三田評論ONLINE

【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
座談会:「力による支配」に抗い 「法の支配」を守るために

2026/03/05

ICCの判事になるまで

オステン 政治と法の関係性や諸外国での捉え方、ロシアのウクライナへの侵攻の波及など、国際刑事法の脆弱性とも言うべきこと、それから政治性とも言うべき課題について、重要な問題をご指摘いただきました。

赤根さんには自己紹介をしていただくまでもないのですが、簡単に今までの歩みをお願い致します。

赤根 今、お話を伺っていて、むしろ私が一番国際法と縁遠い人間だったかなという気もします。私は大学を出て司法試験に通ってから、ずっと国内の検事をしていました。その間、国際法には一切関わったことはないのです。その中で、いわゆる旧ユーゴスラビア国際刑事法廷(ICTY)に検察官から判事として赴任していた多谷千香子さんが任を終えて帰ってきた時、ICTYについてのお話を伺ったことが初めての接点だったかと思います。

すでにICCはできていて、「将来ICCの判事になったらどう?」みたいなことを多谷さんから言われた記憶があります。その時に私は「そんなはずがないでしょう」と(笑)。

オステン 20年ぐらい前ですか?

赤根 はい。思いもしなかったことが起きてしまったのですが、自分でもこれは運命としか言いようがないと思います。その時は特にICCに興味を持ったわけでもなく、まったく違った世界の刑事裁判なのだ、というイメージしかなかったのです。

私がICCの判事になるくだりは文春新書の『戦争犯罪と闘う』に書いていますが、ICCがどんなことをしているか全く知らない状態で判事選挙に出ることになってしまい、「さて困った」と。もちろん外務省の方々から「これを勉強したほうがよい」などと言われて勉強を始めたのですが、最初はちんぷんかんぷんでした。

いわゆる国際刑事法なるものを勉強している人も周りにいなかった。そのような時、たまたま野口元郎さんというカンボジア特別法廷の裁判官をしたことがある元同僚(検事)から「オステンさんに教えてもらったらどうか」と言われたのですね。そこでオステンさんにいろいろと教えてもらい、少しだけですがいわゆる国際刑事法というものを知った上で、ICCに行けたのがよかったと思っています。

ですから本当に素人の状態から始まりました。そして裁判をする中で、いわゆる国際法ではなくて国際刑事法という専門分野が必要なのだと痛感しました。例えばICCで出た判例について、これからは、刑法あるいは刑事訴訟法の観点から、学術的な分析を行っていくこと自体が求められるのだと。

それはもちろんICCの現時点での法体系や解釈だけではなくて、オステンさんがおっしゃったように、ニュルンベルクや東京裁判から脈々とつながってきているもの、その歴史的な発展の上にICCのローマ規程がある。そういった歴史を踏まえた刑事法的な検討が必要なのだと思っています。

もう1つ、ICCというのは刑事司法を国際的な分野で行う裁判所で、司法の分野に属する仕事ですが、常にジオポリティカル(地政学的)なものに囲まれている。できた当初から現在までそれに翻弄されてきたわけです。周りに政治的な要素が多くある中で、裁判所として独立した活動を続けていくためにはどうしたらいいのか。裁判官の独立や裁判所の独立、その大本にある法の支配を追求し続ける機関であり続けなければいけないのだ、ということに思いが至りました。

そういった思いが強くなったのは、2022年にウクライナへの侵攻が始まったことが大きいです。こんなことが起きていいのか。また、こんなふうに世界で法の支配の理念が後退しようとしているとすれば、もしかすると最終的に日本の法の支配にも影響する可能性があるのではないか、という視点が生まれました。

ですから、もちろんICCの目の前にある仕事をすることも大事ですが、世界全体の法の支配や日本の法の支配ということを最終的に守っていくということを、日本の国民とともに考えていく必要があるのではないかと今は考えています。

他方、アカデミックな部分での発展も非常に重要で、それも加えて国民からの支持を得られるような裁判所であり続ける必要がある。そのことが法の支配を守り独立して運営していくことに不可欠だと気付かされています。

