【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第1セッション】権威主義国家が見る国際秩序
2025/03/09
北朝鮮の正統性の根拠
小嶋 2人目の報告者は、平岩俊司先生です。われわれからもっとも見えない隣国である北朝鮮という国について、その統治と対外行動のロジックを内在的に解明してくださる第一人者です。よろしくお願いいたします。
平岩 本日は北朝鮮を主語にして「権威主義国家が見る国際秩序」ということでお話ししたいと思います。
ご案内のとおり、金正恩委員長は2021年に「新冷戦」という言葉を使いましたが、北朝鮮にとっての新冷戦とは何か。その翌年からウクライナの情勢が大きく変わり、その過程でロシアと北朝鮮が接近しています。このような状況の中で新たなアメリカのトランプ政権がまたスタートするというタイミングです。
そこで北朝鮮が見る国際秩序という観点ですが、その際、北朝鮮にとってのキーワードとして「主体(チュチェ)」というものがありますので、これを手がかりにしてお話ししたいと思います。
まず、権威主義体制としての北朝鮮は、金日成・金正日・金正恩と3代にわたって権力が継承されていますが、このことを体制の側から考えてみたいと思います。もっとも重要なのは分断国家であるということですが、これは韓国の否定が前提で、朝鮮半島における唯一合法の政府であるということが彼らの、自分たちの政権の正統性の根拠になります。この分断国家というのはかなり理解しにくいところがあります。
かつて韓国の金大中政権時の統一部長官であった丁世鉉(チョンセヒョン)さんとお話しする機会がありました。統一部長官として何が難しいですかと聞きますと、「外交であれば長い間の貸し借りがあるけれど、分断国家における韓国の立場からすると、北朝鮮との関係は瞬間、瞬間においてどちらが正しいかということが常に問われる。相手に譲ることは一切ない。それが非常に難しい。他の外交とは違う」と言われていました。
北朝鮮も韓国と向き合う時、対立が前提になっている時は相手の存在そのものを否定しているわけですから、韓国の政権とどちらが正しいかということと常に向き合う。その際に正統性の根拠になるのが、実際にはかなりフィクションの部分があるけれど、抗日パルチザンや、朝鮮の独立を自分たちで勝ち取ったという彼らの主張です。
現在、韓国で弾劾訴追に遭っている尹錫悦は保守政権です。それに反対する進歩派と言われている人たちがまだ学生運動をやっていた頃、その人たちの基本的な考え方は、韓国の政権には正統性がない。むしろ北朝鮮のほうに正統性があるというものでした。
その根拠は、韓国は自分たちで独立を勝ち取ったわけではなく、連合国の勝利によってもたらされたものだという理解です。それに対して、北朝鮮は抗日パルチザンで独立を勝ち取ったから彼らのほうが正統性があるという極端なことを言う主体思想派というグループがあって、彼らが政権に入っていたこともあるのです。
このように韓国も北朝鮮も分断国家であることが一つの特徴となっています。慶應で勉強した人間は分断国家ということを常に意識し、韓国と北朝鮮のある種の一体感というか、一つのユニットとして考えるという姿勢があり、それは小此木政夫先生以来の伝統だと思っています。
北朝鮮の権力構造と権威の正統性
北朝鮮の権力構造は、権力の部分で言うと党と国家と軍というのがオーソドックスな社会主義国の3つの柱となり、その一つの特徴として、すべての柱で最高指導者がトップを取っている。これが分散することは基本的にないのが北朝鮮の特徴かと思います。例えば金日成から金正日に移行する時、金日成が3つの柱のトップでしたが、1980年の第6回党大会で全てにおいてナンバー2だったのが金正日でした。それゆえ、当時から金正日が後継者だと言われていた。これは今も変わっていないと思います。
それにプラスして、権威の問題が大きくかかわってきます。北朝鮮の権威として、金日成から金正日、金正恩は「白頭(ペクトゥ)の血統」と言われています。この白頭の血統とは何か。金日成の曾祖父の金膺禹(キムウンウ)は北朝鮮の歴史の中ではシャーマン号事件で活躍した人と言われていますし、父の金亨稷(キムヒョンジク)も朝鮮革命で活躍したことになっている。北朝鮮における白頭の血統、すなわちなぜ金日成・金正日・金正恩が最高指導者でありうるのかということは、「革命伝統」という魂のようなものを代々受け継いでいくことが北朝鮮における権威の継承になるからです。
今、妹の金与正(キムヨジョン)さんや金主愛(キムジュエ)という娘さんが登場し、将来的に金主愛さんが後継者だとよく言われますが、党のポストや国家、軍のポストをどうやって継承していくのかという議論は一切ない一方、権威に関しては今お話しした流れで十分説明できるのです。
「主体」とは何か
権力基盤の考え方として、北朝鮮の対外姿勢は外部環境と国内政治が密接に連携していることが一つの特徴だろうと思いますが、これは何かというと「主体」という考え方になります。
主体という言葉は、1955年12月に金日成が演説し、もはやソ連式でも中国式でもない、われわれ独自の式をつくる時が来たのだと言った時に登場します。これは国内のソ連につながっているグループ、中国につながっているグループとの権力闘争の中で出てきた発想です。北朝鮮における国内の権力闘争は常に国際関係を意識したものであらざるをえなかった。これが今の北朝鮮の国際秩序観にも大きく影響を受けていると思います。
「主体」というのは具体的に3つのもので構成されます。一つ目は「政治における自主」です。1956年の「八月全員会議事件」、58年の第一次代表者会で確立されたというのがわれわれの見方です。
2つ目は「経済における自立」です。これはソ連からCOMECON加盟を強要され、それを拒否する。その時の理屈が自立的民族経済論です。朝鮮半島はまだ分断状態でCOMECONに参加しても大して役に立てない。統一して一つの経済ユニットになってから参加するというのがCOMECON加盟拒否の理屈です。
3つ目が「国防における自衛」です。キューバ危機に対するソ連の対応を見て、国防においても自分たちで守らなければいけないという発想から自衛力強化になります。この3つが主体を構成するもので、1960、70年代には幼稚園の子どもたちが「自主・自立・自衛」と歌うこともあるぐらいでした。
それを対外姿勢に拡大したのが自主路線で、これを1966年の第二次代表者会で確立したというのが一般的な見方です。「対中・対ソ自主」ということで、きっかけは中国の文化大革命に対応する形で中国との距離の取り方を考えるということでした。この北朝鮮自主路線というのは特定の国の絶対的な影響を嫌うわけです。大国間の対立を利用しながら、そのバランスの中で自分たちの自主独立を獲得していく。これが北朝鮮の言う「主体」になろうかと思います。
最近、年号を主体何年と、金日成の生まれた年からの数え方がなくなったり、主体思想そのものへの言及が少なくなっており、金日成、金日正よりも金正恩自身を喧伝する方向に行っているのではないかという指摘があります。金正恩を中心とする体制へと変化しているというのも事実だろうと思いますが、それでも今の北朝鮮の政治、外交あるいは国際関係を説明する時に、依然として「主体」という考え方は十分有効だろうと私は思っています。
2025年3月号
【特集:東アジアから考える国際秩序】
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