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【特集:未来のモビリティ社会】
田中 大介:未来のモビリティ社会のどこへ行きたい?──「スマートシティ」の手応えをめぐって

2025/11/05

2.地球の都市化とプラットフォーム資本主義

「未来のモビリティ社会」は、都市に限られるわけではない。しかし、1950年に30%に過ぎなかった都市部人口は2018年に55%となり、2050年には68%に達すると予測されている(国際連合「世界都市人口予測・2018年改訂版」)。さらに現代の都市化は人口推移だけにとどまらず、産業、交通、物流、通信、資源、エネルギー、廃棄物、自然環境などをめぐる地球規模のインフラストラクチャーの相互依存によっても進展している。地理学者のニール・ブレナーたちは、これを「地球の都市化」(「Planetary Urbanization」)と表現する。「都市化の資本主義的な形式は、旧来の都市と農村の分割線を徐々に横断し、飲み込み、それにとって代わり、地球の全表面のいたるところに広がり、さらに地中や大気圏にまで拡張しているのだ」(平田周・仙波希望訳2014=2018「都市革命?」『空間・社会・地理思想』21号、大阪市立大学)。そして、このような「地球の都市化」は、まだら状の不均等な都市化や社会的な格差を生み出しているともいう。

スマートシティ構想は、いわば「都市化した地球」の縮図(ミニチュア)を特定の地域に作る先駆的な試みと理解することもできる。「地球規模の都市化」が進むなか、スマートシティというプラットフォームを生活インフラのパッケージとして世界中に売り込む。トヨタもまた、2018年以降、ただの自動車メーカーではなく「モビリティカンパニー」と称し、「モビリティサービス・プラットフォーマー」たろうとしている。「Connected」、「Autonomous」、「Shared & Service」、「Electric」の頭文字をとった「CASE」と称されるモビリティ・プロバイダーを標榜したダイムラー社を追うものともいえるだろう。

経済学者のニック・スルネックによれば、GAFAM(Google、Apple、Facebook(現Meta)、Amazon、Microsoft)等のビッグテックのような「プラットフォームは、要するに、新たなタイプの企業である。彼らは、異なるユーザー集団のあいだを媒介するインフラを提供すること、ネットワーク効果に突き動かされた独占傾向を示すこと、異なるユーザー集団を引き込むため相互補助を利用すること、そして交流可能性を支配するよう企図された核となる構造をもつことによって特徴づけられる(大橋完太郎・井村匠訳2016=2022『プラットフォーム資本主義』人文書院、60頁)」。プラットフォームはデータを独占し、抽出、分析、利用、販売する手段になるだけではない。それを司る主要企業は物理的な環境を含めた「社会インフラのオーナー」になりつつある(同上、129)。そのため、異なるプラットフォームの企業が似たようなものに「収束」(同上、128頁)する傾向にある。ユーザーの囲い込みは、既存の業界内の競争ではなく、業界外との競争にさらされる。したがって、ビッグテックは情報空間から、トヨタは物理空間から、社会インフラとしてのプラットフォームたろうとして交差・連携・競争することになる。

一方で、プラットフォームの独占が不均等な都市化や社会的な格差・排除を生み出すとすれば、「スマートシティ」はエリートたちのための「飛び地」、あるいはゲーテッド・コミュニティに過ぎなくなる。ビッグテックがそれらのプラットフォームを掌握することへの批判も根強い。

たとえば、Googleの姉妹会社のサイドウォーク・ラボがカナダのトロントでスマートシティの計画を立ち上げたが、失敗に終わったことはよく知られている。発端となったのは個人情報の収集に関するプライバシー問題であった。私企業が公的空間としての都市を設置・管理・運営する際の構造的問題だろう。赤字になればすぐに縮小・撤退といった損切りをするような企業組織に住民生活に関わることを任せるのは難しい。また、生活のすべてを企業に依存することになれば、住民たちは企業のいいなりにならざるをえないだろう。こうした事態は「ビッグテック=領主」が「ユーザー=農奴」から「レント(地代・使用料)」を搾取する「テクノ封建制」(ヤニス・バルファキス)とも表現されている。その意味で、スマートシティの見えにくさは権力の不可視化といいうる。

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