【特集:大学発スタートアップの展望】
座談会:大学からよりよい未来をつくる──スタートアップへの期待
2024/05/07
グローバル展開をにらんだ人材登用
山岸 大変勉強になりました。世界のエコシステムとの接続、いかに技術を生かしてスケールさせていくかという課題の話がありました。これについては白坂さん、中村さん、それぞれいろいろな角度でされていると思います。
白坂 私の場合、もともとImPACTだったということもあり、海外に出て発表し、開発した技術や衛星のイメージなどを海外に展示していたので、海外の技術の人たちとは当時から接点がありました。そのおかげで、Capella Spaceという合成開口レーダーをつくっているところや、ICEYE(アイサイ)などとは仲が良く、今でもよく相談しています。
宇宙はお金がかかるものです。実はシンガポールオフィスはシンガポールの国交省などがやっているインキュベーションの施設に入っていて、シンガポールのVCからも出資してもらっています。ただ、気を付けなければいけないのは、少しセキュアなタイプの事業なので、出資比率の話と、そのVCに出しているお金はどこの国から出ているかという点は注意が必要です。
Synspectiveが海外のエコシステムと連結しやすかった理由の1つは、CEOを選ぶ時に、海外との接点を持っている人材を意図的に探していたからでもあります。CEOの新井は東大に雇用されてサウジアラビアの政府に派遣され、エネルギー政策をしていて、その後、アフリカの電気の来ていないところに太陽電池を使ってランタンの充電をする仕事に従事していました。
グローバル展開が必要だと思っていたので、そういう人材をCEOとして意識的に選びました。彼のネットワークで入ってきた人材や世界銀行とのネットワークを持っている人材を意図的に入れたお蔭で、上手く海外との接点ができていると思っています。
1つ言えるのは、海外に打って出る時、まさに今枝さんに作っていただいたJ-Startupの肩書は結構効くんですよね。海外から見ると、国のお墨付きが付いているということから安心してコンタクトしてくださることも多い。弊社は日本スタートアップ大賞の2022年文部科学大臣賞もいただいたので、それだけで海外からの見え方が違うようです。何らかの形で、国がいろいろな施策の中で評価をしていくと、すごく大きいかなと思っています。
SBIRの前払い制度は、うちは恩恵を受けていませんが、やはり、宇宙関係とかインフラ系は、キャッシュフローが回らないのが一番きついです。われわれもこれだけ出資いただいて売り上げがあっても、衛星を打ち上げるまで10億円程度かかり、打ち上げた後にしかキャッシュが入ってこないのはとにかくきついので、前払いというのはインパクトが大きいと思います。
グローバル展開へのハードル
山岸 宇宙がそもそもグローバルだということと、最初からグローバル人材を採用したということがポイントだったということですね。さすが先見の明があると思いました。中村さんの分野はいかがでしょうか。
中村 アカデミアではiPS細胞の領域は日本がイニシアティブを取っています。眼科の高橋政代さん、パーキンソンの高橋淳さん、心筋の福田恵一さんなど、慶應も含めてわれわれの日本の中のコミュニティがグローバルなiPS研究に関しては先導的な役割を果たしていると思います。またアカデミア間、例えば国際幹細胞学会などでの連携、研究所同士のつながりも密なものができています。実際に岡野さんがISSCR(国際幹細胞学会)のプレジデントに来年以降なられます。
このように、アカデミア間の連携では強みがあるのですが、では事業としてこれをグローバルに展開する上で、何がハードルになっているかというと、例えば原材料です。再生医療等製品は生ものの細胞が原材料ですが、その規制などについては欧米がイニシアティブを取っていて、向こうに振り回されているのが現状です。原材料という最初の段階で躓いたら日本の研究成果のグローバル展開はできないんですね。
そこの議論は今、日本再生医療学会でもしていますが、そのルール作りからわれわれはグローバルな人たちと一緒にイニシアティブを取ってやっていかなければいけないという意識を強く持っています。
まだiPS細胞を使った再生医療は、爆発的に大きな成功事例がないんです。ここはやはりわれわれが真価を問われているところで、この数年で何らかの大きな成功例が出てくることこそが、グローバルとのアライアンスをどう作っていくかで一番重要な点だろうと思っています。
アカデミアネットワークは十分あり、特に米西海岸の人たち、スタンフォードやUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)などとはかなり強い協力関係があるので、そのあたりを軸にグローバルな企業との連携等々を進めていければと思っています。
チャレンジを支援するシステムに
中村 今枝さんの話を聞いて刺さったのは、人材教育の面です。アントレプレナーシップ教育とか、若い世代の人たちに大きなビジョンと夢を持ってこういうところに行ける、という教育が必要だと思います。
慶應全体でだいぶ空気感は変わってきてはいても、やはり今の医学部は、よい研究をしたらその研究をした人は医者になって医療に従事してほしいという空気感があります。だから若い人たちが自分の研究成果を持ってスタートアップに飛び出すのは相当ハードルが高い。大学が本気でそういう人たちを支援するのであれば、人事的な支援制度が必要だと思います。
チャレンジするマインドに対して頑張ってこいと。チャレンジに背中を押してあげて、失敗してもまた戻ってきていいよというような、期間限定付きのチャレンジを促すような人事制度があったら、もっと飛び出していく人が増えると思うんですね。
さらにイノベーション推進本部のスタートアップ部門の方々が、よちよち歩きの、飛び出したばかりの人たちにしっかりと寄り添っていただけるのであれば、よりチャレンジする空気感が醸成されるのではないかと思います。
今枝 それを大学の側で先生が言っていただけるというのはすごく心強いです。今、博士人材タスクフォースというものを、僕が座長代理をして文科省でやっているんですが、博士人材がとにかく今少ない。実は博士のキャリアパスの多様化の話の中で、スタートアップが大きな選択肢になるはずなのですが、大学教授陣に残念ながらそういうマインドがあまりないんですね。
中村 そこなんです。いい研究をやって、トップジャーナルに載って、研究費を取って終わりなんですよ。
そうではなく、実学でしょう、社会実装でしょうと。論文を書いても、それだけで社会は変わっていかない。せっかくいい研究をして医療につながるシーズはあるのだから、それを社会実装するステップとしてスタートアップに行けるのだったら、育児支援があるように、スタートアップ支援枠というのがあってもいいのではないか。
今枝 日本はそこが少し弱み、阻害要因の1つなのかもしれません。再チャレンジがなかなかしにくい。
シリコンバレーは、10回失敗して初めて1人前みたいな感じで、失敗が経験としてカウントされるんですが、わが国は失敗したらもう次がないみたいなところがある。でも、スタートアップは結構皆失敗するのです。チャレンジをすることが称賛されるようなカルチャーが、わが国にあまりないのはつらいところではあります。
だから、アントレプレナーシップ教育みたいなものをあまねくやることで、「チャレンジすることはいいことだ」とマインドを変えていければと、アントレプレナーシップ教育大使100倍計画、受講生1万倍計画みたいなことをやっています。
2024年5月号
【特集:大学発スタートアップの展望】
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