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【特集:国際秩序のゆくえ】
鶴岡路人:NATOの冷戦後──秩序形成の模索と残された課題

2022/07/05

そして遠征任務から再び集団防衛へ

そうした前提に再考を迫ったのが2008年8月のロシア・ジョージア戦争である。同戦争でロシアはジョージアに侵攻し、南オセチア、アブハジアという2つの地方を一方的に独立させた。ジョージアはNATO加盟国ではないが、各国において領土防衛の必要性が改めて認識される結果になった。2010年のNATO戦略概念が、集団防衛を第一の柱として再び強調することになったのもその流れの一環だった。

その後も、2014年のロシアによるウクライナのクリミアの違法な併合、ドンバスへの介入など、ロシアによる攻撃的姿勢がより明らかになってゆく。その結果、NATOとしても、ロシアを従来のようにパートナーとして扱い続けるわけにはいかなくなり、抑止・防衛の対象として位置付けなおすことになった。

2016年7月のワルシャワ首脳会合で決定されたバルト諸国やポーランドへのNATO部隊のローテーションでの展開(「強化された前方展開」)や、2021年6月のブリュッセル首脳会合で示された「4つの30」――有事の際には戦闘艦艇30隻、30個機動大隊、30個戦闘飛行中隊を30日以内に確保するとの計画――は、当然のことながらいずれもロシアを念頭においた措置である。

クリミア併合直後はNATOにおいても、軍事力の行使にいたらない情報戦やサイバー攻撃などを駆使した「ハイブリッド戦争」に焦点が当てられていたが、その後NATOは、軍事的にはハイエンドで、大規模な有事への備えに重心を移している。

ただし、軍事的に正面からロシアに対峙することはNATOにとっても負担が大きい。そのため、こうした対露抑止・防衛態勢強化は一直線に進んだわけではない。やらなくて済むのであればそれにこしたことはない、のが本音である。そのため、「ロシアもさすがにこれ以上の行動には出ないだろう」という希望的観測を持ち続け、いわば小出しに対応を進めてきたのがNATOの実態だった。

しかし、その行き着く先は2022年2月のロシアによるウクライナ侵略だった。NATOにとっては加盟国防衛のためにも、集団防衛の強化以外の選択肢がなくなった。

NATO拡大とは何だったのか

上述のようなNATOの変遷と同時に起きていたのは加盟国の拡大である。そしてそれこそが、冷戦後の欧州秩序を形づくってきた。冷戦終結時に16カ国であったNATO加盟国は、今日30に増大している。フィンランド、スウェーデンの加盟が実現すれば、32になる。

これをもたらしたのは、端的にいって、NATOへの加盟を希望する諸国の存在だった。入りたい国があったためにNATOは対応した。さらにいえば、NATOは新規加盟国の受け入れに当初は全く前向きではなかった。

NATOが拡大に消極的だった理由は、第1に、ロシアとの関係への考慮である。NATO拡大にロシアが反対するなかで、ロシアとの関係悪化というコストと、NATO拡大による利益を天秤にかけざるを得なかったのである。米国内でも、リアリストと呼ばれる論者の間では、「中東欧よりもロシア(との関係)が重要だ」という主張が珍しくなかった。ジョージ・ケナンはその代表例だった。

第2に、NATOへの新規加盟国の受け入れは、新たな諸国への安全保障コミットメントの拡大を意味する。NATOにおける集団防衛を最終的に担保しているのは、現実として米国であり、米国にとってのNATO拡大は負担の増大という側面を有する。米国内でも、国防総省がNATO拡大に消極的だったのも頷ける。

それでも、ポーランドやハンガリー、チェコを筆頭に、NATO加盟を求める声は強くなる一方であり、NATOとしてもそれに抗い切れなくなったというのが実情だった。それら諸国は、ロシアを念頭においた安全保障の確保と同時に、「欧州への回帰(return to Europe)」の象徴としてNATO加盟を求めたのである。

この両義性は重要である。安全保障の確保は重要であり、その観点からすればNATO加盟とは米国の保証を受けることと同義だった。他方で、それら中東欧諸国のロシアに対する脅威認識が1990年代を通じて高かったとはいい難い。というのも、結局NATOは新規加盟国に関する公式の非常事態対処計画の策定を見送ることになり、ポーランドなどからは不満が漏れたものの、それら諸国自身も、ロシアを念頭においた有事への備えを進めたわけではなかった。安全保障面で切迫感がない以上、欧州への回帰という政治的側面の比重が増すのは当然だった。

時代は少しくだり、北欧で軍事的非同盟を長年貫いてきたフィンランドとスウェーデンは、2022年5月にNATO加盟申請をおこなった。直接のきっかけはロシアによるウクライナ侵略だったが、それら諸国にとって重要だったのは、「同盟選択の自由」である。これは冷戦時代から欧州安全保障協力会議(CSCE)において認められた原則だった。しかしロシアは、2021年12月になって、NATOおよび米国に対する新たな条約提案において、さらなるNATO拡大の停止を求めてきた。これは、まさに同盟選択権を脅かすものであり、フィンランドとスウェーデンでは懸念が高まったのである。

