【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第2セッション】国内政治が揺さぶる国際秩序
2025/03/08
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倉田 秀也(報告)(くらた ひでや)
防衛大学校教授
塾員(1985政、88法修、95法博)。専門は安全保障論、韓国政治外交史。日本国際問題研究所研究員、杏林大学助教授、教授等を経て2008年より現職。著書に『朝鮮半島と国際政治』(共編)他。
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西野 純也(討論・司会)(にしの じゅんや)
慶應義塾大学法学部教授、同東アジア研究所所長
塾員(1996政、98法修、2003法博)。2005年延世大学校大学院博士課程修了(政治学博士)。専門は現代韓国朝鮮政治、東アジア国際政治。16年より慶應義塾大学法学部教授。23年より同東アジア研究所所長。著書に『激動の朝鮮半島情勢を読みとく』(共著)他。
西野 第2セッションでは、お2人の専門家をお迎えし、主にアメリカ、韓国で現在起きている国内的な政治変動が、国際秩序にどういった影響を与えているのか、あるいは今後与え得るのかという点について議論を進めていきます。
第1セッションの議論でも、トランプ政権の再登場に関する議論がありましたので、両者は密接に結びついている部分が多いのではないかと思います。まず、森先生からトランプ政権の対外政策についてお話をお願いします。
分極化の構造
森 私からは「トランプ政権―国際秩序のゆくえ」ということで報告をさせていただければと思います。
1つ目は「トランプ再選は何を意味するのか」ということです。ポイントとしては、トランプ政権は二重の秩序変革を追求するということで、国内と国際場裡でこれまでの現状を変えていくような取り組みをどんどん進めていく。それを有権者は実際に期待しているといった話をします。
それから2点目は、本題の「トランプ次期政権は国際秩序にいかなる影響をもたらすのか」です。トランプ政権が発足してこれから様々な政策を進めることでアメリカがこれまで世界で果たしてきた役割がどのように変化するのか。リベラル覇権秩序と呼ばれるような、アメリカが主導する国際秩序というものにどんな影響をもたらすのか。トランプ政権のインプリケーションというものを考察してみたいと思います。
まず、選挙の結果、これはもう皆さんご案内の通りです。よくメディア等では圧勝と言われますが、得票差は270万票、全体の1.7%であり、全体として見るとトランプが圧勝という状況ではない。アメリカは真っ2つに割れている状況で、それぞれが異なる連邦政府のあり方、アメリカの世界における役割についての考えを持っているということです。上院と下院の議席数も僅差で、アメリカの中でイデオロギー的分極化という状況が進んでいることがわかります。
このイデオロギー的分極化というのは一般的に2つの属性で定義されます。1つ目は、政党のイデオロギー間の距離が離れていくことです。様々な社会経済問題、政治問題に関する方向性、考え方について対照的な見方があり、この距離がどんどん開いていく。
もう1つは、政党内におけるイデオロギーの凝集性・一体性がどんどん高まっていきます。このような2つの状況が起こりますが、2大政党間でだいぶ異なった政府、あるいは権力行使のあり方についての考えがどんどん開いていく。政権交代が起こると、少数党となるほうは世の中が間違った方向に進んでいくと思い、そして政権党は、世の中は正しい方向に進んでいると思うようになるわけです。
昨年11月の選挙は、表面的には経済問題でアメリカのマクロ経済はパフォーマンスがよくても、物価高による家計の圧迫が問題として大きかった。それから、バイデン政権期にかなりの数の移民が暫定的な仮入国措置でアメリカに入っており、そのことの社会不安が注目されました。
ハリスは民主主義の防衛、人工妊娠中絶の権利の保護を訴え、ある意味、民主党支持者の関心を汲んだ王道の選挙戦術を採った。それに対してトランプは、自分が大統領の時は経済はもっとよかった、世の中も平和だった。それから不法移民が入り過ぎたことで犯罪が起き、社会問題が起きていると言って、経済そして移民にまつわる不満や不信をすくい上げました。
蓋を開けてみると、投票した4割ほどの有権者は経済や家計の問題を重視し、移民問題も、イシューとしては非常に重要度が高かったので、ハリスの選挙戦術は外れてしまいました。いま申し上げたようなことが表層的な説明になるかと思います。
トランプの目指す「二重の秩序変革」
より深い説明としては、現在のこのアメリカの置かれている状況を変革してほしい、打破してほしいという欲求がアメリカの一般市民の間にたまってきていたということだと思います。
ワシントン中央政治に対する信頼感は、ピュー・リサーチセンターが定点観測している世論調査の結果を見ると、1960年代半ばの78%ぐらいをピークに、基本的には下落傾向で今や22%前後です。要するに、今の政治・社会・経済システムがおかしい、政府のやっていることは間違っている、何か信用できないものがあるという不信感がずっと蓄積されてきている。
そうした中、有権者に「大統領にどういう資質を求めるか」という質問をすると、1位が「国をリードする能力」、2位が「変革を実現する能力」となる。出口調査では、リーダーシップを重視した有権者のうちの65%がトランプに投票し、変革を重視した有権者の73%がトランプに投票したという結果でした。
そこから何が言えるかですが、トランプはよく選挙(2020年大統領選)に不正があったと言っていました。かたやハリスは、民主主義を防衛すると言いました。民主主義の防衛というのは要するに現状維持のメッセージとして受け止められた。一方、選挙の不正は、もちろん字面通り受け止める人もいたと思いますが、今のシステムは何かおかしい、きちんとした予算配分が実現していないという不満を持つ人たちへのメッセージとなった。つまりトランプは現状変革、現状打破の候補者としてのイメージを浸透させることができたのではと思います。
トランプはこのことを自覚していて、事実上「二重の秩序変革」を目指すとみられます。すなわち、一つは自分たちはワシントンの既得権益の打破を目指すというマンデートを持っていると。それを「ディープステートの解体」という言い方をする人たちもいます。
つまりは民主党の政策を一掃していく、例えば多様性とかいったものはよろしくない、Wokeと言われる考え方も逆転させなければいけない。それ以外にも、言説のみならずエネルギー資源を含めて様々な規制を撤廃していく、ということを目指すことなどが内でやることだろうと思います。2025年3月号
【特集:東アジアから考える国際秩序】
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森 聡(報告)(もり さとる)
慶應義塾大学法学部教授
1997年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。2007年東京大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門はアメリカの外交・安全保障、現代国際政治。法政大学法学部教授を経て22年より現職。著書に『国際秩序が揺らぐとき』(共編)他。