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【特集:国際秩序のゆくえ】
廣瀬陽子:ロシアと「近い外国」──ウクライナ危機で変わる関係性

2022/07/05

ロシアから離れる旧ソ連諸国

旧ソ連諸国がロシアを軽侮している状況は、旧ソ連諸国の実際の行動から火を見るよりも明らかである。

まず、今回のロシアによるウクライナ侵攻に関して行われた国連決議の結果を見てみよう(表)。

国連決議における旧ソ連諸国(バルト三国を除く}の投票行動 (各種資料より筆者作成)

3月2日の決議は「国連総会特別緊急会合のロシア非難決議」、3月24日は「国連総会特別緊急会合のロシア決議」(ロシアの責任を強調する人道決議)、4月7日は「ロシアの人権理事会の理事国資格を停止する決議」である。親欧米路線の3カ国(ウクライナ、ジョージア、モルドヴァ)は全て賛成、そしてベラルーシが全て反対であり、それ以外は基本的には欠席、棄権で意思を表明しようとしなかった。ただ、4月7日の投票は、人権問題が問われているため、旧ソ連でも人権問題が深刻な国々が反対に回ったのは興味深い。

この国連での投票行為は、5月20日に行われたロシア主導の軍事同盟であるCSTO(集団安全保障条約機構)の首脳会談でも見られた。その首脳会談は、CSTOの条約締結の30周年を祝う趣旨の特別な意味合いを持つ会議であったが、ウクライナ侵攻に関してロシアに寄り添ったのはベラルーシだけであり、共同声明にも侵攻を直接支持する文言は記載されず、カザフスタン・アルメニア首脳からは早期停戦を促す発言が出た。他方、アルメニアのニコル・パシニャン首相が2020年の第二次ナゴルノ・カラバフ戦争での対応をめぐって異例のロシア批判を行い、カザフスタンのムフタル・トレウベルディ外相がロシアに制裁回避の手段を提供しないという発言をするなど、緊張ムードが目立った。CSTO加盟国の中でも、特にベラルーシとカザフスタンには派兵要求もあったとされるが、両国共に派兵を拒否し続けている。

さらに、ロシアに唯一寄り添っているベラルーシですら、国内での不協和音が大きくなりつつあるようだ。特に、ウクライナ側に義勇兵として参加する者が続出していて、そのような義勇兵が、将来、アレクサンドル・ルカシェンコ政権を倒すような民主化の原動力になりうるとして、米国および英国のそれら義勇兵へのアプローチも続いているようである。

他方、ベラルーシと並んでロシアに忠実だとみなされていたカザフスタンは、1月の政変未遂でCSTOの支援を得たにもかかわらず、今回は厳しい対露姿勢を貫いている。たとえば、5月9日の対独戦勝記念日に行事を行わなかった。また、親ロシアデモを禁じる一方、親ウクライナデモは許可したり、ウクライナ向け人道支援の組織は許可するものの、ドンバス向け人道支援の組織は許可しなかったり、さらに、ブチャでのロシアの戦争犯罪に国際審問を求めたりしている。

また、ジョージア国内の未承認国家である南オセチアはロシアに極めて忠実だったはずであるのに、南オセチア兵の約300人がウクライナへの派兵を拒否したり、5月8日の「大統領選」決選投票では、親露派でロシアとの統合を急いでいた現職アナトリー・ビビロフ大統領が敗北を喫するなど、反露傾向が強まっているようだ。

最後に、アゼルバイジャンの行動は、完全にロシアを軽侮する態度が滲み出ているものであった。2020年のアルメニアとの第二次ナゴルノ・カラバフ戦争の結果、アルメニア人勢力が死守したナゴルノ・カラバフの約6割に相当する地域にロシアの平和維持部隊が展開しているというのに、アゼルバイジャン軍が3月にアルメニア側を攻撃したのである。この攻撃によりアルメニア兵2名が死亡したものの、戦闘のエスカレーションはなく、ロシアはセルゲイ・ショイグ国防相がアルメニア・アゼルバイジャン両国の国防相と電話で話をしただけのようであった。そもそも、アゼルバイジャン側がアルメニア人勢力サイドを攻撃した理由は、ロシアをもはや恐ろしい存在とは思わなくなり、完全に軽侮していたからなのだが、懲罰なども行わなかったロシアの対応は、更なるロシア軽視につながったようだ。そのため、以後、アゼルバイジャンのアルメニア系住民へのインフラ断絶を含む嫌がらせがその後も続いているという。アゼルバイジャン国内においては、ロシアがウクライナ侵攻に手こずっている間に、ナゴルノ・カラバフの完全奪還を主張するものも出ているという。

