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【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第2セッション】国内政治が揺さぶる国際秩序

2025/03/08

韓国型リアリズムの原型

倉田 リアリズムというのは力関係を最重要視し、国と国との関係に理念や道徳、価値観を持ち込むことを抑制するという特徴がありますが、韓国のルーツを遡るとこれは朝鮮解放直後に辿り着きます。1945年に朝鮮が解放された当時、連合国は国際信託統治構想を発表し、5年を限度とする国際的な枠内で朝鮮半島を単一の朝鮮にすることを考えた。しかし、そんな枠組みには反対だと言った一人が李承晩です。

李承晩は、国際信託統治構想は受け入れられず、まず南朝鮮だけで単独政府を樹立する、自由な韓国を作るという構想を発表したわけですね。そして、南朝鮮で単独政府を樹立した後、北に攻め込んで解放するんだというのが「北進統一論」です。その「北進」は武力行使を含むわけですが、単独では無理なのでアメリカを巻き込んで南を拠点として統一する構想をもっていました。それが朝鮮戦争と休戦を経て、再び戦争をしてまで北進統一するのは現実的ではないので1960年に「北進統一論」は公式に否定されます。

以降、朴正煕の下でむしろ北朝鮮の南進にどう備えるかということで、米韓同盟で北朝鮮の南進、再び朝鮮戦争が起きることの抑止が考えられ、今日の韓国的なリアリズムの原型ができたと解釈しています。

なので、彼らにとって重要なことは抑止なんです。圧倒的な抑止態勢をまず固めてその下で南北対話をする。抑止が入口、対話が出口という順番なんですね。したがって彼らにとって米韓同盟が揺らぐことは避けなければいけない。でも実際には朴政権や他の政権において、在韓米軍が削減されることもあり、その過程の中で彼らは「自主」を捉えたわけです。

したがって、伝統的に韓国のリアリズムにおいては「自主」というのは強制された「自主」なのです。そのため、米韓同盟を犠牲にした「自主」というのは基本的にないわけです。

今の米韓同盟においても「戦時」作戦統制権というのがあります。戦争が起きた場合、韓国軍の作戦統制は米軍が持っているという垂直的な指揮統制関係になっている。韓国軍が従属的な立場にあることは甘受し、それを克服することはしない。実際、作戦統制権返還の問題は何度か出るんですが、抑止のためには垂直的な指揮統制関係でいいのだというのが保守政権の立場です。とはいえ、もしこれから先、アメリカが韓国の安全保障に責任を持たないという傾向が強くなれば、この「自主」の極致として核武装論が出てくると私は考えています。

過去の軍出身者政権下では米韓同盟とともに安全保障上、日本との関係が重要であるので、それを可能にすべく特に朴正煕政権は対日ナショナリズムを制御したこともありました。それができなくなったのが民主化以降です。対日関係、特に歴史問題、領土問題についてそういった制御が困難になっているのではないかと思います。

保守政権において、アメリカのように、市民的な価値を拡大するという傾向はあまりないのですが、彼らにとって守護すべき価値は民主的、市民的価値で、それは民族的価値よりも優先すべきであるということです。そして、市民的価値というものが極限に達した場合、北朝鮮に対して武力を使わずに体制転換を試みるといった「和平演変論」に辿り着くのだと思います。

韓国型リベラリズムとは

他方、リベラリズムの側はどうか。この「リベラル」という言葉ほど、政治学で多様な意味で使われる言葉はないのですが、韓国においてはリアリズムに対抗するリベラリズムは、長い間、軍出身者政権体制の下で抑えられていました。

韓国リベラリズムのルーツは、これもまた古い話ですが、金九(キムグ)という独立運動家の民族路線なのではないかと思います。彼も国際信託統治構想には反対で、自分たちの力で単一朝鮮まで行くんだと考えていたわけです。その時に北朝鮮への武力行使は考えず、対話をすることでお互いに統一の道が開けるんだと、抑止よりも統一を考えたわけです。