もっとも、その時点で両国が短期的なNATO加盟申請を考えていたわけではない。しかし、「必要なときにはNATO加盟を決断する」と考えてきた両国にとって、必要なときに入れない懸念の浮上は、きわめて深刻な事態だった。NATOは加盟国以外にとっても、必要になったときの選択肢として意識されていたのである。

「ロシア問題」への対処

冷戦後のNATOの主要な拡大は2回あり、最初の1999年にチェコ、ハンガリー、ポーランドが加盟し、2004年にバルト諸国、ブルガリア、ルーマニア、スロヴァキア、スロヴェニアが加盟した。NATO拡大にロシアが反対してきたことを踏まえ、いずれの拡大においても、事前にロシアとの間で「手打ち」がなされた。

1999年の拡大の前には、1997年5月にNATO・ロシア基本議定書が合意され、NATO側は、新規加盟国の防衛は「実質的な戦闘部隊の追加的常駐」によらず、増派等によって対処するとの意図を表明した。また、2004年の拡大の前には2002年5月にローマ宣言に合意し、NATO・ロシア理事会(NRC)が創設された。

ロシアとしても、NATOの決定に拒否権を有さない以上、反対し続けるだけでは利益にならないことを認識し、条件闘争に持ち込んだのだろう。NATO拡大に賛成せずとも、折り合いをつけてきた歴史である。しかも2002年の時点ではすでにウラジーミル・プーチンが大統領だった。

それでも、ロシアにしてみれば、NATOや米国との力のバランスとしては弱い立場にあったため、NATO拡大をやむを得ず受け入れるほかなかったという側面もあろう。そうであれば、国力が増せば、NATOとの関係、さらには欧州秩序の転換を求めるということになる。

そしてこの点は、冷戦の終結の仕方とあいまって、米国やNATOの側にとっても課題であり続けてきた。というのも、欧州秩序をめぐる2つの主要問題のうち、「ドイツ問題」は、統一ドイツをNATOと欧州連合(EU)に取り込むことによって最終的な決着をみたのだが、もう1つの「ロシア問題」には、明確な答えがなかったからである。ドイツと同様、あるいはそれ以上に、欧州に位置付けるには存在が大きすぎ、対応を誤れば欧州秩序を破壊しかねないのがロシアだった。

冷戦後のロシアに対しては、民主化と市場経済化が進み、欧州的な近代国家に生まれ変わることへの期待が、米国や西欧で高まった。それに基づき、さまざまな支援が行われたものの、結局のところ「つかず離れず」という関係が続くことになった。ロシアの側からすれば、結局米欧はロシアを排除しようとしてきたということになるが、米欧にとってはロシアが自ら離れていったのである。

それでも冷戦期の対立に比べればましだったのかもしれないが、ロシアとの間で安定的な秩序が築かれることはなかったのである。さらにいえば、ウクライナに対しても、2008年のNATO首脳会合で将来の加盟国になるとの決定はしたものの、その後、加盟プロセスの前進はなく、宙ぶらりんの状況が続くことになった。このあたりは、NATOによる秩序形成の限界だったと認めざるを得ない。

ウクライナ国境に10万を超える兵力を結集させた状況のなかでロシアは、2021年12月、NATOの兵力態勢を1997年5月の状態に戻すことを求め、さらなるNATO拡大を禁止する内容を含む条約案をNATOと米国に提示した。これは、冷戦後にNATOを中心に形成された欧州安全保障秩序への根本的な異議申し立てであり、「冷戦後」をなかったことにする試みであった。

ウクライナ侵略を受け、NATOでは対露抑止・防衛態勢の強化が、バルト諸国やポーランドなどに展開されたNATO部隊の増強などによって進められる方向である。フィンランドとスウェーデンの加盟が実現すれば、NATO全体としての対露包囲網はさらに強化される。

新たなNATOの時代のようにみえる一方で、それはロシアの当面の脅威に対処するための対症療法に過ぎない。冷戦期のような状況に戻って、ソ連に対峙していたときと同様にロシアに対峙していくことへのNATOの決意が固まったとはまだいい切れない。それはNATO側にとってもコストが高過ぎるからである。

欧州大陸の同居人であるロシアをどのように扱うのかは、ロシア・ウクライナ戦争が何らかの形で終結した後にも、NATOの課題であり続ける。さらにその先には中国が視野に入る。というのも、短期的に最大の脅威はロシアだが、中・長期的には中国が課題になるからである。2022年6月の首脳会合に日本などが招待されたのもその文脈であり、NATOの変容の旅はこれからも続く。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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