そして、石油・天然ガスの輸出国であるアゼルバイジャン、カザフスタン両国はロシアをより迂回するための新ルートを模索しているという。特にカザフスタンは石油輸出の9割をロシア経由で行っており、代替路を獲得することが急務となっている。

EU加盟申請も続出

このように、ウクライナ侵攻により、親ロシア的ないし中立的だった国々のロシア離れが目立つ一方、親欧米だった国々の欧米への接近もより顕著となっている。一番象徴的なのは、2月28日にウクライナ大統領がEU加盟申請文書に署名したことであり、そして、3月3日にはジョージアとモルドヴァも相次いで加盟申請文書に署名を行ったことである。ジョージアは2008年のロシア・ジョージア戦争後、欧米スタンダードを満たすべく準備を進め、2024年にEU加盟を目指すこととしてきたが、その計画を前倒ししたことになる。また、モルドヴァも2年前に親欧米路線のマイア・サンドゥが大統領に当選してから、欧州寄りの政策を色濃くし、EU加盟を急ぐ方針を示していた。ウクライナ、ジョージア、モルドヴァは元々EU加盟を目指してきたが(なお、ウクライナ、ジョージアは並行してNATO加盟も目指してきたが、モルドヴァはNATO加盟の意思を表明したことはない)、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を受け、欧州により接近することによってロシアの脅威に対抗しようとする姿勢が見てとれる。

昨年から続くユーラシア地殻変動

このようにロシアのウクライナ侵攻は、旧ソ連諸国に大きな影響を与えた。これまで親ロシア的だとされてきたCSTO加盟国がロシアと距離をとりはじめたことの意味は重く、それとは反比例して旧ソ連内で欧米接近の動きが目立つ。

ロシアがこれまでのように旧ソ連諸国の間で長兄としての立場を維持し、多極的世界の一端を担いつつ、地域大国としての地位を享受することはもはやできないだろう。

他方、昨年のアフガニスタン政権崩壊と米軍の撤退がもたらした衝撃も、まだ続いていると考えるべきである。つまり、ユーラシアは昨年から大きな地殻変動を起こし続けていると言ってよいだろう。

今回のウクライナ侵攻で、ロシアが醜態を晒し続けている一方、米国はウクライナ支援の中心的役割を果たしながら、ドナルド・トランプ体制時代に揺らいだ欧州やNATOとの関係を修復するチャンスを得たように見える。

その一方で、ロシアの存在感の低下は、中国の存在感をより大きくしていくはずである。今回の動きの中で中国は自国に制裁の火の粉が及ぶことを避けるためにもロシアには一定の距離を置いているが、中国産品の対露輸出、エネルギーの更なる輸入などによって、ロシアと経済関係をますます深めそうである。そして、ロシアのエネルギー購入を格段に増やしているもう一つの国がインドである。インドも欧米のインド太平洋戦略の中のキー国でありながら、外交では独自路線を取り続けており、今後の動きが極めて注目されている国である。

このようにユーラシアの地殻変動が続いている中、旧ソ連諸国は、どの国・地域と協力してゆくべきなのか、外交のスタンスはどうあるべきなのかを模索しているように思われる。旧ソ連諸国は、欧米・ロシアの間でいかにうまく振る舞うかを模索してきた。筆者はそのような国々の動きを「狭間の政治学」と称してきたが、仮に今回のウクライナ侵攻でロシアが敗北したり、勝利したとしても経済制裁などで国家として立ち行かなくなったりした場合、ユーラシアの地政学的地図は激変する。そして、「狭間の政治学」を模索してきた国々も、少なくともロシアによる重圧からは解放されるようになるかもしれない。現在、まだロシアとウクライナの戦闘は継続中であり、戦後世界をイメージすることはできない。しかし、今回のことが、旧ソ連諸国のロシアに対する姿勢を激変させ、今後の国際関係にも大きな影響を与えるのは間違いない。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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