三田評論ONLINE

【特集:大学発スタートアップの展望】
座談会:大学からよりよい未来をつくる──スタートアップへの期待

2024/05/07

イノベーション推進本部による支援

山岸 中村さんがおっしゃったように、2021年5月に伊藤公平さんが塾長になられて、私もそのタイミングで慶應の常任理事も兼任させていただいています。伊藤さんが理工学部長だった時に、私が言っていたのは、慶應義塾としてのスタートアップの支援体制が全然なく、知財の移転に関してもスタートアップを考えた体制は作られていないということでした。例えばスタートアップの数をカウントすることもしっかりやっていなかった。

でも、ポテンシャルはすごくあるはずだから、きちんとやったら全然違うという話をしていたのですが、伊藤さんが塾長になって、私にやってくれという話になったという経緯です。

そこでイノベーション推進本部の中にスタートアップ支援の組織を作りました。田中さんにもそこから入ってもらっていますので、スタートアップ部門の紹介をお願いします。

田中 お話がありましたように、今、イノベーション推進本部の中に、オープンイノベーション部門、知的資産部門、スタートアップ(SU)部門、戦略企画室があり、3部門1室で慶應義塾大学のイノベーション推進の支援をしています。スタートアップ部門は2021年11月に新設され、部門長以下全員実務家教員で私も民間から転職してきました。

慶應義塾大学発のスタートアップ、特に白坂さん、中村さんがされてきたようなディープテック、研究成果型のスタートアップを多く創出し、成長を支援していくのがミッションです。

これまでも各キャンパスでスタートアップの創出に取り組んできたとは思いますが、慶應義塾全塾でイノベーションを推進するために各キャンパスのハブとなり、また外部ステークホルダー、行政機関や投資家、士業、事業会社、金融機関などの皆様とのマッチングを一括して行い、それを全塾に展開していきます。

5つの活動方針を元に活動しています。まずスタートアップをしたい塾内の方々に向けて支援窓口を設置して、多くの起業相談を受けています。中村さんがおっしゃったように、特に若手の研究者の方や学生さんはとても起業マインドが強く、様々な支援のご相談をいただいています。

外部の方からの支援策を塾全体に広げていく全学展開もしていまして、最も注力してきたことが「スタートアップ創出・成長支援」「インキュベーションプログラム検討」「インキュベーション施設整備」です。今後、学内でも、研究成果をどのようにスタートアップにつなげていくかという実証実験の資金などに使える、「ギャップファンド」というものも検討しています。

さらに、大型研究助成事業、例えば、COI-NEXT、MOONSHOT、SIP、AMEDなどに採択された学内の研究シーズを起業化できるかを検討し、インキュベーションプログラムなどでインキュベートして、社会実装することに取り組んでいます。

2022年12月には慶應義塾大学関連スタートアップ制度というものを開始いたしました。慶應義塾大学での研究や教育の成果の社会実装を目指し、例えば慶應義塾大学と共同研究をしているスタートアップや、KIIから資金を提供しているスタートアップも幅広く支援対象と定義して、様々な支援策を提供しています。

山岸 今、人材支援も始めていますね。

田中 はい、何を支援できるかと言えば、経営の3大要素、ヒト、モノ、カネですが、特に、先ほど先生方からお話があったように、経営者になる人材がなかなか見つからないということが課題の1つに挙げられます。それを踏まえて、1つのスキームとして、ビズリーチさんと連携協定を締結し、スタートアップ起業準備を担う外部プロ人材を探す取り組みを始めました。スタートアップ部門の客員起業家(Entrepreneurship in Residence, EIR)として、まず副業で学内研究シーズの事業化までを伴走していただき、その後、マッチングが成立した場合には新会社が経営人材として採用します。

このスキームは、われわれスタートアップ部門のメンバーがファシリテーションをするところがポイントです。事業化、起業するまで大学の中からも研究者チームに伴走しチームビルドを支援します。これができるのは、やはり事業会社などで実務経験を積んで大学に戻ってきた人材がいるからこそで、他大学に比べても慶應の強みかなと考えています。

これまでに、ビズリーチを活用して、客員起業家を3回公募しました。支援の事例として、環境情報学部の研究成果を社会実装する株式会社DigitalArchiが昨年6月設立されましたが、その際、この公募スキームを使って、外部プロ人材の方を1人、客員起業家としてマッチングしました。

