三田評論ONLINE

【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第1セッション】権威主義国家が見る国際秩序

2025/03/09

トランプ2.0への対応は?

江藤 一つ目の経済安全保障を中国国内では誰が担っているのかというご質問は、私自身も疑問に思っていて、正直なところわからない。中国の方に聞いてもわからない。外形的に考え、日本の事例に照らし合わせるなら、おそらく中央国家安全委員会かと思われますが、そもそもこの委員会が何をやっているのかわからないので確認のとりようがないのですね。

トランプ2.0に対してアメリカのカウンターパートになる人物が誰なのかすらわからない。1.0時の劉鶴さんに当たる立場ですね。今回、韓正さんが就任式に行くのでメッセンジャーの役割を担う部分があるかもしれませんが、習近平氏の信頼を得て、経済問題や、アメリカをよく理解した上で対米戦略の窓口になる人が浮かび上がってこない。李強さんもちょっと難しい。何立峰さんとも考えにくい。

このようになったことの理由の一つに、習近平氏が取り立ててきた人の失脚問題があると思います。表に立ってしまうといつ切られるかわからず、皆怖くてそのポジションが取れないという中国の国内政治的な足かせが、政策決定プロセスを非常にわかりにくくしている。残念ながら経済安全保障についてもキーパーソンはわからないというのが正直なお答えになります。

カギとなる国はロシア・イラン・北朝鮮

もう一つのご質問ですが、米中における経済の分裂の中で中国がかねてからもっとも重視している国際的な枠組みは、国連、BRICs、上海協力機構(SCO)の3つです。それと毎年、年始にアフリカに行くように外交部のポジションとしてのアフリカを重要視し、発展途上国、新興国を巻き込む議論を積極的にやっているのも間違いないと思います。

これは3つ目の質問にもかかわりますが、今年、カギとなる国はロシア・イラン・北朝鮮になると思います。トランプ政権がウクライナを停戦させたいと動き始めている時に、中東で影響力を持つイランが中国に接近している。ロシアはもともと中国への依存が高まっている。北朝鮮はお話の通りの状態です。さらにロシアも北朝鮮とイランに接近している。三者が共にお互いを必要としていることは如実ですので、中国の立場からすれば、トランプに対する政治カードとして使えるということは念頭にあると思います。

あるいは中東、ウクライナにおいても、戦後の経済復興の議論が現実問題として浮上した時、中国の経済力によって果たすべき役割をどのように国際社会にアピールするかが、その先のアメリカとの競争にも影響してきます。

停戦における影響力の行使、経済復興における影響力の行使、いずれも中国は外交カードとして使える部分です。直接の痛手はなく、持ち出しのない部分ですので、上手く爪痕を残すことを考えているのだろうと思います。

トランプ政権への北朝鮮の対応

平岩 山口先生のご質問にお答えする前に、小嶋先生からいただいたご質問についてお答えさせていただきます。

経済が国家戦略の動機にならないのかということです。もちろん動機になるだろうと思いますが、北朝鮮は分断国家で、なおかつ経済に関しては韓国が圧勝している状況ですので、経済を目標にすると、韓国のほうがいい政権、という話になってしまう。ですからそれ以外のところに韓国との優位を求めていくところが、ある種の特徴なのだろうと思います。

次に山口先生のご質問の中・ロ・北朝鮮との関係で反米寄りにシフトし過ぎてはいないかという話です。トランプ政権とは第1期で、少なくとも3回にわたって首脳会談をやった経験がある。だから対米関係を対立関係だけでなく、何らかのチャンスがあると考えていると思います。

その際、中国がアメリカと対立している状況の中で後ろ楯にしておく意味は北朝鮮にとってもあるけれど、一方で中国の姿勢が不愉快なこともある。

バイデン政権がスタートした直後、アンカレッジで米中が2+2をやり、楊潔篪とブリンケンが舌戦を交わしたことがありました。あの時に出てきた結論が4つの分野で協力できるということでした。4つの分野とは環境とイランとアフガニスタンと北朝鮮だというわけで、北朝鮮からしたらこんな不愉快なことはないはずです。自分たちが対米関係の協力できる分野とは何事かと。中国との距離の取り方は北朝鮮にとって重要なのだろうと思います。

