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【特集:戦争犯罪にどう向き合うか】
座談会:「力による支配」に抗い 「法の支配」を守るために

2026/03/05

日本の対応に感じること

オステン 現在の日本や日本政府の反応についてはどう思われますか。

五十嵐 最近の日本の立場や対応には、物足りなさを感じています。ベネズエラ攻撃について、高市首相は支持も批判もせず、官房長官や外務報道官も、一般論として「従来から法の支配といった基本的価値観や原則を尊重してきた」と述べるにとどまりました。

日本が同盟国であるアメリカを正面から批判できない事情があることはよくわかります。ヨーロッパの多くの国も同様です。今、ウクライナ支援からアメリカが手を引いてしまえば、ロシアの思うツボですから、アメリカを批判しにくい。むしろイタリアのように、アメリカの攻撃によってマドゥーロ独裁政権が崩壊したことを評価した国もあります。

それでも、例えばフランスは、マクロン大統領が「ベネズエラ国民は独裁者から解放された」と前向きな発言をする一方で、フランス外務省は米国の攻撃について「武力行使を禁じた国際法に違反する」という見解を示して立場を使い分け、苦悩をにじませました。

日本政府の今回の対応は、仕方がないと思う反面、もう少しやりようがあったのではないかと思ってしまいます。同時に、政府が表立ってアメリカを批判できないからこそ、メディアが法の支配を尊重する重要性を指摘することは理にかなっているし、民主主義が機能していることを内外に示すことにもなるのだと思っています。

読売新聞をはじめ、朝日、毎日、日経の主要紙はいずれも、ベネズエラ攻撃を受け、国際法が無視されたことについて憂慮や懸念を示す社説を掲載しました。一方、ニューヨーク・タイムズは社説で、今回の攻撃は憲法やアメリカ国内法に反しており、賢明ではない、と論じましたが、国際法という言葉は1回も使いませんでした。アメリカのメディアより、日本のメディアの方が国際法を強く意識していることをうかがわせました。

日本ではメディアに加え、多くの研究者や専門家も、国際法に照らしてアメリカの行動の問題点を指摘しています。

それは日本が戦後、法の支配や自由貿易といった国際的なルールの恩恵を受けて発展してきたという認識が社会に広く共有されているからだと思います。そうしたルールが崩れ、大国が力ずくで覇権を競う帝国主義のような世界に逆戻りしつつある中で、日本が声を上げていくことはますます重要になってきていると感じます。

ICCの現場を経験して

オステン 貴重なご指摘を有り難うございます。

さて、ICCがそうした非常に厳しい局面を迎える中、そこにあえて飛び込んだのは三上さんです。輝かしいビジネスロイヤーとしてアメリカの大手の渉外事務所でのインターンシップではなく、あえてICCを選び、ビジティングプロフェッショナル(客員専門家)という形で1年間の長期にわたってICCに身を置いてその現場を経験されたわけですが、なぜでしょうか。

三上 それは国際法全般の中でも特にICCに関心があったからです。私は大学時代に国際武力紛争法・国際人権法のゼミに所属しており、これらは国際刑事法に非常に近い分野です。同時に、国際公法の世界で国際裁判所と言われるものは実はあまり多くなく、ハーグにあるICC、国際司法裁判所(ICJ)、ドイツのハンブルクにある国際海洋法裁判所(ITLOS)の3つくらいです。現実問題としてインターンなどを受け入れている人数が、ICCは100名以上と応募しやすい、ということもありました。

また、自分は日本では刑事弁護人としても働いていたので、業務に親和性があるだろうと思いました。さらに国際刑事裁判所ですので、刑事の分野にフォーカスしていても、総論的な条約の解釈は国際法の一般原則に忠実に従って行われます。そこはICCにとどまらないプラクティスを身に付けられると思いました。

実際に入ってみて一番思ったことは、「思った以上に事実認定や手続きを細かくしっかりとやっている」ということでした。普段、教科書で勉強していることは前提として必要ですが、そこにとどまらない、より細かい日々の手続的な論点などを、裁判所の職員の方のもとで理解できたことは非常に有意義でした。

