【特集:科学技術と社会的課題】
見上 公一:科学技術の倫理的・法的・社会的課題──科学史の視座から考えるその曖昧さ
2024/08/05
ELSI研究プログラムから先に進むために
ヒトゲノム計画におけるELSIの検討が、急速に発展する科学技術について社会として最善の決断を行っていくための試みの1つであったとするならば、その内容を精査し、より望ましい方法へと洗練させていくことが重要だろう。それによって、私たちがなすべき科学技術のELSIの検討についての議論も、前に進んでいくはずである。
ELSI研究プログラムに向けられた批判の中で特に重要なものとして、それがヒトゲノム計画に対して影響を及ぼす明確な道筋が確保されていなかったことへの批判がある。ELSI研究プログラムで取り組まれた課題の内容いかんによらず、ヒトゲノム計画は当初の予定通りに進められていった。ヒトゲノム計画を実施するための、いわばガス抜きとも言える形でのプログラムの立ち上げという経緯を踏まえたならば、それは当然の帰結とも言えるだろう。おそらく発案者のワトソンも、「その他」の側面に関する付随的な取り組みがヒトゲノム計画の科学的および技術的な側面を扱う研究活動に影響を与える必要など考えていなかったに違いない。しかし、科学技術について社会として決断をしていくための試みという観点からは、なされた議論が対象とする科学研究に対して実質的な影響力を持たないというこの批判は、深刻な欠点を指摘していることになる。
実際に、その後のアメリカの議論では、ELSIの検討の成果がその対象である科学技術の研究開発に適切な形で反映されることが求められるようになっていく。2003年に開始されたナノテクノロジーや、その後数年遅れて始まる合成生物学に関する国家レベルでの研究事業では、それが明確に示されている。
ただし、それは決して簡単なことではない。ヒトゲノム計画で実現されたELSI研究プログラムのスタイルでは、科学技術に取り組む研究者と「その他」について取り組む研究者が分業することが前提とされる。同じ科学技術を対象としながらも、両者は本質的に異なる側面を扱うものであり、それぞれ異なる専門性が必要だと考えられたためである。1950年代末にC・P・スノーという人物が『二つの文化』と題された講演の中で、理系と文系の研究者がそれぞれ独自の文化を形成したことで両者が交わる創造の機会が失われているという問題を指摘したが、切り離された両者の取り組みは、明確な意図を持って接続されなくてはならなくなったのである。
このような分業が引き起こす課題は、科学史が学問分野として成立した流れを想起させる。科学史が1つの学問体系を成す以前も、科学の歴史に関心を寄せる人がいなかったわけではない。むしろ、科学を前に進めるためには、それまでに示された科学の知識を振り返ることも科学研究の重要な一部であったはずである。しかし、それが一度、異なる専門性を有する独立した学問分野としてみなされるようになると、科学史は科学研究から切り離されてしまう。結果として、大学教育などを通じた両者を接続するための取り組みが、それまで以上に求められることとなった。
あえて曖昧さを受け入れることの意義
科学技術のELSIの検討を進める中で、冒頭で触れたような科学者と人文・社会科学の研究者の間に不幸な歪みが生じているとすれば、それは両者の分業、つまり専門性との関係においてそれぞれが果たすべき役割を明確にしようとしてきた歴史的な流れが深く関わっている。
役割を分けようとすれば、そこから抜け落ちるものが生じる可能性は高くなるし、何よりも私たちが科学技術と向き合うためには両者の接続が不可欠であり、そのための努力が求められることになる。そのような努力は当初の分業で与えられた役割の範疇を超えるものであって、そう考えれば相手に対して不満が募るのも自然なことではないだろうか。近年では、科学者の側からも人文・社会科学の研究者の側からも分業を乗り越えようとする提案がなされており、それは歓迎すべきことのように思われる。言わばあえて「曖昧さ」を受け入れることで、健全な科学技術の発展のために双方の協働を推進しようという姿勢である。
一方で、更なる分業を求める声があるのも事実である。科学技術のELSIの検討が具体的に何をすべきかが明確でないことを問題とし、ELSIの中でも具体的な学問分野と対応する倫理や法について、まずはそれぞれの専門家である倫理学者や法律家に任せようという主張がその典型例として挙げられる。そのような主張は、それらの専門家で対応できなかった課題を、残された「社会」という言葉でごまかして、誰かに解決を委ねることを意味している。それはまさに、ワトソンがヒトゲノム計画の実施に際してその科学的および技術的な側面を科学者の領域とした上で、それ以外の「その他」の側面をELSIという枠組みに集約することで対応しようとした、その構図そのものである。
過去30年の間に科学技術の持つ意味合いが変わったのであれば、それは専門家である科学者の役割を科学研究という特定の活動に限定してきたことによるのかもしれない。そのことによって、他の専門家が科学研究に関わることが難しくなった一方で、社会との接合のために他の専門家の関与を拡大しなくてはならないという、捻じれた状況が生じているように思われる。
ここ数年、「科学を開く」という言葉を耳にする機会が増えている。それは人々と科学との接点を多様化させ、科学を科学者だけのものにしないという意味合いを持つ。同様に、ELSIの検討も専門家である人文・社会科学の研究者だけのものにせず、誰もが議論に加わることができるようにする努力を重ねていくことが重要なのではないだろうか。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年8月号
【特集:科学技術と社会的課題】
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