【特集:大学発スタートアップの展望】
座談会:大学からよりよい未来をつくる──スタートアップへの期待
2024/05/07
シンガポールのスタートアップ支援
山岸 田中さんは前職でNUS(シンガポール国立大学)などシンガポールの大学スタートアップの支援などもやられていたのですね。
田中 はい。シンガポールに計6年ぐらいいまして、前職では本社のCVCと連携して、スタートアップ投資案件発掘から投資後の支援までをやっていました。
シンガポールではNUSを中心とした、コミュニティ、エコシステムを国全体で作る取り組みをものすごい勢いで進めています。当時、ディープテック創出プログラムをNUSが始めて、5年間で250社を創出する計画を発表しました。資金源は国ですが、修士、博士課程の学生や研究者がチームアップして、3カ月で起業を目指すプログラムを開始して、一気に数を増やしていました。
たくさんのディープテックのスタートアップの案件を見ましたが、ディープテックの中でもアントレプレナーシップ教育の裾野を広げて、その中からユニコーンを目指すスタートアップを創出させるというようなプログラムに非常に刺激を受けました。
またシンガポールは海外からのVCのマネーをうまく呼び込んでいます。
今枝 どうやってやっているんですか。
田中 国策になっていると思いますが、スタートアップ・シンガポールというブランド化をして、国外向けにプロモーションしています。それは、NUS発だったり、A*STARという国の科学技術研究庁の支援するスタートアップが多く、グローバルなVCなどの投資家や人材もシンガポールに集まってきています。
もちろん税制優遇のような政策的な側面もあると思いますが、大学の中でインキュベートしたら、まずVCから資金調達につなげるスキームになっています。デモデーには、独立系のVCもたくさん集まり、そこで接点を作っていくことを大学のプログラムとしてやっています。
今枝 国の主催でVCとスタートアップをマッチングするようなイベントなどもやっているんですか。
田中 政府機関と民間企業、そして大学が連携して実施していますね。シンガポールと比べても、日本は技術、研究面でより強いスタートアップがあるはずですから、海外VCとのマッチングを強化してグローバルに展開していくやり方も、最初から海外でスタートアップを始めるという選択肢もあると思います。
山岸 慶應のスタートアップ部門では、田中さんも他のメンバーも海外経験がある人を採用したり、KIIでも、日本人でアメリカでそれこそ治験をやったことがある人なども今回採用したりしています。
そのような日本人で海外できちんとビジネスをやったことがある人を呼び戻さないといけませんね。私の知り合いの中国人で、一度天安門事件で中国から逃げてアメリカへ行って、CIAに保護された人が、ビジネスマンとしてアメリカで成功したら、中国から絶対安全を保証するからと、すごいお金が付いて北京大学や精華大学のポストを用意されて戻っていった人がいます。日本人もグローバル競争をして勝っている人を連れてこないと、グローバルに勝てるスタートアップは作れないと思います。
インパクトスタートアップを育てる
山岸 最後に、今までの議論を踏まえた上で、ここから先、皆さんの中でどんなチャレンジをしていくか。白坂さんからこれからのチャレンジをお聞かせください。
白坂 Synspectiveは、淡々と、そしてとにかくスピードを上げてやっていくしかないです。一方、SDM(システムデザイン・マネジメント研究科)のほうはアントレプレナーシップ教育的なものをこれまでもやっていましたが、今、私が全体を取りまとめ、ディープテック系ではなく、ソーシャルアントレプレナーシップ側をやり始めています。
日本にゼブラ投資の概念を持ってきた陶山祐司氏という元経産省にいた人が私の研究室の卒業生にいます。また、政策投資銀行さんと組んで、ソーシャルアントレプレナーシップにフォーカスした教育プログラムを作っていて、ソーシャルアントレプレナーシップの教育をちょうど4月から立ち上げます。すぐにお金にはならないけれど、社会のためにいいことをやりたい、頑張りたいという若者たちを生み出すことを支援したいと思っています。
J-StartupでImPACTもいただいた通り、われわれはもともと災害対応で作った会社です。しかし、災害対応はお金にならないのに、災害先進国と言われている日本では、今回の能登半島地震でもフィードバックがたくさん返ってきました。
アメリカが世界の警察になるんだったら、日本は世界のレスキュー隊になれるのではないかと思っています。災害はグローバルにも起きるし、国内でも困っている方々がたくさんいるので、そういったところを支える教育システムに力を入れていきたいと、今、考えています。
今枝 素晴らしいですね。スタートアップ議員連盟の中にもインパクトスタートアッププロジェクトチームというものがあり、そこでインパクトスタートアップをどう成長させていくかを考えています。
J-Startupインパクトもそこで提案をしたり、日本版Bコープみたいな話、認証制度をどうやって作っていくかなどを考えています。本当は新しい法人を作りたいのです。つまり、株式会社やNPOではなく、ベネフィット・コーポレーションみたいなことをやりたいと思っています。
