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【特集:コロナ後の医療政策】
座談会:パンデミックを経て日本の医療は変わるのか

2023/07/05

明らかになった日本の医療の弱点

中村 県と市町村の関係もいいところと悪いところが明らかになりましたね。

土居 そうですね。政令市と都道府県では、どちらが主導権を握るのかと争うことが多いわけです。政令市は大きいのでそれなりに影響力は強いわけですが、そこと都道府県が仲たがいをしてしまうと、回るものも回らなくなってしまう。

しかも政令市には3次医療圏(先進的な技術を必要とする特殊な医療に対応する区域)の中心的な医療機関があるところが多く、その市が協力してくれないと都合が悪いことになるのに知事がなかなか動かないこともありました。協力するべきところでも協力しない、ということで有事を迎えてしまうと、住民にとって不幸なケースになる例があります。

でも、感染症法は今改正されているので、有事になったら誰が責任を負うかということや、民間病院に対してどのように協力関係を築いていくかも、初期対応のまずさを反省して改善されていきました。いい方向に向かっているのではないかと思います。

皮肉な見方をすれば、日本の医療の弱点が国民に共有してもらえたことは大きいと思います。これは不幸中の幸いで、いろいろ改めなければいけないとコロナ前から指摘されていた日本の医療の弱点が明らかになってきました。

入院は、人口1人当たりのベッド数が過剰であるということが、国民皆が知ることになった。それから「かかりつけ医」という制度が整理されていなかったということもわかった。患者はこの先生がかかりつけ医だと思っていたらそうではないと言われたり、逆に、医者がそう思っていても、患者は思っていないということが起こった。いざ事が起こらないと、国民的理解が深まらないのですが、コロナに直面して理解できました。

もう1つ、出来高払いに依存し過ぎている診療報酬体系の問題もあったのかと思っています。2020年の最初の緊急事態宣言の時に受診控えが起こり、医療機関は大幅に収入減になってしまった。これで、診療報酬が出来高払いに依存していたことがはっきりしたわけで、もう少し包括払い化をしていれば、そこまで医業収入が激減しないで済んだと思います。診療報酬体系を考え直してもいい時期に来ているかもしれません。

しかも今後、2030年代にかけて患者が大きく減る地域がどっと出てくる。それに対してどういう医療提供体制で備えるのかを真剣に考えなければいけませんが、医療機関側の問題もさることながら、診療報酬の出し方も併せて工夫していかないといけない。コロナは、人口が減る地域で地域医療をどうやって支えるのかという重要な問題提起をしたと思っています。

顕著だったデジタル化の遅れ

中村 秋山さんはいかがでしょうか。

秋山 皆さんがおっしゃるように、コロナは平時の時に見えていなかった課題や、先送りしていた重要なこと、やっているふりをしていて実はやっていなかったこと等を、様々な分野で明らかにしたと、私も感じていました。

デジタルトランスフォ―メーション(DX)の話をすると、結局医療機関や政府、自治体、公的セクターのデジタル化は、実はやっているようで使えるものにはなっていなかったことが露呈してしまったと思います。

感染が始まった当初は感染者の発生届を医師が手書きで署名して、それをファックスで保健所に送り、受けた保健所の職員はそれを手入力して集計作業をしなければならなかった。保健所の方々は感染者1人1人の状況把握や、疫学調査の役割も担い、さらに容体が急変した方の受け入れ先の医療機関を調整するなど、想像を絶する忙しさでした。そこに手入力の大きな負担がかかり、人的なミスが多く発生したことも明らかになっています。

医療とは少しそれますが、身近なところだと、10万円の特別定額給付金の申請をめぐる騒動もありました。オンラインでも紙でも申請できると言っていたのに、蓋を開けてみるとオンライン申請のほうが申請者にとっても自治体にとっても、大きな負担になるという本末転倒の事態が発生しました。

その原因は、そもそもマイナンバーカードの普及率が2020年の半ばで17%ぐらいと低かったことに加え、カード保有者であっても、マイナポータルで世帯構成員や振込先の銀行の口座情報などを、いちいち手入力しなければいけなかったことです。その際の誤入力や重複申請が後々問題になりました。多くの市区町村では、さらにそれを目視で住民基本台帳と照らし合わせて確認しなければならず、本当に現場に負担ばかりかかっていました。

これらの背景には、日本の根本的な問題だと思うのですが、省庁の縦割りや、リーダーシップ、旗振り役の欠如、現状維持のままで改革はしたくないという組織の体質、また国民の個人情報やプライバシーへの漠然とした不安など、いろいろな要因があったのだと思います。特に医療のデジタル化に限って言うと、厚生労働省の中での局の縦割りもあったと思うし、省内にITの専門知識を持った方が不足していたことも一因だったように思います。

それを象徴していたような、COCOAというアプリの開発をめぐる混乱もありましたね。COCOAはもともと民間のボランタリーなエンジニアたちがオープンソースで開発したプログラムがもとになっていました。最初から完璧なものを作るというより、不具合があったら皆で改善し、必要な機能をみんなが追加していきましょう、という性質のものでした。

今回のような非常時に国民が多く使うアプリにおいては、そのような考え方は国としても受け入れがたいものだったと思います。厚生労働省が開発を主導すると決まったのが2020年の5月でしたが、突如としてお金は出すから3週間後には完璧なものをリリースしてくれとエンジニアたちが言われたと聞いています。有志でやっていた開発者にしてみると大きな混乱だったようです。

