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【特集:認知症と社会】
筧裕介:認知症という課題をデザインで解決する

2022/11/07

「トイレに間に合わない」のはなぜか

外出先でトイレに間に合わないというトラブルは、よりデザインとの関係性が色濃くなります。

私たちが外出先でトイレを探すときは、トイレのマークを視覚で認識して、次に、過去の記憶と目で捉えた情報を照合して二種類のマークの中から「こちらが男性用・女性用だ」と解釈し、トイレに入るという行動に移ります。

しかし、認知症のある方の中には、この一連の動作が難しい場合があります。その原因の1つに、認知症に伴って生じる障害の一\1つである、視界が狭くなる症状があります。

通常、私たちはさまざまな角度からトイレのマークを見つけることができます。しかし、視界が狭くなっている人は、マークの正面から角度がズレた位置に立ってしまうと、トイレのマークを視認することができなくなります。トイレのマークが小さかったり、壁にぺたっと貼り付けられているタイプの場合は、よりいっそう視界に入りにくくなります。そしてトイレを見つけられなかった結果、トイレに間に合わなくなってしまうことがあります。

こういうトラブルが起きた時、人は「認知症のせいで、トイレに行けなくなった」と単純に捉えがちです。そして、家族は「本人が恥ずかしい思いをしないように」という配慮の気持ちから、認知症のある人のトイレに関して、過剰な対応をするようになります。必ず誰かが付き添うようにしたり、外出時はオムツをつけるなどという対応です。

その人は「トイレのサインが見つけにくい」だけであり、自力でトイレに行くことはできるのです。しかし、周囲のサポートが、自力で行動する機会を奪ってしまい、結果として、サポートに依存してしまい、認知機能の低下を招いてしまうことがあります。また、本人の尊厳を著しく傷つけることにもつながります。

こうしたトイレの失敗に関して、本人の視点で問題解決に取り組めば、トイレのサインや場所の誘導のデザインである程度解消できる可能性があります。

トイレのデザインについてはもう1つ、例があります。

トイレの個室内は、白い壁、白い床に白い便器・便座が設置されていることが多いですよね。しかし、認知症の方の中には、細かな色の違いや空間の奥行きの認識が難しい人がいます。その場合、空間のすべてが白色だと、便器の形を正しく認識できず、便座を見つけることができず、どこに座ればいいのかわからなくなり、焦っているうちに間に合わなくなるということがあります。これに対しては、イギリスなどでは便座の部分だけを赤色にするなどの工夫をしている例があります。そうすると、どこに座ればいいのかすぐにわかるようになるわけです。

便器の形の認識を高めるデザイン事例

デザインの世界では、年齢や能力にかかわらず、多くの人にわかりやすいデザインをする「ユニバーサルデザイン」という考え方がありますが、日本では認知症のある人に配慮した商品やサービス、空間開発はまだ十分に進んでいません。しかし、認知症のある人に配慮したデザインは、あらゆる障害のある人、全ての人にとって役に立つデザインになるに違いありません。

〈参考文献〉

筧裕介『認知症世界の歩き方』ライツ社、2021年9月

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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