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【特集:「排外主義」を問い直す】
座談会:「外国人問題」の構造から何が見えるか

2025/12/05

  • 伊藤 昌亮(いとう まさあき)

    成蹊大学文学部教授

    1985年東京外国語大学卒業。2010年東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。企業勤務等を経て15年より現職。専門はデジタルメディア論、社会運動論。著書に『ネット右派の歴史社会学』等。

  • 森 千香子(もり ちかこ)

    同志社大学社会学部教授
    塾員(1997文)。2005年フランス社会科学高等研究院博士課程修了。博士(社会学)。一橋大学准教授等を経て19年より現職。専門は国際社会学、都市社会学、レイシズム研究。著書に『排除と抵抗の郊外』等。

  • 林 晟一(はやし せいいち)

    評論家、都内中高一貫校教員

    塾員(2004政、06法修)。中学校・高校で歴史や政治を教えながら、評論を発表。在日コリアン三世。著訳書に『在日韓国人になる』『キューバ危機』(共訳)等。

  • 望月 優大(もちづき ひろき)

    ライター

    塾員(2008政)。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン『ニッポン複雑紀行』編集長。現在ニューヨーク市在住。著書に『ふたつの日本』『密航のち洗濯』(共著)。

  • 塩原 良和(司会)(しおばら よしかず)

    慶應義塾大学法学部教授

    塾員(1996政、2003社博)。博士(社会学)。東京外国語大学准教授等を経て2012年より現職。専門は国際社会学・社会変動論、多文化主義・多文化共生論等。著書に『共生の思考法』等。

「2023年」という起点

塩原 今日は日本における「排外主義」と呼ばれる動きについて、皆さんと討議していきたいと思います。日本の政治的な風景は、7月の参院選あたりから様変わりしてしまったように感じます。「日本人ファースト」という言葉が注目され、参政党のような政党とそれに呼応する人々があからさまに排外主義的な主張をするようになり、いわゆる「外国人問題」がにわかに政治的争点になり、社会にも広がっていきました。

そして選挙が終わり、社会は少し落ち着きを取り戻すかと思いきや、JICAのアフリカ・ホームタウン騒動という常識的には理解困難な現象まで起きてしまう。残念ながらこの半年間で排外主義という言葉をめぐる、メディアスケープ、社会状況は様変わりし、私もついていくのが精いっぱいという感覚でいます。

ただ、もちろんこれは日本国内に限った話ではありません。アメリカのトランプ政権は言うまでもなく、ドイツをはじめ、ヨーロッパのいわゆる極右排外主義的な運動がそれ以前からあります。日本も、悪い意味で諸外国と似たような状況になってしまったのだろうか、とも思います。日本の排外主義的な状況が、こうした世界の動向の中でどう位置づけられるか、という視点もあるかと思います。

まず最初に、今日の日本の状況を、伊藤さんはどのように捉えていらっしゃいますか。

伊藤 私は今年の4月にクルド人排斥の問題を扱ったNHKのドキュメンタリー番組に出ました。まだ参政党が騒がれる前でしたが、流れ的に言うと、2023年から何かおかしなことになっています。

もちろんそれ以前から在特会(在日特権を許さない市民の会)を中心に歴史修正主義的な動きがありましたが、それは局所的な動きでした。しかし2023年4月からクルド人問題が始まると、Xでの投稿は2年間で約2600万件あり、これはこれまでとは規模が違う数字です。

ちなみにJICAホームタウン騒動は1カ月で400万件です。これは一種のパニック現象のようなもので、これまでの歴史修正主義的、文化的なアプローチとは明らかに違う動きが出てきたと見ています。

クルド人問題についてのネットでの書き込みを分析すると、炎上している時期と落ち着いている時期を繰り返しています。炎上している時期は常に犯罪や治安の問題が挙がっています。どこかの病院で騒動を起こしたとか、犯罪を起こした、といった安全に対する不安の話が多い。

