【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第2セッション】国内政治が揺さぶる国際秩序
2025/03/08
リベラル国際秩序の否定
森 他方で、本日のテーマの「国際秩序」について政権1期目からトランプは、反グローバリズムということを言っています。これは、いわゆる「リベラル国際主義」をワシントンがコスト度外視で追求してきた結果、アメリカの国力消耗につながったという見方です。リベラル国際主義に対して反発し、こういう伝統的なアメリカの外交路線を振り払わないとアメリカの国力再生はないんだ、アメリカを偉大にするためには従来の対外関与姿勢を否定しなければいけないということです。
このリベラル国際主義というのは、アメリカはリベラル国際秩序を支えなければいけないという、一種のイデオロギーとして理解することができると思います。
主要な取り組みの1つ目は、同盟を通じた大規模地域紛争の抑止です。しかし、これをやった結果、経済が発展した同盟国のただ乗りを許したではないかとトランプは批判します。要するにアメリカは食い物にされていると。
2つ目は、多角的貿易体制を通じた貿易自由化の促進です。これについてトランプ独自の世界観で言えば、雇用の流出だけではなく、外国が貿易黒字を上げてアメリカが損をしているという見方をします。
そして、民主主義、法の支配、人権を推進するための外交や武力介入をした。その最たるものがイラク戦争ですが、トランプとその支持者らは、そこで不要な犠牲を払ったと言います。さらに、開放的な政治・社会制度を通じた移民活力の取り込みにより、特にバイデン政権の時に移民の大量流入が起こってしまったと非難します。
こういうものの進行をこのまま許していくとアメリカはどんどん消耗していく。本当はアメリカの力を増進するためにあったはずの制度が、それを支えるために力を傾注した結果、自分が消耗するという本末転倒な状況になってしまっている。だからここを変えなければ駄目だというのが、トランプ主義の基本的な問題意識としてあるということです。
保守的な現実主義と一国主義
そうすると、アメリカの平和と繁栄を消耗させずに世界にどう関与すべきか。ここがベースラインとなってトランプ政権に入る人たちの考え方は組み上げられます。そこには2つぐらいの考え方があると観察されます。
1つは、一国主義と言われるような考え方を持つ人たちで、アメリカの対外的な責務や負担はできるだけ軽減し、アメリカは身軽になるべきだということです。どの国も自国の平和と繁栄を最優先するのは当たり前なのですが、アメリカの場合、自国以外の平和と繁栄のためにもかなりの責務とコストを負っていましたので、それを振り払って自分のことに絞るということです。
2つ目は、アメリカの限られた力やリソースをヨーロッパや中東より、自分たちの最大のライバルで挑戦国である中国への対応に振り向けるべきだという考え方です。これら2つのアプローチで世界に向き合っていく考え方があるということになります。
もともと共和党の中には、アメリカはどのように世界とかかわっていくべきなのかについて3通りぐらいの考え方がある。1つは保守的な国際主義、2つ目は保守的な現実主義、3つ目は保守的な一国主義ということになります。この3つのうち、トランプ政権に入るのが、保守的な現実主義の世界観を持った「優先主義者」と呼ばれる人たち、もう1つが、保守的な一国主義といった世界観を持った「抑制主義者」と呼ばれる人たちです。
保守的な現実主義というのは基本的にはルールではなく力を通じて世界を見ていきます。力で追い上げてくる中国に対抗していく。目的と手段のつり合いを重視しますので、手段の制約に対しては非常に自覚的です。そして理念や価値を他国に押し付けず、それに基づいて力を行使することは基本的には考えません。
具体的に言うと、最大の挑戦国である中国に厳しく対抗するためヨーロッパ・中東よりインド・太平洋を優先する。そして中国への対抗連合を重視する。つまり同盟の類を積極的に強化しようと考えます。ただし、中国の体制批判はしても、体制転換は目指さない。
しかし、興味深いのは、中国との戦略的競争はどういう条件の下で終わると思うか、と保守的な現実主義者の人たちに聞くと、2つ可能性があると回答します。1つは、中国がアメリカと競争する力を失い、弱くなった時。もう1つが、共産党の統治の性質が根本的に変わった時。このどちらかが起こったら戦略的競争は終わると。そこではやはりパワーと政治体制が問題になるわけです。
現実には、当面体制転換を自分たちから積極的に仕掛けていくことはやらない。ただ、長期で見た時、体制かパワーのどちらかの面で、アメリカが決定的に優位になる状況に至るまで対立は続くのではないかということです。
一方、保守的な一国主義は国家主権を重視します。アメリカの平和と繁栄は他国の平和と繁栄とは切り離して存立し得るという前提に立って世界を見ます。ヨーロッパや中東、アジアで何が起ころうが、基本的にアメリカは自分の国に対する攻撃を抑止できるような軍備を持って、通商で貿易黒字を上げていれば安泰だといった見方です。
