三田評論ONLINE

【特集:コロナ後の医療政策】
座談会:パンデミックを経て日本の医療は変わるのか

2023/07/05

コロナを経て改善すべきこと

中村 では、このコロナの経験を経て今後どのようにしていくべきなのか。構造的に工夫すべき点は何なのか、次への施策をお伺いしたいと思います。

鈴木 先ほど土居さんがおっしゃったベッドの話で言うと、日本で医療が逼迫したのは、ベッド数自体が足りなかったわけではないと思うのです。つまりベッドは非常に多いけど、ベッド当たりの医師、看護師の数が非常に少なく、普段からかつかつでやっていた。そこにコロナのすごく手のかかる患者さんが一定数以上来ると、すぐに逼迫してしまうわけです。

そう考えると、ベッド数は今のままだと多いので、もう少し選択と集中をしなければいけない。ただし、イタリアやスペインくらい低くなってしまうと、まさにコロナの時にストレッチャーを廊下に置いて患者さんを治療しなければいけないようなことになってしまう。私は1つのメルクマールとなるのはドイツだと思うのです。ベッド数からすると日本とイタリア、スペインの間ぐらいです。かつ、ドイツの場合、ICU、つまり重度の人を診る病床数が多いわけです。

コロナの死亡率はヨーロッパではドイツが低い。ヨーロッパは日本と違って水際阻止は全くできないので、おそらく入ってくる数は各国同じだけど、その後の病院の対応、医療政策の対応で差がついたということです。ベッドについて、ドイツぐらいを目途に選択と集中をするようなシステム改良が必要だなと思います。

土居 鈴木さんがおっしゃったことは財政面の観点からも大賛成で、そうしていくべきだと思っています。

病院には急性期病床をどうしても自分で持ちたいという強い願望がまだ残っている。逆に財政面から見て、役割をもっと期待したいと思っている回復期のところが、全国どこでもできているわけではない。その機能分化とか役割分担について今後の展望は何かありますか。

鈴木 少しずつ病院は学んできていると思います。急性期の患者さんは減っていますから。今まで9割以上あった病床利用率がだんだん落ちてきて、コロナの時は7割ぐらいになった。これでは病床が維持できない。もう1つ、医師の働き方改革もあります。残業時間がきちっとコントロールされると、あまり急性期を増やして医師をどんどん働かせるわけにはいかない。

さらに、財務省がよくおっしゃっていますが、特に支払いの仕方が、看護師さんが患者さん当たりこのぐらいという比率に基づく支払いになってしまうと、どうしても病院の経営は高いほうに高いほうにとなってしまう。そうではなく、入っている患者さんに例えばどういうケアをして、それが結果としてどうよくなったかに着目して支払いをするようになると、まさに本当に必要な急性期の数に集約してくると思うので、支払いの仕方の工夫も必要ではないかと思います。

地域の病床をめぐる課題

春田 これはすごく大事な問題で、人口構成の変化を考えると私も急性期を減らして回復期の病床を増やすことには賛成です。しかし、日本は私立病院が割合として多いので、国がそう言っているからといって、私立病院がすぐに改革できる構造にはなっていません。

地域の病床を制限するために、どんな働きかけをしたらよいかは、悩ましい問題だと思っていますが、何かアイデアはありますか。

鈴木 誤解を恐れずに言うと、私は2つのことが非常に大事だと思っています。今、いわゆる医療法に基づく病床規制が行われています。これは病床を増やさないという点では確かに正義ではあるのですが、逆に、一旦ある地域で病床を持ってしまうと、どんなに質が悪くても、未来永劫この病床はもう自分のものとなってしまう。

そうするとイノベーションも生まれないし、経営の改善も生まれないので、サッカーの1部、2部リーグではない ですが、病院としてケアを提供できる水準を満たせなかったら、地域医療計画の病床に入っていても落ちてもらう。また、回復期の中で一部急性期をやっているところは、そこから進出を認めるとか、入れ替え制みたいなことが1つ必要だと思います。