結局いろいろな不具合が起きて非難を受ける中で、当初期待された役割を果たせないままでお蔵入りしてしまいました。

鈴木 おっしゃるとおりで、もちろん事前の準備があればよかったのですが、そうではなく短期間でスレッショルド(閾値)の高いところを達成しなければいけなかったのですね。

もう1つ、これは私の理解ですが、われわれは究極の選択を今まで直視してこなかったところがあった。例えばCOCOAがもしBluetooth が使えて、自分の近辺1.5メートルぐらいに陽性の人が来たら、どの人なのかがわかる仕組であれば結構使われたと思うのです。ただ、誰かはわからないけど陽性の人はいる、と言われても対策としてはなかなか使えない。

自宅にいて例えばGPS等で位置を管理できれば、別に毎日保健師さんが電話をして場所を確認する必要もないわけですが、有事の時に、一定の自由を制限できるという議論が事前にないと、あの皆が忙しい大変な時期にそういうことを議論できないと思います。

私も非常に忸怩たる思いがあって、毎日、厚生労働省が全国の感染者数を発表したのですが、どうやって発表していたかというと、各県の発表を聞いて、電卓で足して出していた。しかも各県の発表の時間が違うから、厚生労働省の地下に30人ぐらいバイトを雇って、電卓でやっているという目茶苦茶アナログな世界で、これはやはりまずいなと思います。

それからもう1つ、私が現場の人に聞かれて返答に詰まってしまったのは、ECMOという体外人工肺が1台しかない場合に3人必要な人が来た。誰に付けるかという話です。それはその場にいる医者が1人で決めてはならず、どういう人を優先するのかという議論がないといけないわけです。ところがそういう議論は今までタブーとされ、現場に任されてきたところがある。その議論も本当は平時にやらなければいけなかったと思います。

秋山 国民全体の利益のために個々人の自由をどこまで制約していいのかといった議論も、今まで全く行われてきませんでしたね。

コロナを機に進んだこと

秋山 よかったこともあります。中村さんと私はちょうどコロナが始まった時に、診療報酬を議論する中医協(中央社会保険医療協議会)の公益委員をしていましたが、中医協の会議はオンライン開催になり、傍聴席を設けない代わりにYouTubeで毎回の会議のライブ配信をするようになりました。

それまでは傍聴するために厚労省の会議室前に長い列ができたこともあったのですが、関心がある方はYouTubeにつなげば議論が聞けるようになりました。実際に地方の医療関係者や患者団体の人からも、オンライン傍聴しているという声を聞いています。コロナでやむをえず試行したおかげで情報公開が進んだり、医療について関心を持つ人が増えたりと、結果的にベネフィットになった面もあったかと思います。

もう1つ進んだのは、オンライン診療です。オンライン診療は、コロナ以前は、診療できる疾患も非常に限られ、初診はできないなど、いろいろな制約がありました。新型コロナウイルス感染拡大による時限的、特例的対応ということで、初診から許されるようになり、昨年度の診療報酬改定から正式な制度として恒久的に初診からオンライン診療ができるようになりました。もともと規制改革推進会議などが言っていたことですが、コロナが追い風になり、大臣間の合意というトップダウンで急速に進展しました。

それ以外にも、コロナにより平時のしきたりや非効率が改善されたことがいくつかあります。入退院時の多職種カンファレンスが昔は対面が原則でしたが、今はオンラインでも診療報酬がつくようになりました。病院から在宅へと患者さんの治療の場が移る際に、様々な組織に所属する多職種がカンファレンスに参加しやすくなることは重要で、情報共有の改善につながると思います。他にも薬剤師のオンライン服薬指導に報酬がつくなど、日常的な医療におけるオンライン活用が広がっています。

中村 台湾や韓国は日本よりもデジタル化が進んでいるというイメージを持っている日本人は多いと思います。一方で、韓国、台湾の研究者との議論の報告を聞くと、死亡率が低いなど、日本の取り組みを高く評価していました。

その背景には、地方での頑張りが大きかったと思います。地方によって差があるという話でしたが、コロナ禍前から医師や看護師などの医療従事者の間のみならず、様々なレベルの地方行政とコミュニケーションができている地域は、それなりにコロナ禍への対応ができていたと思います。

これまで日本は地域包括ケアの推進など、地域内において自分たちで考え、職種や立場を超えて新しいことに取り組むことを進めてきました。その取り組みが、コロナ禍への対応力を高めたという側面もあるのではないでしょうか。

確かにCOCOAなど中央主導のデジタル・ツールについては課題が出ましたが、地方での頑張りなど、評価すべき点も見逃せません。

土居 確かに地元でのコロナの状況は知事が記者会見などで対応する。厚労大臣ではないのだというコンセンサスが日常になったというのはありますね。

つまり県知事がちゃんと対策をやっていないとその地域の医療は混乱が起こっている、という対応関係があるということが、コロナ禍では常識になった。だから、当然それを踏まえて県知事も緊張感を持って対応していくので、なおさら地域が頑張るという面もあったのでしょう。もちろん地元の地域医療を支える方々が頑張ったことが第一なわけですが。

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