【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第2セッション】国内政治が揺さぶる国際秩序
2025/03/08
韓国の世代による分断
西野 韓国はおっしゃったように保守派と進歩派、外交路線で言えば同盟派と民族派という形で分極化が進んでいるわけですが、もう一つの注目すべき韓国社会の亀裂として、世代の違いがあることは近年よく指摘されます。具体的には60代後半以降というのは保守であり、他方で、現在の社会の中心にいる40代、50代はかなり進歩色の強い世代です。しかし、その下の20代、30代はいわゆる脱イデオロギーの世代であると言われています。
こういった世代分布においてさらに特徴的なのは、いわゆる加齢効果、つまり年齢を重ねることで40代、50代が保守化していくことはないだろうということです。むしろ世代ごとの経験に基づいた世代効果が強いと見られています。
高齢層では朴正煕時代の経済成長の経験、40代から50代では民主化の経験と進歩政権の誕生、そして若い世代ではすでに先進国になった韓国で生まれ育ってきた経験、このそれぞれの世代が経験してきたことが各世代の認識、行動様式に非常に強く効いていると言えます。
こういった韓国社会の世代分布を踏まえた時、近々では政権交代による外交安全保障政策の大きな変化が起こるかもしれませんが、もう少し中長期的スパンで考えた際、韓国の外交安全保障政策の方向性、あるいはスイングの幅がどのようになるのか。落ち着いていくのか、あるいは依然としてスイングの激しい状況が当分は続いていくのか。この点についてもぜひ倉田先生の見通しをお伺いしたいです。
そして、東アジアの国際秩序という観点からは、今後注目すべきは、これは東アジアというよりインド太平洋ということになりますが、インド、東南アジアといった地域、国の重要性です。奇しくも韓国は、尹政権がインド太平洋戦略を策定しましたし、文在寅政権でもインド・東南アジアとの関係を重視する新南方政策を策定して推進していました。
こういった韓国における地域政策の展開を見た時、今後インド太平洋、あるいは東アジアにおける韓国の役割や位置づけがどのようになっていくかという点もお伺いしたいと思います。
トランプ政権はあまり東南アジアに関心がないのではないかと言われますが、森先生にもアメリカの関与という観点から、この地域の秩序にどういった変化が見通せるのかお伺いします。まず森先生からお願いしてよろしいでしょうか。
多極化と多元化の構造
森 まず先ほど、概念として国際秩序の多極化と多元化という話が出ましたのでコメントさせていただきます。
多極化という概念は、私の理解によると現実世界における政治外交的な文脈で使われる言葉と、国際政治学における分析概念として使われる場合があります。前者は、ロシア、中国、インド等々の国が、アメリカ一強の世界に対するアンチテーゼとして、それが好ましくないから多極世界に向かうべきだという言説として出てきた面がある。もう一つ、これも抽象的ですが、かつてほどアメリカの影響力がなく、他の大国や地域諸国が影響力を持ち始めているので、力の分布がアメリカに集中していないことを指し示すためにこの言葉が使われている面もあります。
他方で、分析概念としては、もともとは資源としてのパワーということで、わかりやすいところで軍事力、経済力をいろいろな指標で数値化した時にどこに極があるんだという議論があるわけです。資源としてのパワーを見た場合、依然としてアメリカのパワーが突出しているということで、代表的な論者としてはスティーブン・ブルックスなどはいろいろな指標で見てみると、アメリカの国力が依然として中国と比べても突出していると言っています。
地域に限ってみても、あるとしてもせいぜいアメリカと中国の二極ではないかという議論があります。
国際社会を見た時、ルールに基づいて関係性が作られている空間もあれば、取引関係による国家間関係もあれば、実は規範が全然共有されていない力ずくの威嚇とか共生の関係があって、これがいろいろな形で国家間に分布しているということがあるのだろうと思います。
