三田評論ONLINE

【特集:スマホが変えた社会】
座談会:ユーザーが先導する未来のモバイル

2022/04/05

AIの導入が描く未来

児玉 アップルの開発者カンファレンスを見ると、3分の1ぐらいはAI関連のセッションです。だから皆、スマホはAIだと思っていないけど、中身はAIに近くなっていますね。

武藤 そうです。スマホ自体はもうAIにどんどん置き換わってきている。それがどう社会にかかわってくるかも予測できるようになっています。先端を行く若い世代のユーザーによって、そのAIの仕組みがさらにまた発展していくのではないかと思います。

例えば人間のあまり表に出てこないような感情を、表情の特徴だけを見ることでAIは判断できるので、そういったスーパースキルを搭載すれば、ちょっとした感情を読み取ることも可能になってきている。それが社会にとっていいか悪いかは別で、ある程度のルールが必要かなと思いますけどね。

児玉 武藤先生がやられてきたニューラルネットワークの技術などはこの10年ぐらいですごい進展があり、2012年のマイクロソフトとトロント大のチームがやった音声認識のパフォーマンスが人間を超えたというのが1つの分水嶺だったように感じます。

それまでのコンピュータはコンピュータの都合に人間が合わせないといけなかった。しかし、AIが非常によくなってきたこと、それからスマホに代表されるセンシングデバイスが生活環境の中に拡散してきたことで、人間の意図をかなり正確にコンピュータが理解できるようになってきた。これが非常に大きな変化です。

今のスマホのタッチパネルの技術もその入り口で、そういうモデルが違ったセンシングの形とかシグナルなどにどんどん適用されるようになってくる。例えば音声認識が利用されるようになってきたこともそうです。

あとARの視覚認識のように、人間の持っているモダリティ(様相)で世界を解釈することプラスアルファでの認識が可能になってきている。だから人間が気づかないような微妙な表情の変化などはもしかしたら機械のほうがよく読み取れるかもしれませんね。

私の子どもが今、3歳です。どうしてもYouTubeを見たがりますが、今、家のあらゆる機器を音声アシスタント対応にしてあるので、タッチパネルにタッチするより声で操作するのです。電気をつけたり、時間を聞いたり。タブレットやスマホよりも先に音声アシスタントでデビューして、音声アシスタントネイティブというかAIネイティブというか。

武藤 スター・トレックの時代に入っている(笑)。スマホという本体はどこにあるか知らなくても、AIがやりとりしてくれるんですね。

加藤 それはパパやママがやっているのを見ながら覚えたのですか。

児玉 それで生活しているので普通に覚えていくんです。だから音声アシスタントのないところでもアシスタントの名前を言って、「あれ、いないの」みたいな感じになって(笑)。

白土 うちも家にはグーグルホームを置いていますが、娘と一緒に友人の家に遊びに行った時にグーグルホームが置いてあると、「ここのお家にもグルグルさんがいるね」と。もうそういう未来に生きているのだなと思いました。

児玉 そういうところから新しいアプリケーションが生まれてくるんでしょうね。パパまだタッチなんかしているの。ダサいねみたいな(笑)。

SFCを「実験」の場所に

加藤 モバイルデバイスでありながら、スマホを主に家の中で使っていることは、この2年間のコロナ生活で皆、実感しているのではないかと思います。リモートワークで、それほど広くない家の中でも、あらためて家の中での移動に意識が向いて、デバイスとの付き合い方が変わった感じがします。

武藤 1つだけ自慢ですが、日本で最初にWi-Fiを入れた家はうちなんです。それが1992年。読売新聞で未来の家族みたいに特集されました。まだ日本でWi-Fiは誰も知らなかった。イスラエルのWi-FiとアメリカのWi-Fiをつないで、家の中をWi-Fiの環境にしていました。

それから30年でこの発展ぶり。Wi-Fiはいまや当たり前になっているけど、この変化はすごいですね。技術普及のスピードは目茶苦茶速いのです。

児玉 私は99年SFC入学でしたが、入学して少ししてWi-Fiが全部整備された感じでした。SFCも、われわれのいた頃は、常時接続の高速無線通信インターネットがあるというだけで他のキャンパスと差別化ができていたような気がします。今はそういう差別化はあるのかな、というところがちょっと気になっているのですが。

加藤 児玉さんの質問にはなかなか答えづらくて、確かにそれは本当に大切な点だと思います。いろいろな設備関係については大学もフットワークが重いところがあるので。

武藤 昔に比べて今は陳腐化(コモディティ化)がとても速い。10年もつものはなく、大体5年ぐらいで置き換えないといけないぐらいの速さで進んでいるからね。

児玉 技術インフラという意味だとそうなのです。違う切り口で、例えばルールの特区という考え方がある。私は卒業の頃、國領先生にSFCはセンシングで個人データ取り放題のキャンパスにしてくださいと言っていました。SFCに入ったら一筆書いてもらって、教員も学生もみんな個人データ取り放題で研究すれば、すごい差別化できる研究ができると思うんですね。

武藤 でも日本だと、すぐにこれは個人情報で法律的にできない、となりますね。「そういう意味ではない」と説明しても行政の人はわからない。

児玉 それはイノベーションの非常に大きい阻害要因です。COCOAがまさにそうで、法律のレベルで、ネットワーク側のインフラから位置情報を取ることが今の法律体系の中ではできませんとなる。それは実はアップルやグーグルの設計の影響もあって、彼らが情報を取る時、すべてのステップで了承を取らないとアプリが提供できないポリシーにしているんです。

