三田評論ONLINE

【特集:認知症と社会】
駒村康平:認知機能の低下が経済活動に与える影響とその対応

2022/11/07

3.金融ジェロントロジーと自治体の役割

政府は、認知症の人の資産を守るために成年後見制度等の普及を進めている。しかし、前述のように、認知症までの深刻な認知機能の低下が発生しなくても、正常加齢にともなう認知機能の低下による経済行動の問題が生じることになる。そして、今後は、軽度認知障害や自らの認知症罹患に気がつかない高齢者が多数生まれる可能性を考慮すると、そのような人々が不安なく経済行動ができるような仕組みを構築する必要がある。

(1)金融ジェロントロジー研究の役割

高齢者の認知機能の変化や心身の変化が経済活動、特に資産管理・資産運用に与える影響を分析し、金融機関や高齢者に助言し、政策提言をする組織として、慶應義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センターがある。同センターでは経済学研究科、医学研究科、理工学研究科による共同研究体制を構築している。同センターと連携し、その知見を国内の主要金融機関と共有するための組織として、一般社団法人日本金融ジェロントロジー協会も発足した。同協会では、金融機関の職員に対して、金融専門職としての高い倫理観を持ち、認知機能が低下した高齢者に対する正しい接し方を研修し、修了者に「金融ジェロントロジスト」等の資格を付与している。

(2)重要になる自治体の役割

地方分権のなかで、国と地方の役割分担も大きく変化している。成年後見制度の普及や消費者保護は市町村といった基礎的自治体が重要な役割を担っている。前者においては、成年後見支援センター、社会福祉協議会、地域包括支援センターが、後者では消費生活センターが現場で大きな役割を果たしている。他方で、これまで述べたように認知機能の低下した高齢者が保有する金融資産を守る、金融資産管理・運用を支えるための公的機関は、地域社会には、現在見当たらない。

今日、認知症、軽度認知障害を含む認知機能の低下した顧客を多く抱える金融機関は多くの課題に直面している例えば、銀行の店頭には、自分の預金の状況がよく理解できなくなり、困惑している高齢顧客が増加している。なかには、このままにしておくと、特殊詐欺や消費者被害に遭うのではないかと心配されるケースも少なくなく、「資産のケア(介護)」が必要なり、そのため金融機関と福祉機関の連携、「金福連携」が重要になっている。しかし、現行の仕組みでは、個人情報保護の制約により、金融機関が自治体や福祉機関との連携を図ろうとしても、生命、身体など差し迫った危険がない限り、本人の同意なしにはそれを実施することはできない。

実は、本人同意を得なくても、個人情報を共有し、課題を抱える住民を地域で見守る制度は、消費者庁所管の消費者安全法(消費者安全地域確保協議会)と厚労省所管の社会福祉法(重層的支援体制事業)に用意されている。前者は、消費者被害の防止、後者は様々な生活上の困難さを抱えた人を支えるという役割を持っているが、共生社会を確立するという点では、重なる部分も多いので、連携の必要性が高まっている。

これらの制度を高齢者の保有する金融資産を守るために使っている例としては、大分県宇佐市の事例が秀逸である。成年後見支援センター(センター長は籾倉了胤弁護士[ 2004法、06法務修])を中核機関として消費者安全地域確保協議会を設立、市内の7金融機関を構成員として、心配な顧客の個人情報の共有を可能にして、認知機能の低下した高齢者の金融資産の支援を行っている。

すでに、制度があるから大丈夫と思われるかもしれないが、消費者安全地域確保協議会や重層的支援体制事業はいずれも自治体の任意事業であり、全国での普及率は高くはない。自治体が金融機関などの抱える問題を十分に理解していないことがその一因とも思われる。

現在約2000兆円にも及ぶ個人金融資産の約50%が65歳以上、約30%が75歳以上によって保有されており、うち100~200兆円は認知症の方によって保有されていると推計されている。高齢者の保有する膨大な金融資産を本人が有効に活用できるよう、様々な環境整備をしていく必要があろう。

認知機能の低下というと医療・介護・福祉の問題と思われがちであるが、経済にも大いに関わる問題である。大学院時代の恩師の島田晴雄教授(現名誉教授)から、研究テーマを選ぶときに、「駒村君、社会の問題は、学問領域別に起きるわけではなく、ましては行政の所管別に起きているわけでもない」という言葉が思い出される。

〈参考文献〉

駒村康平編著(2021)『みんなの金融─良い人生と善い社会のための金融論』新泉社

駒村康平編著(2019)『エッセンシャル金融ジェロントロジー』慶應義塾大学出版会

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事