もう1つは財務省も今やろうとしていますが、ある種の減反政策です。中小病院のオーナーは継承者がいないんです。息子は勤務医で病院の運営は嫌だと言う場合が結構多い。そのように継げなくなった病床を買い取る。これは今は金がかかるけれど、将来のことを考えると、一定の期限を区切った合理性のある政策ではないかと思います。

秋山 それは今まさに、地域医療構想として各地で議論されていますが、上手く話し合いが進んでいないようですね。

鈴木 やはり否定できない圧倒的な絶対指数をいくつか作るべきでしょうね。そこを満たせなかったらもうダメとしないと、行政も恨まれるのは嫌だからなかなかそこを押し切れない。

土居 でも、厚労省医政局で比較的関係者にハレーションを起こさないようにということですけど、病床機能報告で手術の件数などを報告させることにしましたね。あれはいかがですか。

鈴木 すごくいいです。

土居 遠回しだけれど、相当効くと私も思います。急性期と看板を掲げているけれど、本当に急性期の役割を果たしているのかということが数字ですぐわかりますね。

かかりつけ医を定着させるには

中村 春田さんは、今後どのような施策が必要とお感じですか。

春田 私はやはりプライマリ・ケア医の立場として、かかりつけ医の定義がはっきりしなかったことが、大きな問題だったと思っています。総合診療専門医という19番目の専門医ができましたが、まだ少なく、学生も5、6%ぐらいしか選ばない状況です。

しかし、それぞれの専門科は自分たちの科の医者を減らしたくない。総合診療医は社会全体を考えた時には欠かせない存在だと思うのですが、なかなか一般住民にも医療者にもその必要性が理解されにくいのです。ですので、かかりつけ医の役割を明示し、その認定も大事になってきます。

加えて、健康相談や予防への取り組みは大事です。個人的には、何かあったら相談できる医療機関は、かかりつけ医の役割に入れていいと思っています。ただ健康相談や予防は現時点では診療報酬に入っていません。だから健康相談や予防も含めて診療報酬に入れて、「かかりつけ医とは何か」ということを国民目線でも政府レベルでも、共通理解しておくことが大事と思います。

特に今回、社会的弱者になり得る高齢者、高齢者を介護している介護者の方々が、在宅という閉じられた空間で、入院の受け入れが困難で、悲しい思いをされた方が数多くいました。私が診ている患者さんでも、コロナ陽性で結局どこにも搬送できず、酸素ボンベをつけたまま家で亡くなった方がいました。それが東京で起きたわけです。

そんなことが起きていたというリアルをもう少し知っていただき、かかりつけ医とは何か、全体として適正な医療とは何かを既得権益なしで話せる場があるといいと思います。

土居 歩みは遅いかもしれませんが、岸田内閣の下でかかりつけ医機能の制度整備が進められているのは、今までになかった第一歩だと私は評価しています。しかし、患者の側にリテラシーがなさすぎるとも思うのです。

国民の側、患者の側が、医療のかかり方、介護サービスの使い方についての常識が確立しておらず、ただ、一方的に医療や介護に自分のニーズを満たしてほしいと言っている。言い方はよくないかもしれませんが、啓蒙のようなことも併せてしていかないと、患者の側が勝手に専門の診療科ごとに医師を選んでしまうことから抜け出せないでしょう。

1人の医師だけをかかりつけ医にするというのもおかしいと私は思っていて、複数の医師が地域の医療機関で1人の患者さんを診るという、かかりつけ医機能としてあってもいいと思っているのです。

図らずも日本の医療制度は、75歳以上で後期高齢者医療制度という独立制度になっているので、75歳以上だけを別の診療報酬体系にするということも、やろうと思えばできるのではないか。高齢者のかかりつけ医のニーズは若年者より高いので、そこで機能を整理した上で診療報酬を改定していくこともできるかな、と夢想しているんですけれども。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事