同時に、われわれのほうから、外部と連携した、公認会計士、弁護士、銀行、創業融資の紹介も行っています。KIIとも連携しながら、スタートアップの法人設立という1つ目のゴールまでたどり着いた事例です。

このDigitalArchi社は、様々な外部のプログラムなどでも評価をされ、少しずつ成長をしていて、先月KIIの新しいインパクトファンドのプレシード枠から1号案件として出資をいただきました。こういった事例をどんどん増やしていきたいと思っています。

昨年10月には、これまでの支援活動を体系化した慶應スタートアップインキュベーションプログラム(Keio Startup Incubation Program, KSIP)を始め、年10件ほど、ディープテックシーズを持つ研究者のチームを支援し、ビジネス人材のマッチングや、学外の皆様のご支援もいただきながら、法人設立、資金調達を達成しようとしています。

慶應には強みの1つである、三田会という卒業生コミュニティもありますので、例えば会計士三田会、ベンチャー三田会、メンター三田会などからもご支援いただき、支援の輪を広げながらコミュニティを作っていきたいと思います。

最後に5月にオープンする「CRIK信濃町」(信濃町リサーチ&インキュベーションセンター)というインキュベーション施設をご紹介します。未来のコモンセンスを作る研究大学の実現に向け、慶應の中にある知的資産や医療・ライフイノベーション分野のサイエンスナレッジ・データなどを利活用し、その中でスタートアップも育成し、オープンイノベーションも推進していくという施設です。

山岸 今までは白坂さんや中村さんのように、自分で起業までたどり着ける人たちにKIIが出資するスキームになっていました。それを研究者が社会実装したいと思った時、SU部門が支援して、外部人材を入れていく形にするということですね。

実際いろいろな外部のコンテストなどでも、SU部門と一緒に連携しながら、KIIも支援する形でブラッシュアップし、慶應のシーズ案件が上位にたくさん入るようになって来ています。

国から見たスタートアップの必要性

山岸 慶應義塾としてはこのような現状なのですが、次に今枝さんに、国から見た視点を慶應に対する期待も含めてお話しいただければと思います。

今枝 白坂さんや中村さんたちを始めとした慶應の取り組み、またそれをKIIが8年も支援されていることに敬意を申し上げたいと思います。何しろ大学ファンドというものは国際卓越研究大学みたいな話ができるようになって、ようやく国が本格的にやっていこうという話ですから、KIIが8年も前から先導しているのは本当に有り難いと思っています。

スタートアップの話をする際、まず今の日本の置かれている現状として、よく「失われた30年」と呼ばれる状況があるわけです。国際競争力を示す指針の世界の企業の時価総額トップ50では1989年、30年少し前は30社以上日本企業が占めていましたが、今や残念ながらトヨタ1社のみになってしまっている。日本企業の国際競争力が非常に下がってしまっています。

さらに、デフレが続いて賃金が上がらなかった。この30年でたった5パーセントしかわが国は賃金がアップしていません。他の国では、先進国でも2倍近くまでいっているところもありますし、大体どの国も1.5倍ぐらいにはなっています。この30年、いかに日本が企業業績も、賃金も伸びてこなかったということかと思います。

一方、アメリカも、成長の源泉はいわゆるGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)で、これを除くと、わが国の成長率とほとんど変わらないということもあります。ですから、スタートアップ企業が本当の意味でユニコーンになっていけば、他国のような成長もでき、雇用についても、非常に多く生み出していくというデータも明確にあります。

さらに、スタートアップは当然生産性は高い。そういうことからわれわれにとってこの失われた30年を突破するにはスタートアップが必要だという背景があるわけです。

私はスタートアップ推進議員連盟というものを、6、7年前に作りました。実は僕自身、学生時代に当時で言う学生ベンチャーの推進のようなことを少しやっていましたが、あまり盛り上がらなかったという悔しさがありました。それ以来、大学も含めてスタートアップ/ベンチャーをわが国の大きな潮流にしていきたいという夢を持ち続けていて、議員連盟という組織を作り活動を始めたのです。

まず初めに、J-Startupというスタートアップの選定プログラムを作るところから始めました。わが国はスタートアップ/ベンチャーと言うと、何だそれ、という印象が強い。そこで、J-Startupという国からの認定を始めたわけです。その翌年には、いわゆるスタートアップ・エコシステム拠点形成事業としてグローバル拠点と地域拠点を各方面に4つ作りました。その流れの中で「GTIE( ジータイ:Greater Tokyo Innovation Ecosystem)」という、世界を変える大学発スタートアップを育てるプラットフォームが生まれてきました。