「安全保障の可分性」という考え方は民主党と対照的です。民主党は、あらゆるものがアメリカの平和と繁栄にかかわっているというグローバルな安全保障観を持っているのですが、それとは違い、アメリカの平和と繁栄は世界のそれとは切り離して存立すると考えます。理念や原則ではなく、実利で考えていくということです。
一国主義の抑制主義者は、自国防衛のための軍備増強、2国間の通商関係での貿易黒字を優先し、同盟国の防衛は自明ではない。同盟国はアメリカの平和と繁栄にとって不可欠という前提はないので、「なぜ同盟国を防衛する必要があるのか」「なんでウクライナを守らなければいけないんだ」「なんで台湾を守らなければいけないんだ」という問題意識が出ることになります。地域紛争がヨーロッパやアジアで起こるのであれば、それを抑止する取り組みは一義的に地域諸国がやるべきだと。
ウクライナに関しては、「大西洋の反対側にいるアメリカがなんでウクライナ支援の7、8割を負わなければいけないんだ。ウクライナの目の前にいるヨーロッパ諸国がもっとやらなければいけない」というのがトランプをはじめとする抑制主義者の考え方です。
「選択と集中の安全保障政策」
トランプ政権の具体的な政策を安全保障と経済と外交との3本柱で分解すると、安全保障は「選択と集中の安全保障政策」となると思います。ヨーロッパ・中東ではなるべく早く紛争を終息させたい。なおかつ、同時並行で、中国に対抗する取り組みを進めていくことになると思います。中国に対しては軍備増強、核・通常戦力の増強もあると思いますし、米軍の前方展開の拡充、それから何より重要なのが防衛産業基盤の拡充が大きなアジェンダになるだろうと思います。
台湾政策に関しては粛々と進む印象です。第1次トランプ政権で台湾政策を担当していた方と昨秋東京でお話ししたら、第1次トランプ政権、バイデン政権、第2次トランプ政権と、継続性が顕著になるだろうと言っていました。粛々と台湾の非対称的な防衛能力の強化を支援していくのではないか、と言っていました。
防衛予算増は、台湾も含めて他の国に対して求めていく可能性があります。どういうタイミングで誰に何を求めるかは別として、根本には一国主義・抑制主義の人たちからすると、地域諸国はもっと防衛努力をしなければいけない、同盟国に対しては、国防予算を増やし、防衛負担も増やし、安全保障上の役割を拡大しろ、といった要求を本来的に持っている。ヨーロッパでは欧州諸国が欧州防衛のためのコストを負うべきだという方針がかなりはっきりと出てくると思います。6月のハーグでのNATO首脳会議でおそらくトランプ政権はそういった欧州諸国による欧州の国防支出増を求めていくのではないかと思います。
それに対してインド太平洋のほうでは同盟国との防衛協力を促進すべきだという議論が前面に出てきて、ヨーロッパほど波風が立たないのではないかと現時点では予想しています。
脱価値的な外交の特徴
2つ目が通商政策です。高関税政策、WTO体制の正当性の否定、そして様々な通商政策の安全保障例外の適用、エネルギードミナンスの追求といった取り組みを進めていく。
3つ目が脱価値的な外交ということになります。民主主義、法の支配、人権といった価値を押し付けないとも言えますし、権威主義国家の指導者との取り引きを厭わない、障壁を感じないとも言えます。
民主主義対専制主義とバイデンは言っていましたが、トランプの脱価値的な対外観では、民主主義の同盟国に格別の処遇を与えるといったことがなくなる。リベラルデモクラシーの同盟国が特権的な扱いを受けることはなくなるわけです。したがって追加関税も容赦なく中国と並べられて対米貿易黒字が大きい国は標的にされる。抑制主義者は、同盟国だから手厚くもてなすという視点を持っていないと思います。
これまでポスト冷戦時代のリベラル覇権秩序には階層性があって、市場経済型自由主義的民主主義の国家であることがステータスでした。頂点にいるアメリカに近く、様々な価値規範を共有しているので一番上層にいる。その下に一定の行動を規範共有する非民主国家群がいて、一番下に「ならず者国家」がいるというように、序列の規範構造の下で秩序というものが観念されていました。
アメリカが、今お話ししたような世界における安全保障と経済と外交における役割を変えていくと、この階層構造は変わってきます。例えば安全保障分野ではセキュリティープロバイダーとしての信頼性が揺らいでくる。そして、開放的経済システムの推進勢力としての役割はすでに減退しています。これはもう超党派で、民主党もそうだと思います。脱価値的な外交をやるようになれば、民主主義、法の支配、人権といった価値が埋め込まれたルールの推進勢力としての信頼性も低下していくことになります。
2025年3月号
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