【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
座談会:「力による支配」に抗い 「法の支配」を守るために
2026/03/05
ICCを支援するために
オステン 今言われた通り、ICCをより身近に感じてもらうためには、日本国内にICCの事務所、あるいはICCをアカデミアの側から支えるような学術的なネットワークを形成する試みが必要との考えから、昨年の11月にICCアジア太平洋学術フォーラムを行いました。
慶應と同じようにICCと協定(MoU)を結んでいる大学は他にもアジア各地にあります。日本は5つ、韓国は4つ、モンゴルは1つ、合わせてこの10の大学が三田で一堂に会して、ICCと今後協力して、アカデミアの側からどのように支援していくかという議論を行いました。
このフォーラムを今後もより体系だった形で継続していくためのアジア地域全体の統括役についても議論され、本塾大学がご指名をいただき、今後、アジア太平洋地域のアカデミックネットワークのとりまとめ役のような形で支えていく役割を担う方向性が合意されました。
このフォーラムはICCと各大学との今までの協力関係に加えて、アジア各地にある大学同士の協力関係をも強化していくためのもので、人材育成や、アジアにいながらも国際刑事司法を学習・経験するためのカリキュラムも協働して立ち上げます。
例えば韓国とモンゴルの学生を慶應に呼んでセミナーを開いたり、両国と日本の実務家が一緒にハーグの短期研修プログラムに行くといった構想が話し合われました。そうした具体的な協力で、アジアからICCへのより大きなコミットメント、そしてアジアからの国際司法へのより主体的な関与を強化していくことを試みています。
一方、先ほど赤根さんからお話があったのは、ICC自らが広報拠点として設置する地域事務所という構想です。そういった構想の今後の展望についてはどのように考えればよろしいですか。
赤根 地域事務所の話は最終的にはICC締約国会議で決まらないといけません。締約国から提案があり、かつ最終的に締約国各国がそれに合意した場合、どこに作るのかという話に移っていきます。
例えば、ラテンアメリカなどはコロンビアとコスタリカが「うちに事務所を置いてください」と言っています。ところが、アジアはどこも手を挙げていない。日本も何も言ってこないので、私は日本政府等には度々「日本から積極的に提案してほしい」と言っているのです。
しかし、「考えていないわけではないけれど、今やるべき時かどうかを慎重に判断します」というようなお返事です。
オステン そうした中でとりあえずできるところからスタートするということで、今回はあくまでアカデミアからICCを支える学術ネットワークのアジア拠点を創設し、その事務局を本塾大学三田キャンパスに置くという計画がまさに今、具体化しつつありますね。
赤根 それはすごく重要なことです。1つはアカデミアから「地域事務所が必要だね」という声を高めていただくことにつながると思います。マスコミの助けも非常に重要で、今日本が地域事務所を作らなくて、100年後の日本をどうするつもりなのかと問うていただければと思います。
事務所ができたら、日本の中でよりICCの知識を広めたり、若い人たちの学習意欲を高めるという効果ももちろんあります。最近における、いわゆる多国間の取り組み、あるいは国連を含む国際的な取り組みがなかなか機能しない中、ICCは世界の正義の最後の砦、そして法の支配とは何かということを、実務をもって訴えていく唯一の場所になりつつあります。
そういう役割の重要性を広め、日本やアジアの人たちにそれを担ってもらうためには、地域事務所が最終的には必要だと思っています。そして、広くそういう人たちを育てるアカデミックなネットワークが必要なのだと私は理解しています。
MoUを結んだ大学で、単なる理論のみではなく「事実認定はどうなっているの? その事実認定の上でなぜこういう判例ができたの?」という議論をすることが大事です。そうすることでICCが法の支配を守っているということが体感としてわかる。
ICCを攻撃する国は、「政治的に動いている」と言うけれど、三上さんがおっしゃった通り、実際は「事実認定などの手続きをとても大事にするところ」なのです。
オステン 司法機関としてICCが公平性と独立性を維持していることを体感し、その国際社会における法の支配を守るための役割の重要性を認識してもらうということですね。その原点には地道な刑事裁判の実務というものがある。それを経験していただくということですね。
「法の支配」を守る日本の役割とは
