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【特集:東アジアから考える国際秩序】
【第1セッション】権威主義国家が見る国際秩序

2025/03/09

人類運命共同体と3つのイニシアティブ

江藤 そして国際的なビジョンとして打ち出されているのが人類運命共同体という概念です。これは何を意図しているのか。人類運命共同体は、世界の人たちはみな共通の運命を担っているというわけです。例えば地球温暖化が進めば、その苦労を皆が共有することになるのだから共に発展していこうと。これはとりわけ発展途上国の方たちにも受け入れやすい理論として構成されています。ここでのポイントは、この人類運命共同体を誰が主導していくのかということです。

もちろん内心では中国はリーダーシップを発揮したいと思っています。中国は公には決してアメリカの先を行く強い国になるつもりはない、アメリカに追いつくとは思っていないと言っていますが、もし追いつける可能性が出てきたら、自分たちがリーダーになりたい、中国中心の人類運命共同体にしていきたいと思っています。

そのために打ち出しているのが、グローバル発展イニシアティブ、グローバル安全保障イニシアティブ、グローバル文明イニシアティブです。この3本柱の上に人類運命共同体というビジョンを掲げているのが中国の国際戦略の大きな見取り図です。

この経済・安全保障・価値の3本柱は、言わば覇権国が有している経済・軍事・価値という3つの領域での圧倒的なパワーを中国なりの言葉で説明し直したものです。さらにに加えて、中国が今重視しているのは科学技術におけるイニシアティブです。

現代世界でゲームチェンジャーになることにおいても、自分たちがルール形成や技術開発でイニシアティブを発揮したいという意図が出てきている。そして、グローバルデータ安全イニシアティブ、グローバルAIガバナンスイニシアティブ、グローバルクロスボーダー・データフロー協力イニシアティブという3つのイニシアティブが発表されています。

ただし、一つ目のグローバルデータ安全イニシアティブというのは、ひと足早く2020年に発表されましたが、あまり言及されていません。このデータ安全に関しては王毅外相が発表したのに対し、その他のグローバルイニシアティブはすべて習近平本人が国際会議などの場で発表したもので、少し格下げの位置づけになっています。

概念としてのカギは国際戦略で、とりわけAIガバナンスとクロスボーダー・データフロー協力の2つは、英語でも発信していますから、国内向けだけではなくて国際社会に対してのメッセージであることも明らかです。

そしてもう一つのカギは、これらのイニシアティブの中で、自分たちは発展途上国の立場に基づきルール形成をしていきたい、ユーザーである国との連携を強めたいと言っていることです。

中国はアメリカと並ぶAI大国でプラットフォームを提供する側です。どんな経済活動でもプラットフォームを提供している側が圧倒的に有利です。AIも同じで、とりわけデータ収集においてシステム提供者のほうが有利なポジションを得るわけです。しかし中国はAI大国でありながらユーザーとなるグローバルサウスとの協力を全面に打ち出している。この狙いには、技術の重要性を訴えると同時に、他国を巻き込むメッセージを発信するという意味があるのです。

今の習近平外交には、経済、技術、軍事安全保障のナラティブをいかに他国を巻き込みながら形成していくのかという意図が如実に表れている。これはすなわち対米戦略の一環でもあります。アメリカと競争する時に誰が自分たちのチームに入ってくるのか。これをできるだけあからさまでないような形で、しかし中国と組むと確実にいいんだと発信している。これが今の国際戦略の特徴となります。

「国際話語権」の強化

では、具体的にはどのような外交ツールを使っているのか。もっとも大きいものとしては誰もが否定できない巨大な市場の魅力です。どの国も中国にモノを売りたいと思っています。でも、進出してきた企業に対して、このようなルールに従ってくださいとか、中国国内ではこのような商慣行がありますと、それに従わせることで技術を吸い取ることもしています。企業関係者に対して国内ルールに従わせることが一つのツールになっています。

それから、企業に対して輸出管理をしています。ガリウム、ゲルマニウム、グラファイトなどの重要鉱物に輸出規制をかける。そうやって世界中に中国は影響力を発揮することができるのだと2023年から24年にかけて明確に示しました。中国が生産力を一番持っている重要鉱物等をあなたには提供しません、と言われることで、他国が中国のルールに従わなければいけないと認識するようになっている。

このようなツールを使う上で中国は国内での法律を整えてきました。海外貿易法、輸出管理法、両用品目(つまりデュアルユース)輸出管理条例、関税法と、2020年頃から様々な法律をつくっています。最後の2つは昨年12月1日に施行されたものですが、関税法に関してはトランプ政権の関税が問題になる中でタイミングよく打ち出された感があります。

これは第1期トランプ政権時の経験を踏まえて法整備をしたということで制裁案件ができるようにもなっています。反外国制裁法、信頼できないエンティティー・リストなどは、自分たちが問題だと認識していることのメッセージと同時に相手に痛みを負わせる法律となっています。このような法律の整備も対米戦略を念頭に置いていて、ルール重視の姿勢を鮮明にしている。中国はルールベースで競争していると内外に知らしめているわけです。

ルール重視であることこそが国際世論戦の一環で、中国ではこれを「国際話語権」の強化と言っています。「話語権」はディスコースパワーと訳すことが多いですが、発言する権利に加えて、発言したことに聞いた人たちが従うという権力を持っている状態です。国際社会で中国がこの話語権を高めるということを、2010年代半ばから盛んに打ち出すようになっています。