転換点となったウクライナ侵攻

オステン 大変重要な問題提起をしていただきました。赤根さんと初めて三田キャンパスでお目にかかり、お話しさせていただいてから、もう10年が経っています。日本政府から指名を受けて裁判官候補として正式に任命され、選挙で当選されてオランダのハーグに行かれたのが2018年ですね。

その後、私もたまたま在外研究の機会があり、ドイツに1年間いた際にはハーグでお会いして、大学院生を連れて、現地での見学や裁判官たちとの意見交換の機会を設けていただいたことは、慶應義塾とICCとの交流という上でも非常に重要なことでした。あの頃はまだ比較的平和な時代でしたね。

赤根 コロナの前のあの時期が私のICCでの黄金時代でした。

オステン 司法本来の任務に一番専念できる時代でしたね。その時代のICCの活動は、アフリカ諸国の内戦に関する事態を主に扱っていたこともあり、若干の地理的な偏りがあると批判もあったわけです。しかし、ちょうどその頃から、アフガニスタンやコロンビアなど様々な地域にも捜査が及ぶようになり、次第にヨーロッパ、中南米、中東、東アジアとその射程を広げ、ついには指導者の責任追及も視野に入れるようになりました。そして現在ではロシアの大統領、あるいはイスラエルの首相といった国家元首までにも逮捕状を発付するまでに至っています。

今では地域的な偏りはだいぶ解消され、独立した、不偏不党な国際司法機関として、重大な犯罪の不処罰を許さないという姿勢を鮮明に打ち出してきたと言えると思います。

ところが、そうなった途端、様々な政治的な軋轢が生じたことも事実です。しかし、これはある意味ではこの裁判所に対して、設立の当初より国際社会から期待された本来の役割を果たそうとしているということに他ならないと思います。その結果、ICCは現在、非常な困難に直面している。

五十嵐さん、メディアの観点から、ICCを取り巻く変化といったものはどのように映っているでしょうか。

五十嵐 まさにウクライナ侵攻が1つの大きな転換点になったかと思います。多くのメディアが、日々の戦況を報道するだけでなく、侵略戦争が法の支配に基づく国際秩序に与える影響について手厚く報じるようになりました。今回のような侵略が許されるようでは他の地域でも同様の事態を誘発し、戦後の世界を支えてきた法の支配 が崩れてしまう、といった論調です。

しかも本来であれば国際的な平和と安定に主要な責任を負うべき、国連の安全保障理事会の常任理事国であるロシアが公然と侵略をしたわけです。ロシアの軍事侵攻は、どうみても戦争犯罪や侵略犯罪に該当すると思われるのに、ロシア国内でプーチン大統領が罪に問われ、裁判にかけられる可能性は今の体制では考えられません。プーチン氏の犯罪を前に、世界は手をこまねいていてよいのか。そうしたもどかしさを多くの人や国が抱えていた時に、ICCがプーチン氏に逮捕状を出し、その存在が大きく注目されるようになりました。

ICCはかつてアフリカ諸国などの「捕まえやすい」政治指導者ばかりを訴追していると批判されてきましたが、ウクライナ侵略に続き、ガザ紛争でも「大物」の元首の責任を問おうとした途端、これまでとは比較にならないほどの圧力にさらされるようになりました。日本のメディアでICCが大きく取り上げられるようになったのは、ICCを取り巻く国際情勢の変化に加え、赤根さんがその裁判所のトップに就いた影響も大きいと思います。

一方で、今の状況は、ICCという1つの組織にとどまらず、法の支配そのものが存亡の危機にさらされているという点で、非常に深刻だと感じています。それはとりもなおさず、ロシアだけでなく、国際法に基づく国際秩序を牽引してきたはずのアメリカが、秩序の担い手から破壊者へと変貌を遂げたことによってもたらされた危機だと言えます。

1月2日から3日にかけてベネズエラを攻撃したトランプ大統領は「私には国際法は必要ない」と述べ、正統性をとりつくろおうともしませんでした。トランプ氏のこうした言動によって、日本もまた重大な試練の時を迎えています。というのも、日本は外交・安全保障の一方の柱として日米同盟、もう一方の柱として国連中心主義を掲げてきました。国連中心主義は、多国間協調や法の支配の重視を意味します。日米同盟と法の支配、この2つをどう両立させるのかという命題を突き付けられ、非常に難しい立場にあると思います。

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