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【特集:コロナ後の医療政策】
座談会:パンデミックを経て日本の医療は変わるのか

2023/07/05

答えのないことを知る力

中村 コミュニケーション力を高める機会を多く提供することは、まさに大学が果たす役割の1つかと思います。医療と社会の関係について、大学における教育も含め、社会の側が整備すべきことについて意見がありましたらお願いします。

土居 医療制度も、介護制度も、時代を経るにつれて緩やかに変わってきている。かつての常識も新しいエビデンスによって覆ることもあります。学校を卒業した時までしか教育を受けてないと、そこから先はよほどきちんと自分で情報収集しない限り、知らなかったとなってしまう。

だけど特に医療や介護についてはそれではまずいということです。例えば要介護認定での要支援というのは自立支援であって、生活を丸ごとサポートしてもらえるわけではない。私はこれは国民の常識になってほしいと思うけど、現状はそうではないわけです。

だから高齢者になる前に、医療と介護の制度についての常識は国民皆が一度学んでもらうことが必要です。これからますます介護サービスが高度化し、複雑なサービスもきめ細かくしてもらえる時代になるので、受ける側もどのように上手に受けるかを心構えとして持っていただきたいと思います。

鈴木 おっしゃったように、例えば医学部では24歳で大体卒業するわけですが、その人たちが40代、50代になる時、24歳までに学んだ知識はほとんど使えないと思います。

だから、われわれ医学教育にかかわる人間の使命は、知識を与えることではなく、その場にある様々な分析結果をどう総合して、それを実地に生かすかという方法論を教えるべきだと思います。生涯を通じて自分が実臨床をしながら、それをどうやって結合させて分析して、生かしていくか、終生積み重ねられるようなやり方を大学時代に教わることが必要だと思う。

これは医学部だけではなく、他の医療系の学部も同じだと思います。そうしないといけないと、大学教育に携わる者として自戒を込めて思います。

春田 20年後の未来を見据えて、今回の医学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂では「総合」という資質・能力が新しく加わりました。

それには全人的な視点、人生の視点、地域の視点、社会の視点で人をみて、アプローチをすることが含まれます。これは知識を得ればできるわけではなく、その視点で人や課題をみると、どんなふうに人や課題が捉えられるかを考え続ける能力です。例えばEBM(エビデンスト・ベースト・メディシン)も、エビデンスの確からしさを吟味し、その知見を目の前の人に適用できるか、その過程を批判的に吟味する。そういうプロセスがすごく大事です。

でも今の学生は、知識を大量に記憶し、解が1つある問いに効率よく吐き出すことを中高校時代からやってきてるので、情報処理能力の速い人が大学入試に勝っていく。今、医学部でもそのような訓練を受けてきた中高一貫高出身の生徒が多くなってきています。

鈴木 今の受験戦争はわかっている答えにいかに速くたどり着くかです。でもわれわれの人生の中の問いはそうではない。全然答えがわからない中でどう自分なりの答えを知るか。そこが大学時代に上手くいろいろな意味で形成できているといいですね。

春田 教育をする医学部の教員も教育の知識が足りなかったり、教え方もよくわからなかったりします。教員自身も、生涯教育として答えがない問いについて学んでいかなければいけないのですが、日々の臨床や研究で忙しいのが現状です。

社会課題に対する大学の役割

秋山 今、訪問看護ステーションや介護ステーションにBCP(事業継続計画)の策定が義務づけられるようになりました。

大災害など何か起きた時の意思決定は1つの正解がないことも多く、むしろ日常の価値感とは相容れない選択肢しかない中で、究極の選択を現場の人がしなければいけない場面が多々あります。すると、知識を教えたりマニュアルを作ることよりも、いざという時にどういう価値判断基準で優先順位を決めるのか、ということを、日頃からスタッフ間で議論するしか役に立たないように思うのです。

想定外が起きることを前提に、現場の教育のあり方も、正解を教えるのではない方向に変わっていかなければなりません。大学教育も、その問題の本質を自分自身で見極めて自分で答えを出していく力をつけていける、そんな教育ができるといいと思っています。

中村 何をすべきか自ら考えて行動に移すためには、繰り返し学ぶことやトレーニングを行うことが重要です。また、大学を卒業した後でも、リカレント教育ということで、これまでとは違った視点で物事を見る教育も重要だと思います。

例えば、医療・介護の勉強をされてきた方が、医療・介護の現場で従事している皆さんのモチベーションをいかに高めるかを学ぶことは価値があります。特に、コロナ禍におけるモチベーションの維持・向上は大変重要でした。

また、医療現場におけるデジタル化や、経営的な視点が重要になっていく中で、医療関係者がデジタル化について学ぶ、あるいは経営について学ぶといった機会を提供することも、大学が果たす重要な役割かと思います。特に大学院は、学部での学びとは異なる分野の学びの機会を提供できます。

春田 その通りですね。ただ、このような領域横断的な課題に対して、学部教育は縦割りが続いています。慶應も医看薬の3学部合同教育を実施していますが、1日集まってディスカッションするというイベント型の教育で終わっています。まさに、社会の課題をどうやって解決するのかを考えていく時代です。例えば、地域の課題を医療だけでなく、経済、生活、文化、歴史、地形など様々な視点で考える意味で、人文系の先生も必要かもしれません。

そういった社会課題に対する領域横断的な教育は、総合大学である慶應は実施しやすい場だと思います。社会貢献にもなるし、学生も学び合えるし、そこから私たち教員が得られることもあるのではないかと思います。

中村 1つのテーマで、違った立場の先生方のお考えを聞くと、教員側も非常に勉強になります。高いレベルでこれができるのはやはり慶應だけかもしれません。その意味で、慶應が果たし得る役割は大きいのではないかと思いました。今日は有り難うございました。

(2023年5月22日、慶應義塾大学三田キャンパス内で収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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