落ち着いている時がまた非常に特徴的で、お金の話、要するに自分たちの税金の行き先の話ばかりです。赤い羽根募金がクルド人に使われているとか、月34万円の補助金が出されているといった話です。このようにお金の不満と安全の不安がずっと繰り返し話題となっている。在特会的な歴史問題や慰安婦問題とは違い、普通の人にとってリアリティのある話が多い。それらの動きを踏まえて、参政党、それからJICA騒動の動きがあるのです。

では、2023年当時に何が起きていたかと言うと、実は円安です。2022年以降、円安が歴史的なレベルまで進んでしまう中で、外国人の観光客や投資家がどんどん入ってくる。アベノミクスでのインバウンド促進政策を進め、労働者と投資家と観光客を積極的に入れるようになってきました。

アベノミクスが始まる前の2012年と比べると、10年間でインバウンドの旅行者は4.4倍。外国人労働者も3倍を超え、投資額のストックも3倍近くになっている。その一方で日本人が外国に行く割合は3割減です。

そのように円安に伴って外国人が入ってくる中、実はSNS上では労働者問題や移民問題より、投資と観光に対しての文句が多いのです。円安とともに景気は良くなり、円安、株高、賃上げ、インフレという動きが起きている。おそらくその中で人々のステータスが二分化されてしまったのでしょう。円安、株高、賃上げの恩恵を受けられる人と、円安が生活苦でしかない人に分かれてしまった。

その傍証が、やはりこの時期から起きている財務省解体デモです。これも2023年から起き、2024年の12月から大きく広がっていった。まさに排外主義と歩調を合わせているかのようです。財務省解体デモも、今年の春頃から、参政党に乗っ取られて、外国人排斥のようなことも訴えるようになってしまっています。

そこに集まっている人たちは、フリーランスや自営業など生活が苦しい人が多く、皆最初は悪いのは財務省だと言っていたのが、悪いのは外国人だと言うようになってきている。

このように2023年頃から、円安が極端に進んだことによって中間層の二分化のようなことが起き、その中で円安のデメリットしか受けていない人たちが、外国人投資家や観光客に対して、タワマンを買い占めているとか、水源地を買っている、日本を守れ、みたいなことを言うような一連の動きが起きている。そして参政党がそれらをアジェンダ化したことで、今年大々的に広がってしまった。ざっとこのような流れかと思います。

ブレーキが利かない層の出現

塩原 最初から素晴らしい整理で、議論の土台をつくっていただきました。今の伊藤さんのお話を聞いて、望月さん、いかがですか。

望月 本当に時代が一気に変わってきたのだなと、あらためて感じました。

日本では旧植民地支配に由来するいわゆる「オールドカマー」に加え、1990年代前後から「ニューカマー」と言われる人々が増えてきました。私が認定NPO法人難民支援協会の方々と『ニッポン複雑紀行』を始めたのが2017年ですが、直近の参院選での関心の高まりに比べると、右であれ左であれ相対的には関心が少ない状況だったと思います。だからこそ、いろいろなルーツの人たちが日本に暮らしているということを伝えていけたらと思い、始めた取り組みでした。

その頃に比べて、様々なメディアで移民や外国人といったテーマが取り上げられること自体はかなり増えたように感じていますが、同時に悪い形、今の排外的な形につながるような表象も増えてしまったと思います。様々な発信をしてきた立場からすると、すごく悲しい、忸怩たる気持ちもあります。

昨今、特にコロナ禍以降の変化はすごく大きいと私も感じていて、伊藤さんが言われたように、円安やインフレで構造的に社会が変化してきた部分がありますよね。加えて、日本の場合に重要なのは、安倍政権などの自公政権下で外国人労働者の受け入れが進められてきたことです。

技能実習や特定技能などでの受け入れを加速させつつ、イデオロギー的に外国人の受け入れをよしとしない、より右派的な一部の政治家や支持層からの「それはどうなんだ」という動きを抑えてきた。

しかし、最近では自民党自体の力が非常に弱ったため、これまで抑えてきた部分が抑えきれなくなっているように思います。もともと自民党に票を入れていた人の一部がより右側の参政党に流れ、同時に自民党が大きく議席を減らすという現象です。