武藤 情報1つ取るにしても、ルールも整備されていないし、日本は特に訳がわからない状態になっている。そのへんを早く整備して、使いやすく安全な国にしてほしいと思います。

児玉 それが「政策・メディア」の考え方ですよね。

今、トヨタさんが富士山の麓にウーブン・シティという街をつくっています。スマートシティ構想も特に日本の場合、行政との折衝に非常に時間も手間もかかってしまうので、トヨタさんは、私有地を実験フィールドとして、そこに街をつくって実験するという形にしている。

だから実験地みたいなものが大事な気がするのです。SFCが一番そういう場所になってほしいと思います。

加藤 今は少し動きが鈍いのですが、SFCがさまざまな実験の場であることは間違いないでしょう。ドローンを飛ばしたり、自動運転の実験を行ったり。十分とは言えないまでも、日々、実験する精神は息づいています。

白土 私も学校でどんどんデータを取れたらいいのにと思います。ユーザーの成熟は、個人がスマートフォンの中で複数存在しているという一側面にも現れているかと思います。

作家の平野啓一郎さんが「分人」と言っていましたが、例えばSFCの中では全部ログイン名で処理をして、位置情報もわかってしまうけど、それは1つの分人だ、みたいな妥協点があってもいいのかなと思います。それが一人の個人に統合されてしまうというのはむしろ違和感があります。

児玉 ただ、いっぺんすべてをオープンにしないと線が引けません。「ここまではいいかな」と言いながら少しずつやっていると、いつまでも適切なボーダーがわからない。一度全部オーケーとした上で、でもこれはさすがにまずいでしょうと、取り除いていかないと。

武藤 コロナの話で言えば、アメリカは100%オープンで全てのデータを誰でもアクセスできるような形にしているのだけど、日本はもちろん、ヨーロッパの国々も実はそうではない。オープンデータと言いながら実は特定の人しかアクセスできないのです。

唯一アメリカだけが完全にパブリックにオープンにして、誰もが好き勝手にデータを扱える。そこは大きな違いがあって、ダイナミックというか、やはりそういう力がアメリカはあるなと感じます。必ずしもいいアイデアは専門家から出るとは限らないですからね。児玉さんが、自由に使える場を提供しろと言うのは非常にわかります。

ブレークスルーを目指して

児玉 モバイルの話に戻ると、端末開発という部分ではキャリアの影響力がものすごく強かったということを指摘しておきたいと思います。この仕様に則ってiモードで作ります、iアプリで作りますみたいなことになるので、技術的に端末メーカーの持っていた裁量は小さかった。

これは日本だけではなく、グローバルにもそうでしたが、iPhoneがすごかったことの1つは、その力関係を逆転させてしまったことです。キャリアが「これ作ってください」ではなく、「私たちはすごい端末を作ったから、あなたたちのネットワークにつないでもいいよ」というわけです。

武藤 確かに特に日本には変な主従関係が根強くありますね。でもアップルみたいに良いものを作れば、オペレーターは言うことを聞け、となるはずです。そこを日本のメーカーが乗り越えられるかがこれからの技術革新につながってくる。今のご指摘は非常に根幹を突いている意見ですよ。

加藤 ある意味スマホがそれの象徴になっていると。

武藤 まさにそうです。ブレークスルーとよく言うけど、すごいものを作れば主従関係が変わるわけですよね。

児玉 インターネットのイノベーションというのは、そもそも自律分散協調ということが大事でした。ところが、モバイルやweb2.0になると、集中化された方向のアーキテクチャになりがちですよね。

武藤 加藤さん、今、SFCが旗を揚げてやるとすれば、スマホを使ってのバーチャルマネーやクリプトマネーと言われる技術ではないですか。そこの研究はあまりSFCから出ていないけれど、とても有効な研究エリアで、発信コンテンツとしては非常に良いという感じがします。

児玉 ぜひSFCマネーを作ってください。SFC内ではもうSFCマネーしか対応できないとしてしまって。

加藤 そうですね。今日のキーワードとしては、ユーザー主導という話が一貫してあったように思います。技術はもちろん進歩しているけれど、どうやらユーザーのほうがどんどん先に行ってしまっている。法律の問題や政治、文化の問題等もありますが、確実に言えることは、もうスマホは手放せないものになっているということですね。

スマホというスマートなデバイスを、常に肌身離さず持つように暮らし始めてしまっている。そこにいろいろなセンサーが搭載されていて、今まで取るのが大変だったようなデータが、どんどん生み出されている。

それを束ねて使えるようにしていくビジネス面の課題や面白さはもちろんあるし、人類の2人に1人が常時接続の状態でデータをやりとりしていると考えると、やはり世界観自体が変わってくるのだろうと思いました。

また、いち大学教員として見ると、大学は動きが遅いなという感じがします。最先端をいくユーザーである学生が大学に来ると考えた時に、やはり大学がいろいろなところを整え、大学の魅力もちゃんとアピールしないといけないなと思いました。本日はさまざまな話を有り難うございました。

2022215日、オンラインにより収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事