、大日本住友製薬さんとは、軸索伸展阻害因子に関する研究も行ってきました。臨床においては評価系の構築も重要ですから、MRIを用いた研究等もやってきました。そういった多くの研究成果の集大成によって、初めて再生医療ができるのではないかと思います。
製薬会社の再生医療への取り組み
中村 それでは、企業の立場から、永山さんいかがでしょうか。
永山 私の立場は、自分の会社からということ、それから、バイオ戦略有識者会議(内閣の統合イノベーション戦略推進会議の下に設置)が本年2月に発足し、私が座長を務めておりますので、その立場からというものがあります。
会社のほうですが、大日本住友さんは非常に大がかりに新しい再生医療に取り組んでおられます。私どもではバイオの製品を多く開発してきてはいますが、いわゆる再生医療という分野ではまだ何か大きなことはしてはいません。
基本的に製薬会社というのは、20世紀は低分子化合物で薬をつくって、主に代謝異常といったところで生活習慣病についての製薬が大きな市場を形成してきました。それが、20世紀の終わり頃から2000年以降、ゲノムの塩基配列の解読が進み、バイオの時代に入ると、抗体医薬などが市場では大きくなっています。低分子、高分子に加え、これからは中分子、あるいは核酸というモダリティ(治療手段)が注目されているわけです。
その次に来るのが、再生医療を使った治療です。当社はまだあまり深く入っていないのですが、今、広島のベンチャーと組んでいます。ここはMSC(ヒト間葉系幹細胞:Mesenchymal Stem Cell、幹細胞の1つ)を無血清で培養する技術を有しているので、gMSC1(注:膝軟骨再生細胞治療製品の開発番号)という形で健常人の滑膜細胞から採取したものを培養し、他家の軟骨製剤をつくるというプロジェクトが、フェーズ3に入っているという状況です。
中村 では、木村さんどうぞ。
木村 当社は、1980年代末のバブル期、研究費にも余裕がある時代だったのですが、神経系の創薬の中で、最も重要な課題に長期的な視点で挑もうということで、「中枢神経の再生」というテーマのプログラムを開始しました。
いろいろな方法がある中、低分子によって軸索(神経突起)の再生に取り組むうちに、実際に軸索を伸ばせそうな化合物が見つかってきた。そこで、その分野で非常に研究が進んでおられた岡野さんに「これが実際に脊髄損傷で効くかどうか確かめたいので協力してほしい」とお願いし、2000年から共同研究をさせていただいています。それから、中村さんも一緒に脊髄損傷で低分子を使った軸索再生に取り組みました。
そうした中、ヒトのES(胚性幹細胞)の技術、さらに山中さんのiPSが出てきて、細胞を使ったほうが再生医療をやりやすいのではないかと考えたわけです。
2012年度、私が事業戦略部長として中期経営計画策定に関係した際に、低分子の創薬がある意味行き詰まっている中、十数年後に2千億円の売り上げを目指した新しい事業として、細胞を使った再生医療に取り組む戦略を打ち出しました。ちょうどその頃に山中さんがノーベル賞を取られ、再生医療推進法ができ、再生医療推進の機運が盛り上がってきました。現在では、岡野さん、中村さんの他にも、理研(理化学研究所)の髙橋政代先生、あるいは山中さんの京大CiRAの髙橋淳先生のプログラム等、進行中の国のネットワーク拠点プログラムの多くを一緒にやらせていただいている状況です。
われわれは当初、中枢神経に絞っていたのですが、最近は少し自信もついてきて、末梢神経にも進出しようと、つい先日プレスリリースし、腎臓の再生医療にも取り組み始めました。
2019年6月号
【特集:再生医療の未来】
カテゴリ | |
---|---|
三田評論のコーナー |
山中 伸弥(やまなか しんや)
京都大学iPS細胞研究所所長・教授
1993年大阪市立大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。奈良先端科学技術大学院大学遺伝子教育研究センター教授等を経て2010年より現職。06年iPS細胞を発表し、12年ノーベル生理学・医学賞受賞。