そういう中で、それこそアメリカとG7というようなブロック。そして、もしかしたら中国とロシア、プラス、ロシアのウクライナ侵攻の国連総会決議で反対決議を出したような国々のようなブロック。そして、非難決議に賛成はしたけれど制裁を課していないようなブロックといったように、いくつかグルーピングされ、しかも、それらの国々が相互に認め合った階層的な関係はなく、それぞれの道義や権威は並列に近いものになってきているといった状況が生まれてきている。これは90年代の状況とは全く異なっており、それを指し示す言葉として「多元化」という言葉を使わせていただきました。
米中関係が均衡する条件
西野先生からあった米中の戦略的競争の落ち着きどころはどこかということですが、たぶん、「落ち着きどころ」をどう定義するかによると思います。
ザクッとした答えになりますが、一つは、もともとアメリカは中国がアメリカ化して関係がよくなることを期待していたと思いますが、今、もしかしたら起こりつつあるのが、アメリカ外交が微妙に中国外交に似ていくような状況です。要するに利益と力で様々な外交関係を取り結んでいくようなモードです。価値を織り込んだ関係性というものがトランプ政権下で変わるかもしれない。
でも、そういうものは一時的で、政権交代が起こるたびに変わっていくので、落ち着きどころ、つまり持続的な均衡や安定的な関係、お互いに決めた合意や了解を反復的にお互いに履行して、相手が約束を守るであろうという相互の期待を醸成できるような関係はまだまだ作れないでしょう。特に、自分たちが相手よりも秀でているということを証明したいという意識がそれぞれにあるうちは、そこで均衡を作るということにはならない気がします。
米ソもそうでしたが、皮肉にも危機をくぐり抜けるともう少し関係性を安定させなければいけないという意識が双方から出てきて了解やルールを作ることになるかもしれません。武力衝突の一歩手前みたいな危機をくぐり抜けてこそ初めて、均衡を志向するモメンタムが米中双方から出てくるのかもしれないと考えたりもします。
ミニラテラルの位置付けは変わるか
それから2つ目は、対中タカ派がいる中でミニラテラルをどのように位置づけていくのかということですが、総論的に言うと、まさに西野先生がコルビーを引用しながらおっしゃったように、中国に対抗する枠組みとしてこれを重視するということだと思います。
他方で、一般論を超えて具体的に協議をする時、まさにコルビーが言っているように、中国をどう扱うのかというイシューを巡って、既存のミニラテラルの中でその3か国が中国に対してどのようなバランシングの役割を果たせるのかということが試される。もし、そこでアメリカが期待するような役割を全然果たさないことになると、その枠組みや相手国が軽視されるような流れが出てくるかもしれません。
日米韓の枠組みでは、おそらく北朝鮮戦略と中国戦略が問題となり、日本と韓国の間でどのような目標を目指すべきと考えるのかという擦り合わせをし、これをトランプ政権に打ち込んでいくことを、理論上はやらなければいけないのかと思います。
例えば、今ロシアと北朝鮮との関係がどんどん深まっていく状況の中、どういうアウトカムが日本と韓国にとって望ましいのかという非常に難しい問題があると思います。そこを、もちろん抑止をベースにするとしても何をどこまでやれるのか。何か合意ができればいいですが、もしかしたら何から何まで一致しないかもしれません。
ただ、いずれにせよ北朝鮮に対し、日韓としてどういう取り組みを3か国で進めるべきなのかという意見を揃えることは必要で、同じことは中国に関してもたぶん言えると思います。そこで温度差が出るようだと、中国へのバランシングという文脈において果たせる役割が相当限定されてしまう。
ということなので、総論としては重視するけれど、具体的な協議を重ねていく中で、トランプ政権のその枠組みに対する見方も変わっていくかもしれません。
それから最後に東南アジアです。ご指摘のように、トランプ本人はおそらく東南アジアに対する関心はそれほど高くなく、南シナ海問題などほとんど関心を払っていないと思います。どちらかといえば優先主義者のほうが軍事もしくは戦略の観点から東南アジア諸国、あるいは南シナ海の問題を見ていくことになると思いますので、トランプのハイレベルでの東南アジアのエンゲージメントは第1次政権と同じように、非常に断続的で不規則になると思われます。
しかし、既存の取り組み、東南アジアとの海洋安保や、あるいはデジタルインフラをめぐる協力といった個別具体的なトランプのレーダーに引っかからないような取り組みについては、ワーキングレベルで粛々と協力が進むのではないでしょうか。
