三田評論ONLINE

【特集:コロナ後の医療政策】
座談会:パンデミックを経て日本の医療は変わるのか

2023/07/05

国民の意識変化とデジタル導入の課題

秋山 先ほど春田さんがおっしゃったように、私も予防に力を入れることは賛成です。ただ、予防の効果というのは可視化しづらいですよね。疾患の発症には社会的な背景など様々な要因が関連しますので、診療報酬のような形で予防にインセンティブをつけるのはなかなか難しいのかなと思っています。

そのような中、新しい流れとして注目していることの1つが、医療の現場でのプログラム医療機器(SaMD:Software as a Medical Device)の評価です。日本の公的医療保険に収載されたプログラム医療機器の第1号が、慶應卒の佐竹晃太先生が立ち上げたベンチャーが開発したCureApp という禁煙アプリです。これは医療機関で対面で禁煙指導するより、そのアプリを用いて指導するほうが禁煙効果が高いというエビデンスを論文として出された上での診療報酬収載でした。

ベンチャー企業がこうした分野に参入することは今まで日本では難しかったのですが、厚労省がプログラム医療機器全般の評価に関する考え方の枠組みを整理したことで、保険収載の道筋が見えやすくなりました。今後は血圧管理や、栄養指導、生活習慣病の治療全般でも、アプリやオンラインを組み合わせていくことが主流になっていくと思います。それによって重症化予防を中心に、医療が効率的で質の高いものになり、ゆくゆくは医療費の伸びを抑えることも期待できます。

国民の意識にかかわることで言えば、今まで他人事だった感染リスクや治療リスク、生活上のリスク、また死に対する認識が変わり、自分にかかわる身近なこととして捉えられるようになったことが、コロナの影響として大きかったと思っています。予防やセルフケアの意識も高まりました。

政策形成においては、いろいろな立場の方々が議論し、熟議の上で資源配分を決めることが重要です。医療の政策形成に参加するアクターは多様化しなければいけないし、実際そうなってきています。その中で、患者はもとより一般の国民がより医療制度や政策についてわが事として関心を持って議論にかかわってくださることが重要です。その点で課題を挙げれば、国や行政の政策に関する情報の出し方も改善すべき点があると思います。

例えば今、マイナンバーカードの保険証利用を進めるにあたって露見してきた不具合やリスクが議論されていますが、そもそもマイナンバーカードは何のためにそれを推進するのか。目指すことは何かが国民によく説明されないままに、ポイントがつくとか目先のメリットだけをちらつかせて推進しようとするので、国民は不信感を持っているところがあると思います。

デジタル化の大きなメリットを国民全体が享受するためには、情報と情報とが結びつくことで新しい価値を生み出すことや、ビッグデータを活用することでサービスの質が向上したり、結果としてコストが下がる、ということもあると思いますが、そうした真のメリットがちゃんと伝わってない。

マスメディアも本質的な問題をしっかり捉えて伝えてほしいと思うし、国民1人1人がよく考えて議論をしてほしい。そして最終的に納得して受け入れるとなったら、決めた以上は一丸となって取り組んでいく。そのように変わってほしいと思います。

土居 まさにおっしゃる通りです。役所の側の実務的なニーズをマイナンバーカードの利用につなげたいという背景はきっとあるのだろうと思います。しかし、実務的なところは責任をもって官僚のほうでやってくれと言われると、批判が出てくるからと反対する。政治がきちんと守ってくれればできるけど、そうではないなら、今はとりあえず紙で回っているからいいやということになってしまう面もある。

税などは、税務署は全ての情報を一手に握っていると国民は思っていますが、実は税務署にとって必要ない情報は一切持ってないのです。だから誰が所得をたくさん稼いでいるかは知っていても、所得を稼いでない人の数については粗い数字しか持ってない。

コロナ禍で一律10万円給付という話の際、もっと低所得の人に重点的に配ったらという話も、情報が不完全だからそれができない。役所側も、情報がなくても日常業務はやっていけるので、税務署はマイナンバーから得る情報は必要としていませんという話になって、国民は、ますます何のためのマイナンバーカードかわからなくなる。