このようなリベラリズムが表面化されたのが民主化以降なんだと思います。この時、リベラルというのが一体どういうコンテクストで出てきたのかを考えてみます。

韓国でもリベラル勢力のことを進歩派と言いますが、進歩派を左派勢力とも言いますね。この「左派」は、確かに国内政治において、例えばジェンダー平等とか、多様性についてより寛大ですし、公正な配分を重視するという意味ではリベラルなんですが、対外政策においてはそうではない。彼ら「進歩派」というのは、極論すれば「民族派」と言ったほうがいいわけで、それを「左派」というのはかなり抵抗がある。

日本では、リベラル・左派勢力というのは、戦前のナショナリズムを否定的に評価して、教科書問題でも靖国神社参拝問題でもみられるように、ナショナリズムから遠ざかっていきます。ところが、韓国の場合はこれが逆なのです。リベラルであればあるほど「民族派」ですから、ナショナリズムと一体化してしまいます。日本政治で「民族派」といったらかなり右の方々ですが、あの国では「左派」と呼ばれる。日本の左右と逆なんです。

このようなリベラルの人たちは、民主化以降どんどん国会、つまり制度圏に入っていくわけです。彼ら「民族派」も「自主」を唱えるんですが、その「自主」は先ほど申し上げた「保守派」の「自主」とは違い、米国の発言力が高い米韓同盟を変革して、対北関係において韓国の発言力、影響力を高めるという意味で「自主」を主張します。

例えば、米韓間で垂直的な指揮統制関係を少なくとも水平化しようとする。「戦時」に陥った時、米韓がともに対等の立場で戦争する形にしよう、だから作戦統制権を返してくれと主張する。こういった議論は必ず「進歩派」から出てくるものです。

彼らはある種の「コリア・ファースト」であって、自分たちの民族的な価値が最優先されるべきだ、ということになります。そこでいう「コリア」というのは、大韓民国だけではなくて北朝鮮も含む「コリア」という意味合いもある。

彼らは「保守派」とは違って、市民的価値よりも民族的な価値を高く置きます。興味深いことにリベラルであるはずなんだけれど、北朝鮮に対して民主化や人権というような市民的価値を要求したことはあまりありません。リベラルであるはずの彼らは、北朝鮮の民主化、人権には恐ろしく鈍感なんです。そういう一種ねじれの構造がある。

それが極限まで達すると民族だけの力で国を守っていくんだ、大国に対する意義申し立てをする手段として核武装しよう、ということになるわけです。ですから、極端に言えば「保守派」も「進歩派」も核武装に向かうような構造があるということです。

保守と進歩の米韓同盟に対する態度

冷戦期、民主的な制度がなかったがゆえに、あらゆる民主化進歩勢力が国会外でデモをして、それが不安定要因でした。しかし、この年末の戒厳令というのは、民主的な制度を通じて理念対立が国会内に持ち込まれ、それを戒厳令を宣布して院外の軍隊でひねりつぶそうとした状況であったと思います。

では、これからどうなるのかということですが、考えておかなければいけないのは、「保守」と「進歩」は対立しているのですが、お互い共有する部分もあって、両者ともに米韓同盟は維持されるべきだとは考えている。問題はそのあり方です。

同盟というのは基本的に現状維持装置であり、韓国の安全保障はアメリカが責任を持たないと「見捨てられる」という懸念が生まれて、「自主」を主張するということがあったわけです。保守派としては米韓同盟・在韓米軍というのは北朝鮮の武力行使を抑止するためだけにあるというのが前提で、アメリカは在韓米軍の削減をしたことはあっても、概ね韓国の懸念に合わせて、韓国にコミットしてきて、その構図は冷戦終結まで維持されてきました。

冷戦終結後に起きた現象は、先制行動で、アメリカが現状打破するということです。だからアメリカが戦争を起こして、それに韓国が「巻き込まれ」る懸念が生じたわけです。つまり北朝鮮の武力交渉を抑止する前に、アメリカの武力行使を抑止しなければならないようなことが起きたわけです。

最近は米中がこれだけ対立している時に韓国は一体どうすべきなのか、在韓米軍は無関係でいいのか、という議論が起きています。韓国軍も在韓米軍も何らかの果たすべき役割があるのではないかと。こういった米中対立の中に「巻き込まれ」る懸念を韓国が持ってしまった。