国際秩序から逸脱しないスタンス

国際話語権は中国式現代化の中でも謳い込まれていて、中国のことは中国自身が説明するから、国際社会はこれを受け入れてください。アメリカの言う中国は間違っているんだと、自分たちが説明する中国像をいかに西側を含む国際社会に受け入れてもらうかに尽力しています。経済を梃子にしたり、法律を使ったり、様々なメッセージを発することでこれを訴えています。

これが端的に強化されたのが昨年打ち出された、EUに対するアンチダンピング調査というものです。中国は、国内でヨーロッパからダンピングが来ているという要請に基づいて調査したと言っていますが、ヨーロッパを含めた世界は、これはEUが中国産の電気自動車(EV)に対して関税をかけたことに対する報復措置であると了解しています。関税措置に対してアンチダンピング調査や反補助金調査を行うことで、自分たちはルールに基づいて報復措置をとっているという姿勢です。ただし、報復措置と言うとルール外になってしまうので、国内からの要請に基づき、国内法に則って、WTOのルールからも逸脱しない形で措置しているというスタンスをとっています。

これは国際的な経済秩序を中国は逸脱していないというポジション取りになります。例えば、カナダは昨年8月に中国産EVに100%関税を課すと発表しています。それに対し、ヨーロッパにはアンチダンピング、反補助金をやりましたが、カナダに対しては初めて反差別調査をしています。反差別調査というのは対外貿易法第七条の項目の中に一項目ぐらい含まれているだけのもので、これを使うとは誰も予想していませんでした。

EUは中国に対してEV関税をかける時に200ページ以上の分厚い調査報告書を出し、このようなところに補助金が入っているから、自分たちはそれに対して対抗措置として関税をかけるという説明をきちんとしています。それに対してカナダは、そうした調査の形跡があまりない状態で中国に対してEV関税をかけた。すると、「カナダはちゃんと調査をしているのか」と、中国はそこを突いて反差別措置と指摘した。これは外形的にはカナダよりも中国のほうが筋を通した形です。

今年も何らかトランプ政権が打ち出してくる対中措置に対して、中国はできるだけルールに則るように見える形で打ち返してくるでしょう。必ずしも関税をかけてきたら関税で打ち返すとは限りません。中国は国内法を整備して様々なツールを持っており、どれで打ち返すかはその時々の相手が打ってきた手に合わせて選んでいくという姿勢をとっています。言ってみればファイティングポーズをとっている状態で、中国側は準備が整っているわけです。

トランプ政権との対峙

この中でトランプ政権と対峙することになります。人事を見ても対中強硬派と言われる人たちが政権に入っている。現実主義者なのか、本質的な対中強硬派なのかというニュアンスの差はあるけれど、中国の識者の間では基本的に中国に対して厳しいという見方は一致しています。

トランプはすでに中国に対しては10%の追加関税、メキシコ・カナダに対しては25%関税をかけると発表しています(2月1日に正式発表)。議会からはPNTR(恒久的通常貿易関係)を撤廃すべきであるという議員立法案も出ています。中国の最恵国待遇そのものをやめるべきだという議論が出ているわけです。

関税に対してもPNTRに対しても、中国は関税法の中で対抗措置を取ると明記していますので、国内法で対応できるようにしました。最恵国待遇に関して、以前の関税関係法に含まれていなかったことを新たに書き込み、このような議論が出てきたことを受けて準備を整えています。

金融制裁に関しても、台湾に対する行為に絡めた中国の高官に対する金融制裁案が復活しています。技術・経済・金融にまで波及するような様々な打ち手が準備されてきています。

ただし習近平の新年に向けての挨拶の中では、中国の外交戦略は基本的に変わらないということが打ち出されていた、と私は解釈しています。国際情勢の変化はいろいろあるけれど、中国自身の対応は変わらない。台湾に関しても言説として大きく変わったわけではないし、言説の量も増えたわけではない。つまり、中国は自分たちが目標を定めて準備してきたものを着々と実行に移す段階にある、という構えでいると思います。

一つ興味深いことに、今年の初めに外交部、外務省主管で人類運命共同体研究センターというものが設立されています。王毅外相が開幕スピーチをして、「人類運命共同体」の考えは、どのような世界を想像し、どのように構築するかという課題に対しての中国の答えであると言っています。研究センターでこれを理論化し、より戦略的に世界に対して臨んでいく段階に入っていくということだと思います。言説においても、アメリカと競争する準備が進んでいます。そうした中で現状は、トランプ政権と台湾の関係にも懸念があり、他方で日中関係は融和のモメンタムを迎えているというのが今の東アジアの状態です。

では、この中で日本は何を選択するのか。私は決め打ちをしてはならないと思っています。状況が刻々と変わっていく中で適切なものを、その時々で考えていかなければいけない。ただし、どこに向かうべきなのかという戦略的な見取り図は必要です。海図のない航海はすべきでない。私たちには今、中国を含む東アジア情勢に対する戦略論が求められていると思います。

小嶋 有り難うございました。お話しいただきましたように、中国は、パワーの増強を進める際、軍事力や経済力・技術力のみならず、国際規範の形成における「話語権」の増強を図ることによって、その正当性を担保しようとしています。

そうなると、規範形成に関与を強める中国こそが、国際秩序の擁護者になり、自国中心主義を掲げるアメリカ、さらにそのフォロワーがこの面において対外的な説明力を失っていくような事態も考え得るということでしょうか。世界に、中国が主導する法空間がつくられつつある中で、日本はどのように国益を維持し、国際秩序の形成におけるプレゼンスを高めていくべきなのかという問いが浮かんでまいりました。

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