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【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第1セッション】権威主義国家が見る国際秩序

2025/03/07

  • 江藤 名保子(報告)(えとう なおこ)

    学習院大学法学部教授

    塾員(1999経、2009法博)。スタンフォード大学国際政治研究科修士課程修了。博士(法学)。専門は現代中国政治、日中関係、東アジア国際情勢。国際文化会館・地経学研究所上席研究員兼中国グループ長。著書に『中国ナショナリズムのなかの日本』他。

  • 平岩 俊司(報告)(ひらいわ しゅんじ)

    南山大学総合政策学部教授

    塾員(1989法修、95法博)。1987年東京外国語大学朝鮮語学科卒業。博士(法学)。専門は現代東アジア研究、現代朝鮮論、北朝鮮政治。静岡県立大学、関西学院大学教授を経て2017年より現職。著書に『北朝鮮はいま、何を考えているのか』他。  

  • 山口 信治(討論)(やまぐち しんじ)

    防衛研究所地域研究部中国研究室主任研究官

    塾員(2002政、05法修、10法博)。博士(法学)。専門は中国政治・安全保障、中国現代史。慶應義塾大学法学部助教等を経て、2011年より防衛研究所、15年より現職。著書に『毛沢東の強国化戦略 1949-1976』他。

  • 小嶋 華津子(司会)(こじま かずこ)

    慶應義塾大学法学部教授

    塾員(1993政、95法修、99法博)。博士(法学)。専門は現代中国政治。筑波大学人文社会系准教授等を経て2012年慶應義塾大学法学部准教授、19年より現職。慶應義塾大学東アジア研究所現代中国研究センター長。著書に『中国の労働者組織と国民統合』他。

小嶋 本日のシンポジウムの第1セッション「権威主義国家が見る国際秩序」では、今日、中国と北朝鮮がどのように地域と世界の秩序を捉え、未来を展望しているのかを考えます。

今、私たちは先の見えない、混沌とした時代を生きています。かねてから指摘されてきた国際秩序のパラダイムシフト、一言でいえば欧米型のリベラルデモクラシーに基づく戦後秩序が後退しつつある。そのような潮流がコロナ禍、そしてウクライナ、中東の戦闘を経て、いよいよ顕在化してきたと言えるかと思います。

そうした混乱期にあって、新しい秩序をつくり出すためには、小手先の戦略や戦術というよりも、より根源的な哲学の打開が必要です。私自身は、新たな秩序は、世界の多様な国や地域の歴史・文化の文脈を踏まえたものでなければならないと考えます。その意味で、地域研究がもつ学際的、内在的な視点は、いっそう重要性を増しつつあるのではないかと感じています。

今日は、このテーマを語るに最高の専門家にお集まりいただきました。最初の報告者は、中国をフィールドに、経済安全保障の分野で活躍されている江藤名保子先生です。よろしくお願いいたします。

習近平政権の外交戦略

江藤 本日はこのような貴重な機会をいただき有り難うございます。

私からは経済安全保障に絡めた形で習近平政権の外交戦略についてお話しさせていただきます。これは今の問題であることに加えて、中国自身が外交戦略の中で重きを置き始めた部分です。経済安全保障、すなわち経済と軍事安全保障のオーバーラップする部分が、おそらく米中のこれからの競争戦略の中で大きなカギを持つと思います。

とりわけ先端技術の部分は、すでに半導体が現実に摩擦の種となっています。加えてデュアルユース技術は昨年、中国側も規制を強化していますが、軍事安全保障に直接かかわり、民生にも応用できる技術が経済安全保障の次の大きなカギになってきます。

経済安全保障の議論は、他国からの経済的威圧にどのように備えるのかということから始まり、技術の競争、そして最終的な目標は、国の経済が活性化し、発展することこそが自国の経済安全保障の最大の梃子となるというような理解が広がってきています。経済安全保障の概念自体も現実に合わせて、今まさに発展しています。

また、中国がなぜ経済安全保障を重視しているかということは、国際社会の中で中国像をどのように形成していくのかという議論にも直結しています。中国の一つの特徴である、共産党一党独裁体制の正統性をどこに求めるのかという議論が、今、中国が国際戦略を語る時のベースにあるからです。ですので、共産党が最終目標としている正統性の担保という議論をまず確認した上で、習近平政権の特徴についてお話ししたいと思います。

