【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
久保田 隆:概説・国際刑事裁判所(ICC)──ICC体制の強化に向けて
2026/03/05
3.ICCの管轄権の仕組み
ICCには、国際社会の刑事裁判所として、世界各地で発生する中核犯罪のすべてを訴追・処罰する権限(管轄権)が与えられているわけではなく、実際には、特にローマ規程の非締約国との関係で、一定の制約が課されている。
ICCの手続は、「事態」と「事件」の2層構造をとっている。「事態」とは、中核犯罪が行われたことが疑われる、一定の地理的・時間的な枠のことである(例:ウクライナにおける事態)。そして、その中には、個々の被疑者・被告人に関する「事件」が含まれている(例:プーチン大統領らに関する事件)、という構図である。ICCはこれまでに17の事態について正式捜査を実施し、30件以上の事件を扱ってきた*2。
ICCがある事態について捜査を進め、特定の事件について個人を訴追・処罰するには、管轄権行使の契機となるものが必要である。具体的には、(a)締約国による事態の付託(締約国付託)、(b)国連安保理による事態の付託(安保理付託)、(c)検察官の職権(自己発意)による捜査開始の3つの「トリガー」(引き金)のいずれかが必要となる(いわゆるトリガー・メカニズム。ローマ規程13条)。たとえば、ウクライナ事態は、2014年のクリミア侵攻後に(c)検察官の職権に基づいて(捜査に先立つ)予備的検討が開始されたのち、2022年の全面侵攻後には、日本を含む計43カ国によって(a)締約国付託がなされ、正式に捜査がスタートしたものである。
ここで注目すべきは、(a)締約国付託・(c)検察官の職権による捜査開始の場合と、(b)安保理付託の場合とでは、管轄権行使に必要な前提条件が異なる点である。すなわち、(a)・(c)の場合には、犯罪発生国または被疑者国籍国のいずれかがローマ規程の締約国でなくてはならないのに対し、(b)の場合には、犯罪発生国・被疑者国籍国が締約国であるか否かを問わないとされているのである(ローマ規程12条2項)。つまり、安保理決議によって事態付託がなされた場合には、非締約国の国内で非締約国の国民によって行われた中核犯罪に対してもICCは管轄権を行使し得るのである(このような例として、スーダン・ダルフール地方の事態とリビアの事態がある)。ただし、これには安保理常任理事国の拒否権という限界がある。
一方で、(a)・(c)の場合であっても、犯罪発生国または被疑者国籍国のいずれか一方が締約国であれば足りるため、安保理決議がなくとも非締約国の国民に管轄権を行使し得る場合がある。その1例として、(c)のトリガーを契機として2020年に正式捜査が開始されたアフガニスタン(締約国)の事態が挙げられる。そこでは、(2021年のタリバン復権前の)同国軍やタリバン構成員による人道に対する犯罪・戦争犯罪のほか、非締約国である米国の軍人やCIA職員による戦争犯罪についても捜査が開始され、第一次トランプ政権下でICC主任検察官らに制裁が発動されることにもつながった。2015年に同じく(c)のトリガーが引かれたパレスチナ(締約国)の事態において、今般、非締約国たるイスラエルの首相らに逮捕状を発付することができたのも、同じ理由による。
唯一の例外は侵略犯罪であり、同罪については、カンパラ合意を受諾した締約国どうしの間で起きた侵略行為にしか適用し得ない仕組みとなっていることから(ローマ規程15条の2)、今次のウクライナ侵攻のような非締約国による行為には適用できないという問題が現実のものとなった。これを受けて、現在、再度の規程改正に向けた作業が進められているほか、それに先行する形で、欧州評議会主導のもと、ウクライナに対する侵略犯罪に特化した特別法廷の設立を目指す動きがみられ、早ければ2026年中にも実現する見通しであるともいわれている。
4.むすびにかえて──いま日本にできること・すべきこと
ICCをとりまく現下の国際情勢において、日本がICCとの連携を強化し、ひいては中核犯罪に対峙するICC体制をより強固なものとするには、いったい何をすればよいのだろうか。本稿を締めくくるにあたり、いま日本にできること・すべきことを5つほど挙げてみたい。
第一に、ローマ規程は、1998年の採択以来、数度にわたる改正により、戦争犯罪に新たな行為類型がいくつか追加されたほか、上述のとおり侵略犯罪に関する規定が新設されているが、日本はそのいずれをも受諾しておらず、日本に関しては、1998年当時の──いわば旧版の──ローマ規程がいまだ効力を有する状況にある。ローマ規程の「バージョン」が締約国によって異なるという「法の断片化」と、それによって生じる適用関係の複雑化を解消するという消極的理由のみならず、ローマ規程の発展に寄与するという積極的理由からも、改正規定をすみやかに受諾することが期待される。