だから、やる気のある政治家がちゃんと出てきて責任を取ることが必要です。マイナ保険証もそうですが、きちんと政治家が企画して、その通りに役所の人が働いてくれれば責任を取ると言ってくれる政治家が出てくるとやっと進むのです。

秋山 やはり縦割りなのですね。

土居 本当に縦割りです。

医療保険財政等の課題

土居 また、医療保険財政をどうやって持続可能にするかは、今後ますます悩ましい問題に直面すると思います。特に今までそれを支えてきた現役世代の人たちの数が今後減ることによって保険料収入や税収入が減ると、では高齢者の方にもそれなりのご負担をお願いするという話になる。しかし、将来、高齢者になったら医療費は自己負担だけではなく保険料負担まで取られるのかと、将来不安を煽ってしまうことにもなるので、そこをどのように上手くバランスを取っていくかです。

楽観論で言えば、現役世代の人たちの給料がどんどん上がり、人口は減っても1人当たりの所得は増えていくから、その人たちが保険料を払ってくれるというのがバラ色の医療保険財政ですが、そう簡単にそれができるわけではない。そうなると、負担と給付のバランスを上手く調整していかなければいけないでしょう。

鈴木 今後のことで付け加えるならば、日本には看護師の資格を持っている人が200万人います。ただ、70万人は実際には看護師として働いてない。コロナの際、病棟は難しくても、例えば保健所の疫学調査の補助やワクチンの接種ということであれば十分その方たちも働けたと思うのですね。

その方たちは働きたくない人ばかりではなくて、毎日夜勤も含めて働くのは大変だけど、限られた時間に働くのであればいいという人も多いので、研修に参加してもらうなど、一定の知識を定期的にその人たちに提供し、有事には来ていただけるような仕組みも大切かなと思います。

医師、薬剤師、歯科医師は、三師調査と言って必ずどこでどのぐらい働いているのかを国に調査されている。でも看護師はそうではないのでどこに看護師資格を持った人たちがいて活用できるかはわかってない。医療従事者は、パンデミックの時にニーズが非常に上がりますから、そういう時に少しでも手伝っていただける人たちを組織化しておくことは大きいと思います。

相手に合った伝え方

春田 「自分事として考える」ということで、すごく難しいなと思ったことがありました。コロナの際に感染ガイドラインがたくさん出ましたが、一般の人たちから「結局どうしたらいいんですか」と複数の方に聞かれました。何が危険なのかがわかっていない人がたくさんいたということです。

インターネットにアクセスできない人は情報に辿りつけない。リテラシーの差がすごくあり、特に私が診ている地域の病院は高齢者が多いので、高齢者はパソコンやスマホの小さい字を見ても理解の差があり、守りたい人を守れないような情報の伝播の仕方があったのではないかと思うのです。

それで「先生、どうしたらいいの」と聞かれるのです。具体的にあなたはこうしたらいい、と言えばやってくれます。ワクチンの話も、打ったほうがいいと言っているけど、ワクチン反対の意見もあると高齢者は迷ってしまう。こういう時に、「打っていい」と言ってくれる信頼できる医者が目の前にいることはすごく大事だなと思いました。

土居 先生に、最後の一押しをお願いしたいんですね。

春田 はい。自分のことを知ってくれている先生が言うのだったら打っていいと思ってくれる。

土居 それがかかりつけ医の役割かもしれませんね。

春田 そうですね。学校もずっとマスクをさせて夏に運動会をさせていた。誰も取っていいと言わない。そこに地域の医師会の感染症対策の先生が、運動会も、こうすれば安全だからマスクを取っていいよと言ったら、いろいろなことができるようになりました。

医者が社会から閉じこもっていたことが今回改めてわかったので、地域の人たちに対して、オンラインの情報だけではなくて、もう少しわかりやすい形で正しい情報を伝えていかないと彼らは動かないし、自分事として感じてくれないのだろうなと思います。

秋山 相手に合った伝え方ですね。行動変容を起こしていただくカギはそこですよね。

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