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【特集:コロナ後の医療政策】
印南一路:コロナ後の医療政策に必要なもの

2023/07/05

  • 印南 一路(いんなみ いちろ)

    慶應義塾大学総合政策学部教授

新型コロナ(COVID-19)の流行が始まって3年半近く経ち、5月8日に新型コロナの感染症法上の位置づけが季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行した。事実上の終息である。この間、水際対策、まん延防止措置、補助金の交付などの政策が実施され、その経験を生かして感染症法、新型インフルエンザ等特別措置法が改正された。また、コロナ禍での診療所の対応に対する批判が起きたことから、かかりつけ医に関する制度・整備が課題となり、医療機関による自己申告制度の創設等、一定の法改正が行われた。その他オンライン診療・オンライン服薬指導も部分的に解禁された。さらに、都道府県が策定する第8次医療計画に感染症対策を盛り込むべく議論中である。このように、制度改革は既に一定程度なされている。本稿では、さらに何が必要かを考えてみたい。

日本の保健医療体制

医療は、国民の命と健康に直結する。その医療の提供制度や保険制度は、明治以来の長い歴史の中で形成され、現在に至っている。新興感染症の世界的流行は、感染症対策という統一的な視点に基づいて、各国の保健・医療提供の国際比較を可能にし、彼我の対応の違いを考える過程で、日本の医療制度の構造的問題が再認識されることになった。

戦後、感染症対策は極めて重要な課題であったが、保健所制度のおかげで肺結核等の感染症は、かなりの程度抑制された。一方で、経済成長、人口増加・高齢化を背景に、疾病構造が感染症から生活習慣病に転換したことを受け、感染症対策の柱である保健所の施設数・職員数・国庫負担とも近時削減されてきた。医療機関についても、新型コロナのような第2類感染症に対応できる(公立・公的)病院数、感染症病床数は削減され、感染症に対応可能な医師、看護師等の養成(医学教育・研修)も不足していた。医療機関から見れば、感染症対策は保健所の仕事で、自分たちの領分ではないという意識もあったであろう。

日本はかつてワクチン開発先進国であったが、1970年代以降、相次ぐ予防接種禍の集団訴訟で国が敗訴し、ワクチン政策に及び腰になった。ワクチンは、工場を作れば、維持のための補助金が必要になる。企業もワクチン事業から撤退し、その結果、人材・ノウハウが失われた。ワクチンを国家安全保障の1つとみて、継続的な支援を行ってきた米国との差は大きかった。

新型コロナ以前にも重症急性呼吸器症候群(SARS)(2002年)、中東呼吸器症候群(MERS)(2012年)等の流行があったが、日本では真剣な対策がとられることはなかった。そこに、新型コロナの大規模な流行が襲ったわけである。

感染症対策の要である保健所や感染症病院が不足していれば、一般の医療機関が対応することになるが、日本の医療提供体制には即応できない構造的な問題があった。

第1は、人口当たりの医師数・看護師数等は国際的な水準でも、病院の規模が小さく中小病院が大勢を占める中では、病院の対応可能性がもともと小さかったことである。加えて、病床数が極めて多いため、入院患者1人に対するケアが手薄い(低密度医療)体制であったことがあげられる。人手のかかる新型コロナ重症患者の急増に対し病床を確保しようとすると、他の病床を維持する人手が不足する。総病床数が多いのに医療(病床)がひっ迫した理由はここにある。

第2は、日本の病院の8割は民間なので、国や自治体は、病院に対し協力要請はできても、直接的な命令を下せなかったことである。新型コロナ罹患者数、重症患者数とも地域性が大きく、ある県では病床がひっ迫しても、隣接県ではそうでもないという状態が存在したが、都道府県を超えた病床、人材の融通を図ろうとしても、調整に手間取った。軽症から重症の患者まで、適切な医療を提供するには、病院間、病院福祉施設間、都道府県間の病床・人材のダイナミックな融通が不可欠である。だが日本の国や自治体には、それらを調整する強い法的権限がなかった。

改革の動向

感染症対策の要である保健所はその役割が見直される。都道府県は「予防計画」、保健所は「健康危機対処計画(仮称)」を策定し、予算と人員(保健師ならびにIHEATと呼ばれる専門家・支援協力者)を中心とする機能強化が図られる。都道府県が作成する第8次医療計画(2024~29年度)では、従来の5疾病5事業に加え、新興感染症対策が第6の事業として加わり、外来機能の分化、病床の機能分化・病床削減を図る地域医療構想も検討される。

コロナ禍発生以前には十分機能していなかったオンライン診療・服薬指導は、新型コロナ対策の特例措置で一応前進した。抗体検査キットの一般薬局販売については、規制改革推進会議が業界団体の反対を押し切って実現した。発熱外来の拒否、重症患者の放置については、かかりつけ医の制度・整備の議論が行われ、不十分ながらも強化が図られる。

図1(出典:日本経済新聞2023年3月30日「経済教室」)
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