そのうち、岸田総理になり、「新しい資本主義」を唱え、いろいろな施策の中で明確にスタートアップ推進を入れていただきました。そこで、2022年をスタートアップ元年とし、翌年から5カ年計画をやっていくということを新しい資本主義の目玉としてやらせていただいている最中です。

世界のエコシステムとの接続という課題

山岸 スタートアップ5カ年計画ではどのような施策をお考えでしょうか。

今枝 5カ年計画は、スタートアップ元年、ゼロ年目の大きなテーマは、とにかくエコシステムをまず作り、それを何としても循環させるということでした。スタートアップへの投資で、最大20億円までの売却益が非課税となる日本版QSBSを作りました。いわゆるストックオプションで儲けた人は、次のスタートアップへの再投資が、アメリカの約1.5倍の額まで非課税でできるという仕組みです。

5カ年計画1年目の2023年の大きなテーマは2つ、グローバルとディープテックです。グローバルに関しては、「グローバル・スタートアップ・キャンパス」を作り、またグローバルのエコシステムと上手くつなげられるようにアクセラレーションプログラムを設けて人を送ったり、シリコンバレーに出島を作らせていただきました。

もう1つ、SBIR(Small Business Innovation Research)制度の大拡充をしました。これは金額的にもそうですが、1つ大きな改革として、文科省だけはSBIRの前払い制度というものを作りました。この補助金前払いというのは日本の霞が関史上初めてのことです。スタートアップはお金が入ったとたんに吸い取られてしまって資金繰りが大変苦しくなるので、この前払い制度を文科省では何としてもやるぞと、立ち上げたのです。

5カ年計画の2年目の2024年の大きなテーマは、大学発スタートアップとスタートアップ人材育成の2つです。まさに文部科学省の足元で、この推進を一生懸命やっています。大きくは2つあり、1つはアントレプレナーシップ教育です。これは小学校の高学年からアントレプレナーシップ教育を徹底して全国に届けようと、教育大使を派遣しています。去年は10人しかいなかったので、これを早急にあと数カ月で10倍の100人にし、さらに1,000人まで増やす計画を進めています。

もう1つ、実際にスタートアップを立ち上げる際、特に大学発ベンチャー、スタートアップは経営人材の問題が本当につらいと思います。ですので、CxO用の人材バンクの全国プラットフォームを作り、かつ、地方の拠点、GTIE、東海地方はTongali(トンガリ)、関西はKSAC(関西スタートアップアカデミア・コアリション)などそれぞれの地域プラットフォームごとにマッチングをして顔が見える関係を持ちつつ、全国でも情報交換して大学発スタートアップを進めていこうとしています。

山岸 非常に活発に活動されているわけですね。

今枝 残念ながら、やはりわが国の弱みとしまして、世界のスタートアップ・エコシステムとの接続が弱いのです。5カ年計画の2027年にはスタートアップ投資額を10兆円にしないといけない。これは2021年の段階の8,000億円の約10倍超ですが、こうなると日本の中だけでなく世界中のVCなどのエコシステムとの接続をいかにしていくかが非常に大事です。

さらに、ユニコーンも今の10社弱から100社にする10倍計画も目標になっていますので、初めから世界で通用するプロダクトにしていきたい。世界で売っていける、提供できるモノやサービスにするにはどうすればいいのかというビジネスプランを描いていくことが大事です。

慶應は本当に世界中の大学とのネットワークが強くおありだと思いますので、ぜひ、世界との接続点になっていただきたいと思いますし、グローバル・スタートアップ・キャンパスでも、ぜひ連携をしていただけると有り難いと思っています。

一方で、私は日本の強みは技術・研究力だと思っています。博士人材が少ないとか、論文のインパクト数が減っていると言われますが、それでも貴重な技術の種はたくさんある。白坂さんはじめ宇宙の分野もそうですし、もちろんヘルスケアの分野もそうです。

しかし、残念ながら、そういった強みがスピード感を持って、リスクを取ってでもそこに投資をしていくという部分が弱いのかと思います。日本の大企業はM&Aが少ないので、CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)をたくさん作りますが、なかなか大きなものになっていかないという問題もあります。そこはCVCを強化し、意識的に投資やM&Aをしていただきたいと思っています。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事