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【特集:コロナ後の医療政策】
佐竹晃太:コロナパンデミックを経たデジタル医療の可能性

2023/07/05

  • 佐竹 晃太(さたけ こうた)

    株式会社CureApp 代表取締役社長、日本赤十字社医療センター呼吸器内科医師・塾員

はじめに

日本におけるデジタル医療を取り巻く環境はここ10年で大きな変遷を迎えた。デジタル医療は、患者の医療情報を電子化する電子カルテや、遠隔での診療を可能にするオンライン診療、「治療用アプリ」といったプログラム医療機器等、デジタル技術を医療に活用するものを広く総称する。特に、治療用アプリは、2014年の薬事法改正に伴い、ソフトウェア単独であってもプログラム医療機器として薬事承認や保険適用の対象となり*1、従来の医薬品・ハードウェア医療機器に加え、新しい治療戦略として脚光を浴びるようになった。本稿では、そんなデジタル医療の潮流と、治療用アプリの役割について、その開発事例を紹介しながら、コロナパンデミックを経たデジタル医療の可能性についても言及する。

1.日本における治療用アプリの開発事例

ニコチン依存症治療アプリ

治療用アプリとは、規制当局の承認が必要なプログラム医療機器(Software as a Medical Device: SaMD)の中でも、それ自体が疾患の治療を目的とするデジタル療法(Digital Therapeutics; DTx)と呼ばれる部類に属する。治療用アプリが、どのような背景で開発され、社会実装に至るかを紹介する。

日本における大きな社会的課題のひとつに、高い喫煙率がある。現在、禁煙外来にて12週間の治療が保険診療でなされているが、勤労世代の通院の困難さといった理由等により、治療完遂割合は約30%にとどまる。このような課題に対応する新しい治療手段として、CureApp 社の禁煙治療補助システム「CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ®及びCOチェッカー」(以下、CureApp SC)が開発された*2(図1)。この製品は、患者アプリ、医師アプリ、自宅で呼気中の一酸化炭素(CO)濃度を計測できるCOチェッカーの3つから構成されている。CureApp SC を使用することで、患者や医師がアプリに入力したデータをもとに、医学的エビデンスに基づいた自動ガイダンスを表示し、行動療法、服薬・通院管理、疾患教育などが行われている。臨床効果を示すエビデンスとしては、国内第Ⅲ層多施設共同臨床試験において、ニコチン依存症症例における禁煙補助薬にシャムアプリを使用した対照群と禁煙補助薬にCureApp SC を加えた介入群において、9-24週の継続禁煙率がアプリ治療群63.9%、対照群50.5%、対照群に対するオッズ比が1.73(95%信頼区間1.239-2.424)と統計学的有意差を認めた*3(P=0.001)。治験での有効性と安全性を受け、禁煙治療補助システム指導管理加算140点、禁煙治療補助システム加算2,400点という新たな名称が設置され*4、医療現場の課題に対し、デジタル技術を用いた治療用アプリが従来の治療スキームに新たな価値を提供した事例となった。

〈一般的名称〉
禁煙治療補助システム
〈販売名〉
CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCO チェッカー
〈承認日〉2020年8月21日
〈販売開始〉2020年12月1日
図1

高血圧治療補助アプリ

もうひとつの事例として、市販の血圧計といったIoT(モノのインターネット)機器と組み合わせた高血圧治療補助アプリについても紹介する。高血圧症は脳心血管イベントにおける重要なリスクファクターである。国内に約4300万人いるとされる高血圧患者において、治療を受けコントロールが良好なのは約1200万人とされ、未治療やコントロール不良の人が多いという課題がある*5。このような課題解決のため高血圧症治療補助プログラム「CureApp HT 高血圧治療補助アプリ®」(以下、CureApp HT)が開発された(図2)。本製品では家庭用血圧計から得たデータや、外来での医師の指導とともに、生活習慣の修正といった高血圧治療の補助に用いることができる。CureApp HT の効果や安全性に関しては、国内第Ⅲ相多施設共同ランダム化比較試験にて評価された*6。降圧薬非使用の65歳未満の本態性高血圧患者390名を対象に、生活習慣の修正指導を行う対象群と、生活習慣の修正指導に加えて高血圧治療補助アプリを使用する介入群に割り付けたところ、主要評価項目(介入後12週間の24時間自由行動下収縮期血圧の変化量)は、介入群で有意に収縮期血圧が低下した(介入群:—4.9㎜Hg、対照群:—2.5㎜Hg、P=0.024)また、本治験において製品に由来する重篤な有害事象は認められず、安全上の問題は指摘されなかった。これらの結果により、PMDAでの審査を経て2022年4月に厚生労働省より薬事承認を取得し、9月より保険適用となった*7

〈一般的名称〉
高血圧症治療補助プログラム
〈販売名〉
CureApp HT 高血圧治療補助アプリ
〈承認日〉2022年4月26日
〈販売開始〉2022年9月1日
図2

このような事例から、ニコチン依存症や生活習慣病といった「行動変容」を促す治療に対して治療用アプリは親和性が高く、「治療空白」を埋めるというその特性を発揮し、治療をサポートできることが示唆される。現在、治療用アプリは世界に引けを取らず、日本においても不眠症やうつ病、糖尿病など、新たに様々な領域で開発が進められている。

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