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【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
久保田 隆:概説・国際刑事裁判所(ICC)──ICC体制の強化に向けて

2026/03/05

国際刑事裁判所(ICC)(オランダ、ハーグ) [Wikimedia Commons より]
  • 久保田 隆(くぼた たかし)

    信州大学経法学部准教授・塾員

1.国際刑事裁判所(ICC)とは何か

国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)は、史上初の常設の国際刑事法廷である。ICCは、ロシアのプーチン大統領やイスラエルのネタニヤフ首相に対して逮捕状を発付した国際機関として、あるいは、日本の赤根智子判事が所長を務める国際的な裁判所として、日本でもよく知られるところとなった。また、近時、米国やロシアによるICC職員──ここには裁判官も含まれる──への制裁など、ICCに対する逆風が吹き荒れていることも周知のとおりである。

ICCは、1998年7月17日に採択され、2002年7月1日に発効した「国際刑事裁判所に関するローマ規程」(以下、ローマ規程)という条約に基づいてオランダのハーグに設立された。日本は、やや遅れて2007年10月1日にローマ規程に加入し、105番目の締約国となった(本稿執筆時点での締約国数は125カ国)。以来、日本は最大の分担金拠出国として、ICCを資金面で支えつづけている*1。さらには、人材面においても、裁判官をはじめとする職員を輩出しつづけている。

ICCの任務は、ジェノサイド罪(集団殺害犯罪)・人道に対する犯罪・戦争犯罪・侵略犯罪という4つの犯罪を行った個人の刑事責任の追及である。これら4つのICC対象犯罪は、「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」としてローマ規程に定められ、その重大性から「中核犯罪」(コア・クライム)とも呼ばれている。

国際法(諸種の条約および慣習国際法)によって規律される国際犯罪には、中核犯罪のほかにも、海賊行為、テロ犯罪、人身売買、拷問、強制失踪(拉致)、国際的な薬物犯罪や組織犯罪、ハイジャックなど、さまざまなものが存在するが、中核犯罪には、これらにはない特徴がある。それは、中核犯罪は、国際法上の直接の可罰性を有するという特徴である。要するに、中核犯罪に関しては、国際法(ローマ規程など)を国際法廷(ICCなど)で直接適用して個人の刑事責任を追及できる、ということである。これに対して、その他の国際犯罪は、国ごとに対応の違いはみられるものの、基本的には、もっぱら各国が自国の国内法に基づいて訴追・処罰するものである。

このように、国際法上の犯罪に対して、国際法廷で国際法を直接適用して訴追・処罰することを、国際刑事法ないし国際刑罰権の「直接実施」、国際法をいったん国内法に落とし込んでから(いわば間接的に)適用することを、「間接実施」と呼ぶことがある。ただし、ここで見落としてはならないのは、中核犯罪はICC等の国際刑事法廷による直接実施だけでなく、間接実施、つまり各国の刑事司法機関の手によっても訴追・処罰され得るということである。実は、このことはむしろローマ規程の大前提ともなっている。すなわち、規程の前文や第1条によれば、ICCは「国家の刑事裁判権を補完する」ものであって、第一次的には、各国が中核犯罪の訴追・処罰を行うことが想定されているのである(いわゆる補完性の原則)。一方、ICCは、国家が中核犯罪の捜査・訴追を「真に行う意思又は能力」が認められない場合に限って、管轄権の行使が可能となるにすぎない。このようなICC体制を有機的に機能させるためには、各国が中核犯罪処罰法制を整備することが不可欠であり、現に、ローマ規程の締約国のなかには、批准に際して既存の刑法の改正または単行法の制定を行った国々が数多くみられる。

2.中核犯罪(コア・クライム)とは何か

(1)ジェノサイド罪(ローマ規程6条)

ジェノサイド罪とは、「国民的、民族的、人種的又は宗教的な集団の全部又は一部に対し、その集団自体を破壊する意図をもって行う」殺害行為などをいう。本罪は、1948年採択のいわゆるジェノサイド条約においてはじめて規定されたものであるが、その淵源は、第二次世界大戦直後のニュルンベルク裁判においてナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人等の迫害・虐殺)に適用された、人道に対する犯罪(後述)に求めることができる。

本罪には、ローマ規程の日本政府公定訳では「集団殺害犯罪」という訳語が当てられているが、1948年当時からほぼ変わらない条文の文言によれば、集団の構成員の殺害などの行為(身体的ジェノサイド)だけでなく、「当該集団内部の出生を妨げることを意図する措置」や「当該集団の児童を他の集団に強制的に移すこと」などの行為(生物学的ジェノサイド)によっても成立するものとされている点には、注意が必要である。

ジェノサイド罪の最大の特徴は、その主観的要件(犯罪の成立に必要な、犯人の内心面)にある。すなわち、同罪の成立には、ローマ規程で通常必要とされる故意(・認識)だけでなく、「(集団自体を)破壊する意図」という特別な主観的要件を満たすことが求められるのである。したがって、そのような意図をもたない大量虐殺は、被害者の数がどれだけ多くともジェノサイドにはあたらず、人道に対する犯罪や戦争犯罪としてしか処罰し得ないのである。