オステン ICCの中の配属先は上訴裁判部でしたか。

三上 そうです。ICCの中には裁判部、検察局、書記局と大きく3つのセクションがあります。全体の職員数が900名ぐらいで、裁判部は100名ぐらいと3つのセクションの中で一番小規模な部署です。その裁判部の中でさらに予審裁判部、第1審裁判部、上訴裁判部と3つに分かれていて、私は上訴裁判部に配属されました。

赤根さんも所長であられると同時に、現在も、上訴審の5名の裁判官の1人ですので、時々ご一緒させていただくこともありました。

必要とされる日本の人的貢献

オステン 長期のビジティングプロフェッショナルとして実務研修を経験された中で、後輩たちにアドバイスをするとしたら何があるでしょうか。

三上 前提としてやはり英語力はとても大事だと思います。ただ、一方で裁判所ですので専門的な用語も多く、きっと万全の準備はできないと思います。アメリカのロースクールなどに留学する時はTOEFL100点が必要だと言われますので、できればそれぐらいのレベルまで準備して、そこから先は実際に裁判所で日々、生の英語に触れるしかないのかと思います。あとは最低限、国際法の基本書は1冊、読まれたほうがよいかと思います。

オステン キャリア設計のどの段階で行くのか。様々な考え方があると思います。三上さんのように日本の法曹資格を取ってから行かれるパターンもあれば、在学中にインターンとして数カ月だけ行く形もありますね。

三上 インターンをされているのはヨーロッパの20代前半の若い方がすごく多いです。一方でアジアから来ている人は、各国の裁判官・検察官・弁護士などが客員専門家として来ている人が多いようです。

弁護士の立場から考えると、やはりある程度日本で実務経験を積んだ上で来たほうが、より発見や学びもあるのではないかとは思います。ただ一方で、国際機関で正規職員として採用される道の1つのJPO派遣制度は、35歳が応募年齢のリミットです。それに間に合わせるためには、30代前半ぐらいにインターンなり客員専門家としてICCなどで経験をして、35歳より前に戻ってきて、JPOに応募をするのが、確率としては1つ良いルートなのではないかと思います。

オステン 三上さんは次のステップはどのようなビジョンを持っているのですか。

三上 私は年齢的な意味で言うと、来年の3月まで応募できます。せっかくICCで経験を積ませていただいたので、経験を生かしたいとは思っています。ただ私のような弁護士の場合、例えば外務省などで任期付きの公務員として働いたり、あるいは難民事件の裁判等に取り組むこともできるので、悩んでいます。

オステン 赤根さんからご覧になって、日本から来ている若い法律家はどういった強みがありますか。

赤根 三上さんのような人が「最強」で、そこまでの人はあまりいない。実際に三上さんが帰られてから、上訴審のスタッフから「次は本当に正規の職員として帰ってきてほしい」という声が聞こえるぐらい優秀でした。

ただ、絶対にそのレベルでないと客員専門家やインターンができないかというとそうでもありません。だからもう少し若くて経験がない人、司法試験に通っていない人でも結構です。特にインターンの場合、大学学部の4年生、あるいは修士の1年目という時期でもいいのかと思います。

ただ、インターンをしたからといって、ICCに入れる可能性が高まるかというと、必ずしもそうではなくて、結局は自分の努力次第だと思います。日本人の方は皆さん熱心で、かつ貢献して帰ってくれますので、私はもっと来てほしいと思っています。

オステン おそらく日本は今後ますます人材面での貢献が、ICC側からも期待されていると思っています。

赤根 そういうこともあり、昨年11月に慶應でやっていただいたような学術フォーラムなどで、もっとICCの特に実務のことも知ってもらう機会が増えると、少しハードルが下がる可能性があるかと思います。

また、以前からICCのアジア事務所的なもの(捜査や訴追のために置くのではなく、広報や締約国を増やすため等の 活動を行うための事務所)が日本にあればいいなと思っています。アカデミアとの協働も、その事務所があれば、そこが主体になってやることができますから。アカデミアの中でのネットワークを広げ、その中で国際的なアカデミアとの連携やICCとの連携を広めていただくことも非常に重要だと思います。

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