単純に分けられない保守と進歩
西野 有り難うございました。それでは、倉田先生よろしくお願いします。
倉田 難しい質問ばかりですが、まず、日米韓協力の揺らぎ、揺り戻しの程度のお話です。
「キャンプデービッド合意」以降いろいろな後続措置があって、日韓の間でも共同訓練の話が出てきていますが、仮に進歩政権になった場合、それを先に進めることはないと思います。枠組みを壊さないまでもサボタージュしていくだろうと私は考えています。少なくともそれぐらい覚悟しておかなければいけません。
こういった状況で日本がどうすべきなのかについて、去年から続いている在日米軍と自衛隊との関係、在日米軍司令部が行政的な司令部から作戦統制権も一部もらって、いわば戦闘司令部として成果を上げつつあるという傾向はおそらく朝鮮半島との関連でも意味を持つでしょう。
決して在韓米軍の代わりを在日米軍にできるわけではないですが、今までの行政的なところから実際に戦闘できるということは大きな意味を持っていく。これから韓国にどういう政権ができようと、この傾向を強めることは重要だと思っています。
世代間のギャップの話をされました。私はあまり「進歩派」の方々とお付き合いすることがないのではっきりしたことは言えないのですが、「保守派」について、例えば、防衛大学校に韓国の士官学校の学生が留学にきています。彼らは、韓国社会の中で相当保守的な人たちといってよいと思います。では、そういう人たちが防衛大学校でどうかというと、かなりリベラルです。つまり、ジェンダーの問題やハラスメントの問題などにかなり敏感です。彼らは保守的ではあるけれど、社会的な多様性について寛大です。
では、逆が成り立つのか。進歩的で多様性についてはかなり敏感なんだけど、対外政策においては「日韓関係は重要だから、歴史問題を提起しないほうがいい」と考える方がどれだけいるのかはわかりません。
保守・進歩については今回、最大公約数で説明しましたが、実際のところそこまで単純化できない。つまり、対外政策においては「保守派」であっても、ジェンダーや多様性においては「進歩派」だったり、対立軸が昔ほど単純ではないということです。だから、このような分け方がこれから先も有効かどうかは疑問に思っています。
「保守派」の未来
ただ、大まかに言って、いわゆる保守というものが、私が申し上げたような考え方を持ち、進歩が申し上げたような考え方を持つとするなら、おそらくこれから保守の大統領が生まれる可能性はどんどん少なくなる。つまり、大統領選挙で勝ちにくくなる傾向はあるのではないかということです。この間、尹さんが勝った選挙もギリギリでした。なおかつ今回の戒厳令からの一連の事態を踏まえると、これからは保守が勝ちにくくなる時代に入っていくと思います。
尹大統領は40%の支持率を得た、保守もなかなかやるじゃないかと思っている方もいるかもしれませんが、あれは単純な支持率ではなく野党に対する反対票が入っている。自分は進歩だけど李在明だけは嫌だという人がいっぱいいるので、そういう人たちはおそらく批判票として尹さんに入れている。40%というのは相当眉唾物です。
私は今回の事態を「銃声なき内乱」と言っておりますが、これだけ保守勢力の下で権力が割れてしまっているわけで、保守勢力・保守の方々にとって、特に若い人の間ではすごく大きなトラウマになると思います。
ということでお答えになりませんが、2つのことを言いたい。つまり、保守・進歩という軸がぶれている、少なくとも多様化しているから、世代間のギャップもそんなに単純ではないということ。そして、今回保守勢力が割れたことで、ますます保守が、特に大統領選挙において勝ちにくくなる時代に入るのではないかということです。
西野 有り難うございました。保守勢力が直面している厳しい現実を語りながら倉田先生の表情がだんだん暗くなっていくのが印象的でありました。
おっしゃるとおり、朴槿恵大統領に続き尹大統領も弾劾されてしまったこと、そして保守勢力がまとまる見込みが少ないという事実は、韓国政治の今後はもちろん、東アジアの国際秩序を考える上でも重要な考慮事項であると考えます。
本日は長い間、貴重なお話をいただき、感謝申し上げます。
(1月18日に開催された東アジア研究所公開シンポジウムをもとに構成)
2025年3月号
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