歴史的にみても、国際刑事法廷で本罪が適用された事例はわずかである(ルワンダ紛争後に国連安保理によって設置されたルワンダ国際刑事裁判所〔ICTR〕で裁かれたルワンダ虐殺など)。このことからも、本罪の適用のハードルの高さがうかがえる。ICCでも、これまでに公判開始に至ったケースは1件もなく、唯一、スーダンのバシール大統領(当時)に逮捕状が発付されただけである(同大統領は2019年にクーデターで失脚したが、ICCへの身柄の引渡しは現在に至るまで実現していない)。

(2)人道に対する犯罪(ローマ規程7条)

人道に対する犯罪とは、「文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として、そのような攻撃であると認識しつつ行う」殺人や奴隷化、拷問、性暴力、迫害などをいう。本罪は、次にみる戦争犯罪とは異なり、ニュルンベルク裁判においてはじめて適用された犯罪類型であり、現在では、平時に発生した重大な人権侵害にも適用され得るものとしてローマ規程に定められている。さらに、ナチス・ドイツによるホロコーストではドイツ国民も数多く犠牲になったことを背景として、自国民に対する行為をも処罰できるように規定されたことも特徴の1つとして挙げられる。

本罪の成立要件のうち、特に重要なのは、被疑者・被告人の行為が、「文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として」行われなければならない点である。ここでいう「攻撃」は、「国若しくは組織の政策」に従って行われるものと定義されており、個々の殺人や拷問などの背後に、政府や軍などの方針が存在していなければならない。このように、人道に対する犯罪は、国家や組織による文民(民間人)に対する多重的な人権侵害行為を念頭においた犯罪であって、散発的に発生した人権侵害は含まれないことに注意を要する。それでもなお、本罪は、ジェノサイド罪に比べて主観的要件のハードルがさほど高くないことや、条文に列挙された行為類型が比較的多いこと(全11類型)などの事情から、ICCが扱うほぼすべての事件に登場してきた。

(3)戦争犯罪(ローマ規程8条)

戦争犯罪とは、武力紛争に関するルールを定めた国際人道法(武力紛争法)の重大な違反に刑事罰を科すものである。ローマ規程には、文民に対する攻撃や拷問、捕虜の虐待、学校や病院、宗教施設への攻撃、人質を取ること、性暴力、文化財の破壊など、多種多様な「戦争中のルール違反」が列挙されている。これらは、捕虜や文民といった戦争の犠牲者の保護に関する法規範である「ジュネーヴ法」と、戦闘の手段・方法の規制に関する法規範である「ハーグ法」の2種類に大別することができる。ローマ規程でも、前者は8条2項(a)および(c)に、後者は同(b)および(e)にそれぞれ規定されている。

加えて、国際法上、武力紛争には、国際的武力紛争(国家間戦争など)と非国際的武力紛争(内戦や非国家主体との国境を越えた紛争など)の2つのカテゴリがあり、伝統的に異なる法体系が形成されてきた(これを「ツーボックス・アプローチ」という)。ローマ規程においても、前者は8条2項(a)および(b)に、後者は同(c)および(e)にそれぞれ処罰対象となる行為が列挙されている。両者には重複する類型が多くみられるものの、国際的武力紛争に関連する戦争犯罪と非国際的武力紛争に関連するそれとでは適用される法規が異なることで、処罰範囲に少なからず差が生じているため(前者のほうが処罰範囲が広い)、ICCではしばしば武力紛争の性質が大きな争点となる。

このように、本罪は、成立要件として武力紛争との関連が求められる点で、そのような限定がなく、平時に行われた行為にも適用可能なジェノサイド罪や人道に対する犯罪に比べて適用場面が限られているようにもみえる。しかし、このことは、戦争犯罪の適用事例が少ないことを意味しない。本罪はむしろ、その行為類型の多さから(計50種類以上)、人道に対する犯罪とならんで、ICCにおけるほぼすべての事件において適用が争われてきたものである。

(4)侵略犯罪(ローマ規程8条の2)

侵略犯罪とは、他国に対して侵略戦争を仕掛けた国家の指導者らを処罰する犯罪類型であり、その原型は、ニュルンベルク裁判・東京裁判で適用された「平和に対する罪」である。侵略犯罪については、1998年のローマ規程採択時には犯罪の定義と管轄権行使の条件(後述)についての議論がまとまらず、ペンディングとなっていた。その後、長期間の準備作業を経て、2010年6月10日、ウガンダの首都・カンパラで開催された規程再検討会議において、本罪をローマ規程に追加するための決議(いわゆるカンパラ合意)が成立し、ついに侵略犯罪に関する新規定が創設されることとなった。そして、そこからさらに7年半の時を経て、2018年1月1日、ICCによる訴追・処罰が実際に可能となった(ただし、後述のとおり、その適用場面はきわめて限定的である)。

新規定によれば、侵略犯罪とは、「国際連合憲章の明白な違反を構成する侵略行為の、計画、準備、開始又は実行をいう」とされている。このように、本罪は、戦争中の違反行為を処罰対象とする戦争犯罪とは異なり、戦争をすることそれ自体を処罰するものである。ただし、その主体(処罰対象となる人)は、「国の政治的又は軍事的行動を実効的に支配又は指揮する者」に限定されており、侵略戦争の前線で戦う兵士や下士官、将校などは除外されている。これは、他の3つの中核犯罪にはみられない特徴である。

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