オステン 今のお話の中でも日本の消極姿勢のお話もありましたが、それは五十嵐さんが先ほどおっしゃった日本のICCへの対応の物足りなさに通じるのかと思います。日本のICCとの付き合い方について、具体的に問題提起ないし提言するとしたら、どういった点がとくに重要とお考えでしょうか。
五十嵐 日本政府の対応に物足りなさがあるのは事実ですが、日本が法の支配を重視してこなかったかと言うと、まったくそうではありません。法の支配は日本外交の重要な軸です。東南アジアなど途上国を対象に法整備支援や人材育成などの地道な取り組みを続けており、現地で高く評価されています。また、ICCについても加盟国で最大の分担金を拠出し、これまでに赤根さんをはじめ3人の裁判官を派遣するなど、支援を続けてきました。
だからこそ、法の支配がきわめて重大な危機にさらされ、国際的な注目を集めている時に限って、日本がさっと気配を消すような対応をして、存在感を示すことができないでいることが残念でなりません。今回のアメリカのベネズエラへの武力行使もそうですし、2025年2月にアメリカがICC関係者への制裁を科した際の対応もしかりです。
アメリカの制裁に対しては、フランスやドイツなど79カ国・地域がただちに連名でICCへの支持を再確認する声明を出しましたが、日本は加わりませんでした。
アメリカの制裁と各国による声明発出は、当時の石破茂首相が訪米してトランプ氏との初の対面による会談に臨むタイミングと重なりました。ある政府高官は「会談に悪影響を及ぼす一切の要素を排除する必要があった」と説明していました。
ただ、この説明をそのまま受け入れるわけにはいきません。トランプ氏は第一次政権の2020年にも、アフガニスタンでの米軍の活動をめぐってICCが戦争犯罪容疑で捜査を始めたことに反発し、ICCの検察官らへの制裁を発動しました。これを非難する共同声明には67カ国が参加しましたが、この時も日本は加わっていません。米国の制裁を真正面から非難しないという意味において、日本の対応は一貫しているのです。
もちろん外交には優先順位があり、日本が不確実性の高いトランプ政権への対処に最優先で取り組もうとすること自体は理解できます。しかし、ICCが政治的な圧力にさらされている中で、日本が無作為でいると国際社会から見られることが続けば、長年積み上げてきた日本の司法外交の資産が一気に目減りしてしまうのではないかと心配です。
外交の優先順位でいえば、ICCの事務所を日本に誘致しようという機運は今のところ政府内になく、優先順位は低いと言わざるを得ません。だからこそ、大学による学術ネットワークが先行して発足することには意義があり、しかもモンゴルが入っていることにも注目しています。
モンゴルは2024年、ICC加盟国にもかかわらず、ICCが逮捕状を発行したロシアのプーチン大統領の訪問を受け入れました。それについては社説で、国際法廷の権威を損なう対応は看過できない、と指摘したことがあります。そういった意味でもモンゴルの大学が加わる意味は大きいように思います。
赤根 モンゴルの法務省(司法省)は外務省とは少し違った立場です。「ICCとはずっと仲良くして、貢献していきたい」と言っていますし、最高裁は非常にICCに親和的です。モンゴル国内でも法の支配をいかに守るかが司法の分野からは注目されています。
モンゴル出身の裁判官が今ICCにいて、彼は本国の最高裁出身です。彼はやはりモンゴル社会に様々な形で浸透しています。モンゴルがICCの裁判官を出したということは大きいと思います。
五十嵐 1月7日に高市首相が、一時帰国中の赤根さんとICJの岩澤所長とお会いになりましたね。首相自らXの投稿で紹介していました。法の支配を守るという姿勢をアピールしたかったのでしょうが、国際司法の最前線に立つお2人と直接対話の機会を設けたことは評価できると思います。その後、茂木外務大臣にもお会いになりましたが、一連の面会は赤根さんから求めたものだったのですか。
赤根 そうです。私は日本に帰るたびに首相、外務大臣、法務大臣にお目にかかりたいと常に言っています。それはなぜかと言うと、やはり裁判官として日本に還元するものが必要だと思うからです。ICCの現状をお話しし、引き続き支援をお願いするという意味でも必要だと思いやっています。
普通、首相や大臣が代わったばかりだと、忙しいので会えないと言われることが多いですが、お2人とも会ってくださいました。そういう意味では、サポートしている姿勢を示していただけたと私は高く評価しています。
2026年3月号
【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
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