共産党は「人類運命共同体」という、最終的な国際社会はこうあるべきだというビジョンを打ち出しています。この構造についてお話をし、その後、経済安全保障の現実と、戦略的ナラティブ、どういった言説で自分たちの考えていることを国際社会にアピールしていくかをお話しします。

このことが中国が世界をどのように認識しているのかを形成するのと同時に、アメリカとの競争戦略の中でどうやって、グローバルサウスと呼ばれる国々、発展途上国、新興国を巻き込むかという議論として形成します。同時に今のガザ・中東の問題やウクライナ戦争等について、誰が正しいことを語っているのかという競争で自分たちが有利な立場をとることにつながる。このように緻密に練られた戦略を共産党政権は打ち出し始めています。それらを説明した後、2025年の米中関係の展望をお話ししたいと思います。

正統性の論理

まず正統性の論理ですが、端的に申し上げると、中国では「過去の功績」「現在の功績」「未来の功績」の3つの理由から共産党は一党独裁体制を敷くことに正統性があると説明されています。過去の功績は歴史です。列強の侵略に打ち勝って建国したのが共産党であるという理論です。これは必ずしも間違いではありませんし、実際に中国における歴史教育の中でこの言説がますます強化されているのが2012年以降の習近平時代の特徴です。

これがひいては日中関係に影響を及ぼすのですが、現在のところ、かつてのような日本を侵略者として批判することに重きを置いておらず、むしろ、日本に虐げられた屈辱の100年に中国は勝ったのだ、逆境をはねのけた強い中国というところに力点が置かれています。日中間の歴史認識問題は存在しているけれど、表面化していないというのが現在の状況です。

それに対して、より複雑な問題をはらんでいるのが現在の功績です。共産党が国を統治する体制を維持する理由として、共産党が統治すれば皆が豊かになるからだという経済発展の論理があり、これがもっとも一般の人に響きます。「30年前を思い出してください、今のほうが絶対にいい生活をしているでしょう」と言われたら、多くの中国の方は確かにそうだ、と思うわけです。これは、人々の生活実感として共感できるナラティブになっていてそれはいまだに影響力が大きい。

しかし、今の世代の中国の方たちは、おそらく初めて自分が持つ資産が目減りするかもしれないという状況に直面しています。今までは自然に不動産の価格は上がり、資産は増えるものだった。それが初めて、どんどん目減りし、損が増えていく状況になっている。その上、雇用に不安がある。あるいは社会保障についても、地方財政は逼迫しています。

便利にはなったけれど、この先、もっとよくなるかは保証されないのでは、という不安が膨らんでいます。これが今、中国経済が内需主導型に転換したいと政府が願っていても、それが頓挫している理由です。

つまり消費が伸びない。人々は将来不安を抱えているので、モノを買うよりも生活を守るために貯蓄するほうがよいと考えている。新聞等に5%成長達成と出ていますが、これは政策的に消費の先取りをしている部分があるので、今年はもしかすると経済はますます冷え込むかもしれない。共産党政権は今のところ効果的な政策は打てておらず、経済の功績は揺らぎ始めています。

そうすると強調したくなるのは未来の功績の先取りです。「今よりもよくなる」という説明です。そして2021年、コロナ下で共産党は結党100周年を迎え、歴史決議というものをまとめ上げる中で、われわれは十分な経済発展をした先で「共同富裕」という段階に入っていく。経済力のある人だけではなく、中国の皆が豊かになる社会になる、と打ち上げました。

でも最近、習近平政権はこのことをあまり言いません。今、経済が減速している中では豊かさを実感するのが難しく人々の心をつかむのは難しいからです。その中で国内世論を誘導するようなナラティブを打ち出しています。

中国共産党はもともと宣伝部という、人々の気持ちを搔き立てるナラティブを形成する専門部署を持っており、最近の報道では中国経済の悪いところを指摘してはいけないと、引き締めが厳しくなっていると言われています。国内で上手くいかない時はナラティブを共産党が誘導し、人々の不満が表面化しないように抑えるわけです。

抑え過ぎると不満が爆発する恐れもありますが、今のところは監視カメラやSNS上で言説を確認する技術などで、世論を上手く誘導し、世論統制はできている状態が続いています。

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