白坂 やはり今の仕組みというのは、お金儲けをするための仕組みになっていて、社会価値のために頑張りたい人たちに対して、お金で無理やり引っ張っていく傾向がある。でも、今枝さんが言われたことは素晴らしい視点だと思っています。
社会を変えていくスタートアップ
山岸 中村さんはいかがでしょうか。
中村 ケイファーマの立場でいくと、今年中に現在行っている亜急性期の完全脊髄損傷に対する臨床研究がデータ固定をして結果を出せるので、それを受けて1日も早く治験に持っていき、患者さんに届けたいと思います。そしてALSに対する創薬に関しても、今、PMDA(医薬品医療機器総合機構)と非常に密な議論をやっています。これも、治療法がなく一日千秋の思いで待っていらっしゃる患者さんたちに早く届けたいという思いでいます。それはケイファーマとして一番大事なミッションです。
一方、医学部の話では、先ほど出た、CRIK信濃町をプラットフォームとして若い人たちが自分たちの研究成果で世の中を変えたい、少しでもこの超高齢社会を迎えた日本が世界に先んじてロールモデルになるような、健康長寿大国日本の姿を示して社会を変えていくようなスタートアップを作れるようにしたい。
そこに慶應義塾として寄り添うスタートアップ部門の皆さんや、義塾の人事制度支援、そしてもちろんKIIからの資金が集約され、多様なステークホルダーの皆さんが一堂に会してどんどん新しいものが出てくるようになってほしいと思っています。
一方、私は殿町タウンキャンパスにもかかわっているんですが、殿町を日本の再生医療のハブにしたいんです。研究だけではなく社会実装をするためのハブです。再生医療と医工連携のロボティクス、医療機器開発で慶應を軸にして数多くのアカデミアの強いシーズが集まって、世界に飛び出していけるようなハブになっていけばいいなと。これは私の夢です。
山岸 田中さんはいかがでしょうか。
田中 スタートアップ部門の活動は、まだ塾内での認知度があまり高くないと思っています。次のユニコーンを狙えるような研究シーズを発掘していくところで、各キャンパスの研究者の方に起業という社会実装の方法があるということを広く知り、関心を持っていただくというところから進めていかないといけないと思っています。
もう1つ、それを支援いただくコミュニティを拡大していく必要もあると思っています。そこは塾員ネットワークを使わせていただき、『三田評論』の読者の皆様にもこの活動に賛同いただけるようなスキームを作っていきたいと思いますし、支援のマッチングも進めたいと思います。
山岸 KIIのほうは3号ファンドが立ち上がったので、まさしくインパクト投資の形を新しく作っていくところに注力しています。もともと基本的に社会課題解決型の会社に投資をしてきているので、Impact Measurement and Managementという新しい手法を入れていくということで、その発信も含めてやりたいなと思っているのが1つです。
それから、J‐PEAKS(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業)に慶應も採択され、CRIKでもやらせていただきますが、加えてアントレプレナーシップ教育の全塾的なところをしっかり整えていくところで、ぜひ白坂さんとも連携させていただきたいと思います。インパクト評価、人材育成にしっかり慶應としても取り組みたい。
では、最後に今枝さんお願いします。
今枝 先ほど言ったように、今年は、スタートアップに関して人材育成の部分と大学発のスタートアップを伸ばしていきたいです。
特に国際卓越研究大学を選び、そこに大学ファンドを大きくドーンと投じることを考えているわけです。大学というものが、わが国は他の国に比べると社会と少し距離があるように思われる中、大学ファンドというものが大きくしっかりした形で存在することで、中にいる人たちがどんどん外に出て成功しやすくなると思うので、そこを伸ばしていきたいと思っています。
アメリカは寄付の文化があるとはいえ、大学ファンドも何千億どころか兆の桁までいってしまうような大学もあるぐらいですから、そういう状況にわが国の大学もなってほしいと思っています。まさにファーストランナーである慶應さんがその大学ファンドを、規模も質も、大きく成長させていただければと思います。
三田会さんのネットワークという強い同窓会組織があるのも、大学ファンドが成長する大きな大きな力になると思います。日本一の大学ファンドで社会に研究成果を実装できる大学として日本を引っ張り、世界に冠たるものを作っていただけることをぜひ慶應に期待しています。
山岸 素晴らしいメッセージを最後にいただきました。今日はお忙しい中、皆様有り難うございました。
(2024年3月14日、三田キャンパス内で一部オンラインも交えて収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。
2024年5月号
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