第1期トランプ政権の時は3回にわたって米朝首脳会談が行われましたが、その前後に南北首脳会談もありました。金正恩は米朝、南北首脳会談があるたびに中国へ報告に行っていたわけです。唯一の後ろ楯である中国に最大限の配慮をしなければいけない。しかし、一方的に属国のような扱いをされるのは北朝鮮からすると非常に不愉快であるというのが最初のご質問へのお答えになるかと思います。

北朝鮮が恐れる韓国のカルチャー

2番目の韓国の尹錫悦の統一政策ですが、韓国が北朝鮮に対してこのような政策を取ったのは私の記憶では2回目です。最初は1990年代の金泳三政権の時代です。この時はお金を使ってとにかく社労青(社会主義労働青年同盟)に斬り込み、社労青が組織としてガタガタになった。北朝鮮からするとそのトラウマもあるので、特に社労青に対する警戒が強い。

私は去年の9月、5年ぶりに中国へ行き専門家と話をした時、彼らはこれを「和平演変」だとしながら、和平演変は効果がない、と言っていました。一方で、韓国側の専門家と議論した時には、90年代は北朝鮮が経済的に厳しい状況にあり、われわれはお金で籠絡したけれど、中国が助け船を出して結果的に北朝鮮は持ちこたえた。だけど今回は金ではない。カルチャーだという言い方をしています。K-POPや韓流ドラマに対する傾倒は、中国がいくら手を差し伸べても変わらないと。

北朝鮮がこのことをすごく警戒しているのは間違いないと思います。例えばコロナの時に北朝鮮の脱北団体、反北団体が風船にいろいろなものを付けて北朝鮮に送っていました。これに対して過剰反応したのは、USBチップに入っている韓流ドラマのようなものに対する警戒心がすごく強いからです。北朝鮮は正式発表で、「南から送られてくる風船にはコロナ菌が付いているから触ってはいけない」と盛んに言っていましたが、北朝鮮が間違いなく嫌がっているのは、風船に付いているUSBチップだったと思います。

北朝鮮のウクライナ戦争

3番目の質問、トランプ政権になって北朝鮮はどうするのかという話ですが、アメリカ国内にも既に非核化と言っても仕方がない、軍備管理でやるしか仕方がないのではという声もあります。IAEAのグロッシー事務局長も、北朝鮮を核保有国として交渉しなければならないというようなことまで言い始めている状況なので、そこに賭けてトランプ政権へ向き合うということだと思います。

北朝鮮はウクライナで、彼らなりに覚悟を持って大国の戦争にかかわっているのだろうと思います。私は当初、ロシアとの関係は短期的な技術協力だけ欲しいのだと思っていたら、小此木政夫先生から、中国の人民志願軍が朝鮮戦争に参戦した時のイメージで見ていないか。小国が大国の戦争にかかわるわけだから、むしろ韓国がベトナム戦争にかかわった時のイメージで見たほうがいい、と言われました。国運を賭けるぐらいの覚悟を持ってやっていると考えてみろ、と指摘され、なるほどと思い知ったところです。

ウクライナ戦争そのものに関して、北朝鮮自身が動向を左右できる話ではないので、ロ朝関係を前提にしながら対応していくことになるだろうと思います。米朝関係が上手くいけばウクライナも落ち着いてくれたほうがいいという考え方もあるでしょう。北朝鮮にとって米朝関係が軸なので、そこが上手くいっている時に米中が対立していることもあまり好ましくない。中国側からストップをかけられてしまうところもあるので、状況を見ながらということだろうと思います。

小嶋 これまでのお話を伺い、習近平政権、金正恩政権ともに、それぞれの国の歴史を踏まえ、統治の正統性の維持を最優先に、秩序を構想しているということを再認識いたしました。逆に言えば、各政権の立ち位置と、社会の変化とを内在的に理解してはじめて、国際秩序形成について、地に足のついた議論ができるのだということです。ご報告くださいました先生方、討論者の山口先生のご尽力により、大変充実した議論ができたのではないかと思います。ここで皆さまに感謝を申し上げ、第1セッションを締めたいと思います。有り難うございました。

(1月18日に開催された東アジア研究所公開シンポジウムをもとに構成)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事