【特集:スマホが変えた社会】
座談会:ユーザーが先導する未来のモバイル
2022/04/05
スマホ登場以降、遅れたデジタル化
児玉 日本は、以前はモバイル分野でいろいろな技術開発がむしろ進んでいたはずです。おサイフケータイみたいなことが社会に実装され、先を行っていた。「写メ」みたいなものもそうです。
武藤 世界の中ですごく進んでいたと思いますよ。
児玉 それがちょうどスマートフォンが登場した頃からヘゲモニーを取れなくなり、そのタイミングで社会のデジタル化も進まなくなってしまった。スマホに変わった頃から日本では残念ながらネガティブな方向に行ってしまったような気がしているのです。
武藤 確かにスマホが出てきた時に、iPhoneとAndroidの二大勢力に上手に乗れなかった。技術者の変なこだわりがあって、全メーカーが乗り遅れたんですね。もともと日本は真似が得意だったのに、変なプライドを持っていた感じがします。AndroidやiPhoneはそもそも日本で作っていないじゃないですか。
児玉 いろいろな理由があると思いますが、AndroidはLinuxですし、iosもBSD Unixに由来するカーネル(OSの中核プログラム)が使われている。そういうOSが入ってきた時に、ワークステーションとかPCのソフトウェア産業の厚みに勝てなかったのかなと思うのです。
おサイフケータイなどはいい例です。FeliCaというIDの規格はグローバルスタンダードにならなかったので、iPhoneがFelicaをサポートするまでもずいぶん時間がかかっています。
やはり今まで日本で作られていたインフラとスマホの機能セットが合わなかったので、そこが有効に活用されなかったということがあったのかなと思います。
武藤 変なこだわりで新しい良い技術に乗っていこうというモーメンタムが弱くなったと感じています。そもそも以前はパソコンも日本でかなり作っていたのを、結局、全部台湾などに設計を任せてしまい、設計できる人がいなくなった。技術の日本はどこに行ったみたいな感じがある。やはり母屋は全部譲ってはだめですね。最低限自分が持つべき技術は必要です。
加藤 しかし、同時に、ユーザーはものすごい勢いで成熟しているわけですよね。
武藤 ユーザーはもう世界の最先端に行っていて、リードしています。
児玉 新しい使い方は日本から出てくることは多いですよね。
武藤 そもそもベルに最初のケータイを供給したのは日本の東洋通信機という会社です。ここが最初にベルにPHSを供給したんです。すごいコアの技術を持っているところが昔に比べてどんどん減ってきているということは感じます。
成熟したユーザーの使い方
加藤 ユーザーは成熟していて、大学でも、学生のふるまいには、ちょっと教員側がついていけていないところもあります。
この間、1人の大学院の留学生が、話を聞いている時にいつもスマホを見ているから、ちゃんと話を聞いていないのではないかと思ったんです。でも、彼女は機械翻訳を使っていたんです。僕が日本語で話している時にタイプして、実は一生懸命クラスについていこうとしていた。そのデバイスが手元にあるということなのですが、私はそこまで想像が働かなかったんです。
GIGAスクールの話と一緒で、なぜそれが手元にあるかといえば、その場で検索したり、外にアクセスしたりできるというところがスマホの魅力の1つのはずですよね。
児玉 僕の博論のテーマはデジタル機器を使っている時に今、ここから切り離されてしまうということを問題提起していました。これだけスマホがユビキタスになっても、そのあたりの理解は改善できていない感じはします。
白土 以前はケータイが家族のコミュニケーションを減らしていくみたいなことも言われていたと思います。
でも、最初に武藤先生がおっしゃったように、コロナ下という社会状況によって、スマホは、まさに命をつなぐというか、そういうコミュニケーションデバイスとして急に意味が置き換わった。コロッと社会が変わったという印象があります。そこはまさに成熟したユーザーが手の平を返したというか。
児玉 白土さんもおっしゃっていたけど、スマホなどを介さない人間関係の割合が減ってきている気はしますね。そこを通さないとなかなか人間関係が保てないような。
