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【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第1セッション】権威主義国家が見る国際秩序

2025/03/09

北朝鮮にとっての国際秩序

平岩 では、具体的な朝鮮半島の国際秩序とはどのようなものでしょうか。北朝鮮にとっての国際秩序は朝鮮戦争によって形成されました。当時はどのような対立構造にあったのかというと、北朝鮮が韓国に対して民族解放戦争を仕掛ける。これに対して国連軍が介入して、当初は内戦としてスタートしたものが国際戦争になっていく。さらには中国人民志願軍が参戦します。朝鮮戦争はインターナショナル・シビル・ウォー、いわゆる国際内戦とされますが、朝鮮半島の対立構造は、韓国・北朝鮮による民族間の対立と東西陣営間の対立、この2つの対立による重層的構造をなしています。そして停戦後、61年に北朝鮮は2つの友好協力相互援助条約(対ソ、対中)を締結し、この対立構造がさらに深化します。

この構造は1980年代後半から始まる冷戦終焉のプロセスで解体される可能性がなかったわけではありませんが、残念ながらうまくいきませんでした。まず90年9月ににソ連が韓国と国交正常化を行い、本来であれば次に北朝鮮が日本・アメリカのいずれかと関係を正常化する番だったのですが、中国が当時の李登輝台湾総統の弾力外交への対抗から、急いで92年8月に中韓国交正常化を実現します。

北朝鮮からすると、対立構造の中で孤立することになった。それまでのようにソ連が北朝鮮に核の傘を提供してくれるかどうかわからない。一方的にアメリカの核の脅威にさらされる状況を解消するため、自分たちが核保有をするというのが彼らの理屈になろうかと思います。

北朝鮮がイメージする新冷戦の原型は、対立するアメリカといかに向き合うかです。北朝鮮が向き合っているのは韓国ではなくアメリカであり、自分たちの後ろ楯として中国・ソ連、アメリカの後ろには韓国・日本がある。これが大ざっぱな北朝鮮の対立構造のイメージだと思います。

アメリカは北朝鮮からすると唯一、自分たちの体制を無きものにしうる意図と能力を持った存在である。それといかに共存できるのか、関係を構築するのかが北朝鮮の体制を維持するための最重要課題となります。北朝鮮からすると、ロシアが、冷戦の解体過程で朝鮮半島の対立構造から退場してしまったので中国が唯一の後ろ楯になってしまった。これが何十年も続いているのが今の状況です。

主体という考え方から北朝鮮の立場を考えると、この状態はあまり快適ではない。中国の影響力が強すぎてバランスをとりづらい。一時的にアメリカと中国の間でバランスをとることを考えたようですが、それもなかなか上手くいかない。そうすると、快適な対立構造というのは中ロが後ろ楯にあってアメリカと向き合う。これが北朝鮮にとっては望ましい国際秩序になろうかと思います。

このように考えると、冒頭にお話ししたロシアと北朝鮮の接近は中国の影響力を相対化するという意味合いが一つあるのではないか。ロ朝関係について、ロシアにとって北朝鮮はそんなに重要でないから、ウクライナが終われば北朝鮮は捨てられる、北朝鮮もそれをわかった上での接近と見ていました。しかし、北朝鮮からすると、ロシアから短期的に軍事技術や援助を受けたいというだけではなく、大きな枠組みの中で彼らなりの生き残り戦略を賭けているのかもしれない、と思うようになりました。

尹錫悦の対北朝鮮政策

一方、韓国はどうか。韓国は今、政局があのような状況になってわかりにくくなってしまいましたが、尹錫悦政権の対北朝鮮政策はどうであったのかを考えることは意味があると思います。

去年の8月、尹錫悦は北朝鮮政策として新しい統一政策を出しましたが、その時に自由民主主義による統一だと言ったわけです。尹錫悦政権は発足当時から人権問題で北朝鮮に圧力をかけると言い、それに対して北朝鮮は平和統一論を放棄するという一連の流れがあります。尹政権が人権問題を前面に押し出した時、当然北朝鮮は反発して南北関係がうまくいくはずはないので、私はなぜそんなことをやるのかと思いました。しかし、韓国としては北朝鮮の社会には今大きな変化が起きている。とりわけ韓流コンテンツなどに傾倒する若い世代を政府がコントロールできなくなっている。ここに働きかけて、中から崩壊させるというのが一つの見方だったようです。

