【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
座談会:「力による支配」に抗い 「法の支配」を守るために
2026/03/05
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五十嵐 文(いがらし あや)
読売新聞論説副委員長
上智大学外国語学部卒業。1990年読売新聞社入社。政治部首相官邸キャップ、ワシントン特派員、中国総局長(北京)などを歴任。国際部長、『中央公論』編集長を経て現職。
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三上 洸(みかみ ひろし)
弁護士、ニューヨーク州弁護士
塾員(2013法、16法務修)。2017年弁護士登録。渥美坂井法律事務所・外国法共同事業所属。24年New York University School of Law (LL.M. in International Legal Studies)修了。25年ニューヨーク州弁護士。24年10月より1年間国際刑事裁判所にて客員専門家として研修。
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フィリップ・オステン(司会)(Philipp OSTEN)
慶應義塾大学法学部教授
塾員(2002法博)。1999年ベルリン・フンボルト大学法学部卒業。2002年同大学法学博士。04年ドイツ弁護士。03年慶應義塾大学法学部専任講師。准教授を経て、12年より現職。専門は刑法、国際刑事法。
高まる国際刑事法への関心
オステン お忙しい中、三田にお越しいただき有り難うございます。本日は、国際刑事裁判所(ICC)所長の赤根智子さんをお迎えして、特集座談会を行いたいと思います。
2024年6月に慶應義塾はICCと基本合意書(MoU)を締結しました。それを踏まえて、慶應では塾生をICCへインターン生として送り込むための派遣プログラムを作り、昨年度は2名、今年度は4名の学生をICCにそれぞれ推薦しています。
またこうした協力関係を踏まえて、昨年11月に「ICCアジア太平洋学術フォーラム」という大きなシンポジウムを、ICCとの共催で三田で開催しました。そういった形で、様々な協力と連携がICCと慶應義塾との間で行われている中、この座談会を開催する運びとなりました。
本日は広い視野でICCの役割、その現状と課題、またICCを支えるために日本から、あるいは大学等研究教育機関からどのような協力や支援を提供することが可能なのか。ひいては力による支配へ世界が逆戻りしないように、世界における法の支配を強化するためにどうしたらいいのか、等を縦横に議論いただければと思います。
私自身と国際刑事法との関わりは、ICCがまだ存在しない時代に始まりました。私の学生時代、1990年代に旧ユーゴとルワンダの紛争で発生した戦争犯罪や大虐殺を訴追・処罰するために国連安保理によって設立された、いわゆるアドホック法廷(旧ユーゴ国際刑事法廷・ルワンダ国際刑事法廷)が活動を開始しました。
しかし、こうした国際的な刑事裁判所の常設化に向けた動きはまだほとんど出ていませんでした。私は慶應義塾とドイツのベルリン・フンボルト大学で法律学を学ぶ中、国際刑事司法の原点とも言うべき東京裁判、ニュルンベルク裁判に関心を持つようになり、そして、東京裁判に関する法律学的な視点から書かれた研究がほとんど存在しないことに気付きました。
歴史学や政治学、国際関係論といった立場で書かれた先行研究は充実している一方、法律学の理論的、法解釈論的な視点に基づく検討は、皆無に等しい状況であることにとても驚きました。残念なことに、その状況は今でもほとんど変わっていません。
東京裁判がその後の国際刑事法の展開にいかなる影響を与えたのかという問いに関しては、国際法学界でも刑事法学界でも、全くといっていいほど研究されていませんでした。しかし、実は戦後直後には東京裁判に関する非常に熱心な法的議論があったのですね。東京大学の刑法の大家である団藤重光博士など日本を代表するような法学者による論文も発表されています。その他にも刑法や国際法の大家たちが、様々な視点から東京裁判についての法律論を展開していました。それが、1950年代に入ってからは残念ながら止まってしまっていた。
一方、法規範の形成という意味では、戦後、世界ではいろいろな重要な動きがありました。ジェノサイド条約というものができて、ジュネーヴ諸条約、それから侵略の定義に関する国連総会決議も合意されました。しかし、実際にそれを適用するような、国際的な刑事司法機関は長らく存在しませんでした。
その状況が変わったのは1990年代に入ってからです。アドホック法廷に続いて、1998年にローマ規程が採択され、2002年にICCが設立されたことによります。国際刑事法に日が当たらない時代が長く続きましたが、特にここ数年で、とりわけロシアによるウクライナ侵攻のあたりから、がらりと状況が変わってきています。
私が慶應に着任した2003年当初は、学生に、まず国際刑事法とは何ぞや、というところから説明しなくてはいけませんでした。しかし、今はロースクール生であれば「ICCとはこういうものだ」とある程度わかっています。ゼミ生や将来法曹を目指す若い人も、国際刑事法に関心を持つようになっており、大きな変化を感じます。
その一方で、その中心にあるICC自体が、現在、大国から脅威にさらされ、存亡の危機にあるとも言われるぐらい、かつてないほど難しい局面に直面している時代でもあります。そのことは後ほど多角的な視点からご議論いただきたいと思います。
