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【特集:認知症と社会】
筧裕介:認知症という課題をデザインで解決する

2022/11/07

  • 筧 裕介(かけい ゆうすけ)

    特定非営利活動法人イシュープラスデザイン代表、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授

「本人の気持ち」が無視されている

高齢化が進む中、認知症はこれまで以上に誰にとっても身近な課題になりつつあります。私はデザイナーとして、防災や育児、地方創生やまちづくりなどさまざまな社会課題の解決に取り組んできました。その中で、10年ほど前から認知症に関心を持つようになりました。認知症は医療や介護の分野の課題であり、デザイナーが認知症の問題に取り組むことを意外に思う人もいるかもしれません。しかし、私は認知症の課題解決はデザイナーの仕事だと考えています。

そもそもデザインは、人の認知機能に働きかけるものです。人がモノや情報・サービスを五感で捉え、思考・判断・記憶し、何らかの行動をすること、この一連の流れをつくるのがデザインという行為です。デザインの観点から見ると、認知機能の低下に伴い生活に問題が生じるということは、その人の生活の中にある商品・サービス・空間などのデザインに問題があると捉えることができます。現実問題、今の世の中には、人の認知機能を惑わせ、混乱させるデザインがあふれています。認知症のある人は、どのような問題を抱え、いつ・どのような状況で生活のしづらさを感じているのか。それを理解することは、デザインの観点から認知症を捉えるために欠かせません。

しかし、現在の認知症をめぐる問題は、「本人が置いてけぼりにされている」のが実情です。認知症に関連した書籍の多くは、認知症のある両親を介護している家族向けに、どうしたらちゃんと寝てくれるか、食事をとってくれるか、暴れずに過ごしてくれるか、など介護の負担を軽減するための対処法を解説したものや、医療従事者や介護従事者向けの専門的な内容です。

そんな時に、本人の視点で認知症を知るために、100人を超える当事者にインタビューを実施するプロジェクトに参加する機会をいただきました。そこで見えてきた、認知症の方が生きている世界、見えている視界を表現するデザインプロジェクトが『認知症世界の歩き方』であり、今年9月にライツ社から書籍が刊行されました。

認知症とは何か

認知症は、「認知機能が働きにくくなったために生活上の問題が生じ、暮らしづらくなっている状態」と私たちは定義しています。つまり、暮らしにくくなければ認知症ではないということです。また、認知機能とは、「ある対象を目・耳・鼻・舌・肌などの感覚器官で捉え、それが何であるかを理解したり、思考・判断したり、計算や言語化したり、記憶にとどめたりする働き」のことです。

認知機能の低下は本人の身体の問題です。しかし、それによって生活上の問題や暮らしにくさが生じる原因は、家族などとの人間関係や生活環境、社会システムにあったりします。人間関係や環境やシステムを、デザインの力を使って改善することで、暮らしにくさを解決できる部分がたくさんあります。

認知機能の低下により、認知症のある方はどのようなトラブルを抱えているのか。なぜ、トラブルに直面してしまうのか。これを本人の視点から明らかにするために、当事者インタビューの結果を分析しました。

実際に認知症のある「ご本人」に話を聞いてみると、同じトラブルでも人によって感じ方や起きている問題、原因となる認知機能の障害は人それぞれ異なり、一般的な症状としてひとくくりにすることはできないことがわかります。

介護の現場などでよく問題になる「お風呂に入るのを嫌がる」という行動をみてみます。こちらは慶應義塾大学大学院の堀田聰子教授からお聞きしたお話です。

認知症のある方がお風呂に入りたくない理由は、人それぞれで、実に多岐にわたっているとのことです。ある人は、五感のトラブルにより、お湯が極端に熱く感じてしまう、お湯がぬるっと不快に感じてしまう人もいます。他にも、空間認識のトラブルから洋服の着脱が難しい人、時間感覚の障害から既に入浴したと思い込んでいる人もいます。

それぞれが別の理由で「お風呂に入りたくない、入る必要がない」と感じているのです。不快に思っていること、困難なことは人それぞれで、そこにはさまざまな認知機能のトラブルがあります。複数のトラブルが組み合わされていることもあります。

本人の声に耳を傾けると、できないこと、できない理由、できることが見えてきます。それがわかれば、それに応じた対策を立てる、つまりデザインで解決が可能です。

「本人の気持ち」が無視されている
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