結果的にどうなったのかわかりませんが、北朝鮮自身も国内の社会変化には神経を尖らせ、とりわけ若い世代に対して警鐘を鳴らしています。金正恩も社会主義労働青年同盟などに言及して、いろいろなところで引き締めをしなければいけないと言っています。

今の北朝鮮は国内のそのような状況を前提にして対外関係を考えていますが、圧倒的な中国の影響力を何とか相対化したいのでロシアとの関係を強化しようとしたのだろうと思います。北朝鮮はコロナを過度に警戒し、中国との交易もシャットアウトしました。コロナ前、北朝鮮の対外経済の95%は中国との関係でしたがコロナが終わっても、中朝関係は以前のようにはなかなか戻ってこない。

思い出すのは、中国の専門家に昔言われたことです。中国は北朝鮮を改革・開放させようとしていました。当時の最高指導者だった金正日が来ると上海など改革・開放が進んでいるところを見せようとする。上海では、江沢民の時代は改革・開放が一番進んでいるにもかかわらず中国共産党に対する支持率が一番高かった。だから、改革・開放と政権に対する支持率は必ずしも矛盾しないと金正日に伝えたいという意図です。

ところが、ある時中国の朝鮮半島専門家が、もう北朝鮮は改革・開放しなくていい。中国にだけ開放していれば、中国は改革・開放しているのだから、北朝鮮も事実上改革・開放しているのと同じだ、と言われました。これでは北朝鮮の立場は中国の属国と変わらないではないかと思ったことがありました。中国側からそのような発想が出てくることは、北朝鮮からすると非常に不愉快だったろうと思います。

北朝鮮はいま国防5か年計画を進めており、その中で7度目の核実験をやるのではないかとも言われています。これをやらないのは中国の圧力だという説明がありますし、私自身もその影響はあるだろうと考えています。しかし、北朝鮮からするとこれは非常に不愉快な状況だろうと思います。主体という考え方からすると、中国の圧力で自分たちのやりたいことをやれないのはまさに主体が立っていない状況です。それを相対化するのがロシアとの関係だろうと思うのです。

北朝鮮は当初からロシアのウクライナ侵攻に支持を与えていますし、武器・弾薬の提供のみならず、派兵を行っています。ロシアとの間でロ朝包括的戦略パートナーシップ条約を結び、軍事条約も中国と同等の立場に引き上げ、なおかつ経済に関しても、一つの選択肢としてロシアを求める。

北朝鮮が将来的に考えているのは、アメリカとの関係を正常化して各種の制裁を解除してもらい、貿易を多角化していくことでしょう。韓国との貿易も復活したいだろうし、東南アジア、ヨーロッパ、さらには日本なども含めて貿易を多角化し中国の影響力を相対化したいと考えていると思います。中国との経済関係が圧倒的に強い中、バランスを取って対中自立をいかに獲得していくか。これが北朝鮮の国際秩序だろうと思います。

小嶋 有り難うございました。お話を伺いながら、北朝鮮にとっての外交とは、単に、「主体」の維持、拡大に奉仕するべきものと位置付けられているのか、それとも何か別の国益を追求する手段でもあるのか、といった疑問が、私の中には湧いてきました。

例えば中国では、江藤さんのお話にありましたように、経済をはじめとする国家の発展こそが中国共産党の一党支配体制の正統性根拠として重要性をもっています。そうした志向が、少なくとも表面上はルールベースの国際秩序を目指す動機となっているわけです。

それに対して北朝鮮は、中国依存からの脱却、主体の維持が大事であって、経済発展や人々の生活の向上という命題は、金政権にとって正統性の根拠にも、外交の動機にもならないのでしょうか。お話を伺いながら、このようなことを思いました。

さて、今日、討論者としてお招きしましたのは、中国の現代史と現在、そして東アジア全般の安全保障の問題にもお詳しい防衛研究所の山口信治先生です。よろしくお願い致します。