では、まず三上さんから自己紹介も兼ねて、国際刑事法、国際刑事司法との関わりについて簡単にお願いいたします。
三上 私は父親の仕事の関係で小学校から中学校まで海外で暮らしていたこともあり、もともと国際政治には興味を持っていました。日本に帰国して慶應義塾高校に入り、受験勉強を気にしないユニークなカリキュラムでイスラム法史など、普通は勉強できないような世界史なども勉強でき、その中で第二次世界大戦後の旧ユーゴスラビアの現代史について学ぶ機会がありました。それが思えば最初の国際刑事法との接点だったかと思います。
高校卒業後は法学部法律学科に進学しました。法律の中でも国際法の授業をたくさん取り、その中でオステンさんの国際刑事法の授業も取らせていただきました。ロースクールも慶應に進学し、そこでも国際法、国際刑事法の授業をたくさん取りました。日本の司法試験の特徴として憲法、民法、刑法などの必須科目に加えて選択科目というものがあります。その中の1つに国際公法の科目もあり、私はこれを選択しました。
その後、弁護士として働き始めましたが、私の事務所は比較的外国のお客さんが多く、外国人の依頼者や会社を代理する機会は多かったです。ただ、それはどちらかというと国際私法の分野でした。それとは別に刑事弁護も好きだったので、日本人や外国人の刑事弁護にも積極的に取り組みました。
日本の大手法律事務所の弁護士は大体5年目前後にアメリカのロースクールに留学することが多く、私はニューヨーク大学に一昨年留学しましたが、そこでも国際法学専攻というコースで勉強させていただきました。
その後、実際の実務も見てみたいと思い、2024年の10月から1年間、ICCの裁判部で客員専門家として研修をさせていただき、昨年10月にその任期を終えて戻ってきたところです。
国際法が脅かされる世界情勢
オステン では五十嵐さん、お願いできますか。
五十嵐 私は本日の座談会の参加者で唯一の法律の門外漢ということで、恐縮しています。ICCとの関わりは、3年前、『中央公論』の編集長を務めていた時に、知人の紹介で赤根さんに直接お目にかかったのがきっかけです。その時はまだ所長になられる前でしたが、2023年10月号で「プーチンに逮捕状を出した日本人裁判官が問う 日本は「戦争犯罪」への備えはあるか」というタイトルで、赤根さんとオステンさんの対談を企画し、掲載しました。
その後、読売新聞に戻り、今は論説委員会で社説の執筆や編集を担当しています。データベースで確認したところ、この1年半ぐらいの間で、ICCや、ICCに関連した社説を、10本近く手がけておりました。いずれもICCの存在や、ICCが守ろうとしている法の支配の重要性を指摘する内容です。
私は新聞記者としてのキャリアでは政治部に在籍していた時期が長く、永田町や霞ヶ関を拠点に取材をしてきました。また、海外ではワシントンと北京にそれぞれ駐在する機会にも恵まれました。日米中のそれぞれの首都で政治の現場を取材する中で、政治と法律の関係性について考えさせられる機会がしばしばありました。
アメリカにいたのはブッシュ(子)政権の時で、イラク戦争がアメリカ社会にもたらした傷跡や分断が生々しく残っていました。イラクに対する武力攻撃は、国連との関係や国際法の観点からみて正当だったかどうかが、繰り返し議論されていました。
それから20年以上が経ち、トランプ大統領は年明けにベネズエラを急襲し、「私には国際法は必要ない」と発言しました。今となってはブッシュ時代のアメリカは、武力行使に際して法的な根拠をとりつくろおうとしたという点で、まだ誠実だったと思えるくらいです。
一方、中国では幹線道路沿いなど目立つ場所に、「社会主義核心価値観」の看板が掲げられているのをよく目にしました。国家が守るべき価値観、社会が守るべき価値観、人民が守るべき価値観というものがそれぞれ4つずつ、計12あり、その中に自由、平等、公正などと並んで「法治」があります。
ただし、中国が言う「法治」は、日本や西洋的な考えに基づく法治とは異なることが次第にわかってきました。特に印象に残っているのが、2016年7月にオランダ・ハーグの仲裁裁判所が、中国の南シナ海における主権の主張を否定する判決を出した時の反応です。判決について、中国側は「ただの紙くずだ」と言って無視を決め込みました。中国は日頃から、国連憲章をはじめとする国際法を重視する立場を強調しているだけに、実際の行動との乖離には改めて驚きと失望を禁じ得ませんでした。
その後、日本に戻り、国際報道を統括する国際部長の職にあった2022年2月に、ロシアのウクライナ侵略が始まりました。国際法を踏みにじり、他国を公然と侵略するような事態が現実に起き得るのかという衝撃が、『中央公論』での赤根さんのインタビューにつながっていきました。
戦後の世界が国際法というルールに支えられてきたのだという事実を、国際法に従わない軍事大国の出現によって意識せざるを得ない状況が生まれています。特に日本は、米国とは同盟国として密接な関係にあり、かつ中露に隣接しています。こうした軍事大国による国際法違反によって、19世紀のような弱肉強食の世界に戻りつつある中で、国際情勢をフォローする日本の新聞記者としても法の支配は非常に身近な取材テーマになっています。
2026年3月号
【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
| カテゴリ | |
|---|---|
| 三田評論のコーナー |

赤根 智子(あかね ともこ)
国際刑事裁判所(ICC)所長、判事
1980年東京大学法学部卒業。82年検事任官。横浜、津、名古屋、仙台、札幌地検検事、東京高検検事、函館地検検事正、最高検察庁検事、法務省法務総合研究所所長などを歴任。2018年国際刑事裁判所(ICC)判事。24年より同所長に就任。