第二に、ローマ規程以外の中核犯罪関連条約の批准である。日本は、戦争犯罪のベースとなっているジュネーヴ諸条約(1949年)および同第一・第二追加議定書(1977年)にはすでに加入しているものの、ジェノサイド条約(1948年)、戦争犯罪時効不適用条約(1968年)、中核犯罪を含む国際犯罪の捜査・訴追に向けた国際協力に関するリュブリャナ=ハーグ条約(2023年)を批准していない。さらには、近い将来、人道に対する犯罪に関する新条約が採択される可能性が十分にある。日本もこれらを批准し、諸外国との協力体制を強化することが望ましいが、そのためには、次に述べる国内法の整備が不可欠である。
第三に、現在の日本の法体系には中核犯罪を中核犯罪として処罰するための規定がほとんど存在しないという問題を克服する必要がある。その背景には、ローマ規程では、ジェノサイド条約などとは異なり、中核犯罪の国内法化(処罰規定の新設)が義務づけられていないことから、2007年のICC加盟時に政府が「既存の刑法等で対応可能」として国内法化を見送ったという事情がある。
ところが、近時、赤根智子所長を筆頭に、中核犯罪の国内法化を求める声が高まりをみせている。その論拠として、既存の刑法の殺人罪等には、「文脈的要件」と呼ばれる中核犯罪固有の要素──たとえば、上述のジェノサイド罪の「破壊する意図」、人道に対する犯罪の「文民たる住民に対する攻撃であって広範又は組織的なものの一部として」という要件、戦争犯罪の武力紛争との関連要件など──が反映されていないことから、適切な捜査・訴追の実施に支障をきたす可能性があることがたびたび指摘されている。さらには、中核犯罪の処罰規定に付随するものとして、国外犯処罰規定が未整備であるがゆえに、海外の紛争地域で中核犯罪を行った外国人被疑者が──旅行者として、あるいは難民申請者として──日本国内に滞在中であることが判明したとしても、中核犯罪の疑いで逮捕することもままならず、結局、外国の当局やICC任せになってしまいかねないという問題もある。上述の「補完性の原則」の観点からも、また、2007年当時と比べて日本とICCをとりまく情勢に大きな変化が生じていることからも、立法政策の見直しが急務であるといえる*3。
第四に、ICC職員に関する特権免除協定(APIC)を締結する必要がある。現在、加盟国が特に少ないという問題を抱えているアジア地域における広報拠点として、ICCアジア事務所を日本に設置しようという機運がICCの内外で高まりつつあるが、そのためにはまず、ICCとの間で特権免除協定を締結し、日本に派遣されるICC職員に対して外交官に準ずる特権免除を付与する制度を構築することが大前提となる(なお、現時点で韓国とモンゴルを含む80の締約国が協定を締結済みである)。
第五に、ICCの実務で通用し得る人材の育成である。ここには、正規の職員を目指す者だけでなく、インターンや客員専門家(Visiting Professional)も含まれる。特に、ICCでの勤務を目指す前段階として、留学の支援がきわめて重要である。現在、大幅な円安が進む中、大学院生を含む学生の海外渡航が日に日に難しくなっており、日本政府も奨学金等の支援体制の整備を進めてはいるが、そうした一般的なサポートだけでは決して十分とはいいがたい状況である。そこで、今般創設され、三田キャンパスにその本部が置かれることになったICCアジア太平洋学術ネットワークに名を連ねる各大学に所属する学生や研究者の海外渡航を支援する仕組みを──慶應義塾の先導のもと──民間でつくるのも一案ではないだろうか。
ICC体制の強化に向けて、いま日本ができること・すべきことはほかにも無数にあろうが、そのうち何か1つでも行動に移すことが各人に強く求められている。
〈註〉
*1 2024年の拠出額は約37億円、分担率にして約15%であった。
*2 これまでにICCが手がけた事態・事件については、赤根智子『戦争犯罪と闘う──国際刑事裁判所は屈しない』(文春新書、2025年)97頁の一覧と117頁以下のコラムを参照。
*3 第2・第3の点について詳しくは、フィリップ・オステン=久保田隆「中核犯罪に関する日本の国内法整備の現状と課題──国際刑事裁判所(ICC)体制の主役は国内司法」『自由と正義』2026年1月号を参照。なお、本号はICCの特集号である。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2026年3月号
【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
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