武器化する経済や技術

山口 現代は地域研究、特に東アジア地域に関する研究はますます重要になっていると思います。それは地域に関する学術的な研究を深めることと、そして現実に目の前で起きている、地域の展開への分析を社会や政策にどう還元していくのかということです。

現在われわれの目の前で起きているのは、一つは米中対立が深まっていることです。さらに、誤解を恐れずにいえば、それがブロック化するような趨勢が見えつつある。特に中国とロシアと北朝鮮の関係が重要なポイントになってきている。そこがこの地域を見る上で重要なポイントだろうと思います。もちろん地域の実情を見るとそこまでシンプルなブロックではないかもしれませんが、大きな趨勢として、われわれの想定以上のものが出てきていることも事実で、ここをどう分析していくかが重要だと思っています。

そのような前提でお二方のご報告についてまず江藤さんから申し上げます。米中対立という時代を見る上で、特に中国の視点からですが、この対立は単に軍事安全保障上の対立にとどまらない。経済あるいは技術といった問題にもかかわるし、イデオロギー、言説、ルール、規範といった部分にもかかわるような幅広い対立となっている、ということだと思います。

その中で、経済や技術は、かつてわれわれはどちらかというと安全弁と考えていました。経済関係がいいから、政治関係が悪くても、あるいは安全保障上の対立があっても、米中関係も日中もなんとかマネージしていくことが可能と考えていました。しかし、今では逆にそれがある種の武器となって、さらに分断を促すファクターとなってしまっているということだと思います。

面白かったのは、中国はアイデアの上で、アメリカ主導の経済秩序と違う形を志向しているだけではなく、実際にツールを整えつつあるということです。相手の制裁に対して反撃していくような手段も兼ね備えつつあるというご説明は、興味深くお聞きしました。

その上で2点ほど質問があります。一つは、習近平政権の中でこうした経済安保政策を中国が推進していく上で、誰が中心になっているのかという点です。習近平が個人的に考えた話なのか、あるいは何らかの主導するような人がいるのか。

もう一点は、江藤先生がご指摘するような形だとするならば、経済分野において、特に米中のある種の分裂のような趨勢が今後もおそらくはっきりと表れていくのではないか。その中でアメリカの側はこれまでの秩序を保ってきた西側といった国々が想定できますが、中国が考える中国主導の経済秩序の構成国はどのようなところになるのか。それが私からの質問です。

中国・ロシア・北朝鮮の関係

次に平岩先生のご報告は北朝鮮のロジックを鮮明に示してくださったところに関心を持ってお聞きしました。質問は2点に絞ります。一つは少し大きな質問ですが、中国・ロシア・北朝鮮の関係をどう見るかという話です。

ご報告の中で北朝鮮にとって中国とロシアという後ろ楯となる国のバランスを取ることが大事だというご説明がありました。今またロシアとの接近が始まったということですが、ロシアと北朝鮮の関係が密になってきたことははっきりと見て取れます。また、中国とロシアの関係は基本的によいと思われます。

でも、よくわからないのが中国と北朝鮮の関係です。中国・ロシア・北朝鮮の関係がどんなものとして捉えられているのか。今、中国もロシアもアメリカとの対立を深めている状況です。そうすると、かなり反米側に寄ってしまう形になると思いますが、これがいいのか。

もう一点お聞きしたいのは、平岩先生が最後にご指摘された点です。韓国は政策として人権やK-POPを使って内側から崩すような戦略をとっているというのは非常に興味深いお話でした。これはまさに中国やロシアがとても嫌うカラー革命的な手法であると映る可能性が高いわけです。北朝鮮の中でこのような動きに反発や警戒が生じているのか、お聞きしたいと思います。

最後に一点、お二方に共通の質問があります。やはり気になるのはトランプ政権の話で、その中でもウクライナ情勢はすごく大きいように思われます。ウクライナに関しては早く和平をして、できるだけアジアの問題に集中したいというのがトランプ政権の基本的な外交方針だと思いますが、これについて中国や北朝鮮はどう見ているのか。トランプ政権とウクライナ情勢が東アジアの状況にどう影響を与えると考えられるか、お願いいたします。

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