では、韓国がそれに巻き込まれることについて「保守派」と「進歩派」の間でどれだけ違いがあるかというと、程度の違いはあってもそれほど大きな違いはない。尹政権の下で、北朝鮮抑止のために日米と協調しなければならないが、他方で日米は対中抑止を強調している。そこで韓国が日米とどのように協調していくかが大きなテーマになりました。一昨年の8月、日米韓の「キャンプデービッド合意」が発表されましたが、尹大統領の発言を見ると、日米の対中抑止に「巻き込まれ」ないよう、韓国は独自に中国には関与しなければならないという意志を見ることができます。

このような米中対立に「巻き込まれる」という懸念は、「進歩派」とも共有されていると思いますが、台湾海峡問題に在韓米軍や韓国が「巻き込まれ」ることへの懸念は、おそらく「進歩派」のほうが大きいと思います。つまり、在韓米軍が北朝鮮の抑止に特化した硬直化した軍隊であったのを柔軟にしようという議論に対しては、進歩政権は保守政権以上に批判的です。

うかつなことは言えませんが、この戒厳令から弾劾、大統領が拘束されるという事態で、おそらくわれわれは進歩政権の再来を覚悟しなければいけないと考えています。

進歩政権はおそらくアメリカに対して「自主」を求めてくる。文政権で途中で終わってしまった作戦統制権の返還、つまり、「戦時」に韓国軍とアメリカ軍が少なくとも対等、あるいは逆に、韓国軍が在韓米軍を指揮統制するようなことは言ってくると思います。

いままでは、朝鮮半島で戦争が起きた時、韓国軍に対して米軍が作戦統制を取るので、在日米軍、在韓米軍と協議したらよかったわけですね。ところが、もし作戦統制権が韓国軍に返ってしまったら、米軍だけではなく韓国軍とも協議しなければいけないので、この有事対応は非常に難しくなるのではないかと思います。

そして進歩政権が民族的な価値を優先しているということから、おそらく確実に、尹政権の対日政策をもう一度リセットすると思います。とりわけ徴用工の問題についてはリセットしてもう1回となってくるわけで、キャンプデービッド合意の根幹の日韓関係は大きく揺らぐと思います。

そして、彼らがインド太平洋戦略や対中抑止、そして台湾海峡を含む米中対立に巻き込まれることに抵抗するのであるならば、おそらくインド太平洋戦略に韓国は与するのかしないのか、という議論が起きてくるのではないかと考えています。

気になる日米韓協力のゆくえ

西野 有り難うございました。韓国のいわゆる保守勢力と進歩勢力は、大きく違うけれども共通項がある、それは米韓同盟は維持すべきという立場である。しかし、どのような米韓同盟であるべきかという点について考えの違いがあるというご指摘をいただきました。

進歩政権になると、日米韓協力がかなり揺らがざるを得ない、とおっしゃいましたが、とはいえ少なくともこの2年間、日米韓協力の強化に3か国がかなり努めてきました。キャンプデービッドの首脳会談で合意した制度化が一定程度進んできている現状も踏まえると、揺り戻しが果たしてどれくらいなのかという点が気になるところではあります。

確かに韓国の中のいわゆる進歩勢力は日米韓の協力には基本的には消極的あるいは否定的な見方が多く、尹大統領の弾劾訴追の最初の案でも日本に偏った外交をしているという文言も入っていたぐらいです。

また、韓国の進歩派勢力は、日米韓協力が強化されればされるほど、北朝鮮はいわゆる北方三角形、中国・ロシアとの関係を深めていくと考える傾向にあり、むしろ日米韓協力を強めることが朝鮮半島を取り巻く国際情勢の不安定化と軍事的な緊張を招くと見ていると思います。

与野党政権交代の可能性が高いことを考えた時、では、日本はそういったあり得るべき状況に対しどういった備えをしなければいけないのか、という点についてぜひ倉田先生にはお伺いしたいと思いますし、日本の対応という観点から森先生にもお伺いできれば幸いです。

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