もし今回の選挙で、参政党が例えば2議席しか取れなかったとしたら、移民や外国人といったテーマへの注目はここまで高まっていないと思うのですが、世論調査や選挙結果などによって過激な主張が一定の正当性を獲得する と、それ以外の政党もそのイシューに対して何か言わないといけないかのような雰囲気が生まれ、「自分たちもやることはやっています」という形で全体がどんどん右にずれていく。

既存の政党が弱ってより右側の政党や政治勢力が伸びてくるというのは世界的な現象で、アメリカの共和党やヨーロッパ各国の状況にも近いところがあると思います。最近では自民党の総裁、そして首相が高市早苗氏に代わり、一度右側に離れた層を既存政党の側に引き戻そうとしている。

加えて、こうした状況を見るときには差別感情や排外主義などの強い「アクセル」を持つ人にフォーカスしてしまいがちですが、同時に「ブレーキ」が利いていない人にも注目する必要があると思います。例えば、トランプ政権や高市政権の排外的な部分が少し気にはなったとしても、「株価が上がるからまあいいや」みたいな層もかなりいるのではないか。

アメリカでも、ICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)による移民の厳しい取り締まりはやり過ぎだと思っている人は共和党支持層の中でもそれなりにいるのですが、トランプの支持率が下がりきらない。「自分とは違う」と線を引いた人たちの権利や自由は制限されてもしょうがない。そういう感覚の広がりにも危惧を持っています。

ターゲットが移っても続くヘイト

塩原 林さんはいかがですか。

林 安倍政権以降、外国人の定住につながる「移民政策」はとらないということが、各政権で継承されてきました。国民からすると、いつの間にか・・・・・・在留外国人が400万人弱、永住者が90万人を超えていたという感覚があるのでしょう。「え、こんなにいるの?」みたいな国民の素朴な不快感や、だまされたという感覚を醸成してきた政府の責任は小さくないと思います。

在日コリアン(「在日」)としては、2010年代までずっと憎悪の標的だったのが、在日クルド人、ひいては中国人のほうに雪崩を打って移ったことは痛切です。ヘイトスピーチを見ても、かつて在日が受けたような陰謀論じかけの誹謗中傷が、別の外国人に向けられるようになった。文字どおりの既視感を覚えます。

2010年代には、鶴橋、新大久保、川崎などでヘイトスピーチやデモが相次ぎました。2016年にヘイトスピーチ解消法が成立し、在日を標的とするストリート上のヘイトスピーチが目立たなくなる中で、新しい標的に飛びついたという構図でしょうか。

そうすると、在日はもっと飽きられて・・・・・もおかしくないはずです。在日という言葉で示されるのは主に特別永住者ですが、他の永住者が増加するのに対し、30万人を優に切っており、増えることはありません。けれど、Xを開いて「在日」で検索すれば、ぞっとさせる言葉の列が目に入ります。

財務省解体デモでも、財務省と在日の陰謀が結びつけられる場面がありました。もはやコメディです。気に食わない人間や組織を「在日認定」するサブカルチャーが、れっきとした市民権を得たかのようです。今年の参院選のさなか、参政党の代表が、かつて在日に向けられた典型的な差別語を口にしても大きなニュースにならない。

人々はヘイトスピーチの海を遊泳することに慣れてしまいましたが、まずい気がします。コメディはコメディでも、人を虐げ、血祭りにあげて得る笑いは断じて遠ざけたいです。

クルド人をめぐるヘイトについて、2023年が1つの起点になっているとのお話が伊藤さんからありました。関東大震災から100年のその年、松野官房長官が、震災時の朝鮮人虐殺について政府内に資料が見当たらないと発言しました。すでに指摘されてきたとおり、この見解は不正確です。また、その年の末には、コリアンルーツの芸能人が出演した日清食品のCMが炎上し、不買運動がよびかけられました。

歴史否認ととられうる政府や地方自治体の態度に勇気をもらう排外主義者は、少なくありません。在日の数が減る中、「在日認定」があたかも大喜利のように消費され、むきだしのヘイトスピーチがネット上に飛びかうという、いささか皮肉な状況を観察しているところです。

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