武藤 うちは以前はご飯だよと子どもを声で呼んでいたんだけど、今はもうLINEで「めし」って言う(笑)。わざとベルをビビビビッと鳴らして。
児玉 夫婦間でも、家にいるけどLINEで会話をするという話もよく聞きますね。
加藤 よくけんかをしてLINEで仲直りするみたいな話も聞きます。直接、対面で謝らずにスマホで謝ると。
児玉 メッセンジャー機能で言えば、iPhoneはiMessageという独自のメッセージシステムを持っていますが、アメリカではグループチャットをする時にグリーンバブル問題というものがあるそうです。
Andoroidで入ると表示がグリーンのバブルになる。だからグループチャットの中で俺は青、おまえはグリーンみたいな差別が発生すると。デーティングアプリでグリーンバブルの人はデートにこぎつける確率が低いらしい(笑)。
武藤 それはiphoneの戦略じゃないの。
児玉 そう言われていますね。意図的に差別しているのではと。だからもうOSがアイデンティティになってしまっている。
加藤 アプリによっては、最初のリリースの時にはどちらかにしか対応していないみたいなのもあるから、そこで分かれてしまいますね。
白土 私たちより上の世代は、スマホ外のコミュニケーションが減ったよね、という文脈で話をしますが、若い世代にとっては、減ったという感覚すらないようです。一方で、スマホ上のコミュニケーションのより細かい部分での差異をすごく見ているなと思います。
先日、授業で今の時代やメディア状況を表している曲について聞いたのですが、「LINEの既読」「140字のふきだまり」のような歌詞がたくさん集まりました。昔だったら手紙や電話が来るのを待つみたいな表現だったものが置き換わっているのだと思いますが、単にメディアが変わっているだけではなく、非常に微細なところに情緒を感じているというか。
手書きの手紙や声が聞こえる電話にはぬくもりがあって、デジタルメディアにはそれがないのかというとそうでもなくて。それもコミュニケーションとして、すごく質感があるもののように受け取られているみたいです。
武藤 さらに最先端になると、見ていたけど既読がつかないようにしてますみたいなものがありますよね。
加藤 気をつかってわざと後で読むとかですね。つまり既読がついてしまうと、なんで返事が来ないんだと言われる。その意味では、みんなすごく気をつかっているのですよね。
VRという揺り戻し
加藤 スマホの先にあるものということでは、いかがでしょうか。
児玉 最近、VRのメタバースというものが流行ってきていますね。ちょっと実験してみると結構ソーシャルなサービスも多い。この前、アメリカ西海岸にいる同僚が退職するというので、VRで送別会をやってみました。
とても面白くて、アイコンタクトやジェスチャーなども結構できるようになってきています。メッセージの既読がどうのみたいな、デジタルの極北から少し揺り戻しというか、エンボディメントされたような体験が戻ってきているようなところが面白いなと。
一応握手はできました。ハグしようとしたら、これはソーシャルディスタンスだから不適切というのでブラックアウトしてしまった。VRでもソーシャルディスタンスなんだと(笑)。
こういうインタラクションが生まれてきているのが興味深い。今、メタのヘッドセットが世界で1000万台ぐらい売れたということですから、スマホの先ということで言うと、そういう新しい可能性もあるなと思います。
武藤 僕らは実際にVRを研究し、実際の産業で使えるようにしています。例えば建物を造ったりメンテナンス、また見積もりをする時など、VRで本当にそこにいるがごとくお客さんに見せられるような仕組みもあります。
現実なのかVRなのかがわからないぐらいに複雑なものを見せられるものもできている。三次元空間に見せるにはまだコンピュテーションパワーが足りないですが、おっしゃるようにそういう時代にもう明らかに近づいていて、ユーザーが先導し、技術側が最先端のユーザーを追っていくような形になってくると思います。
最近、僕が作ったもので言うと、AIの自動車のタコメーター。恐らくこれがもうスマホに組み込まれていくと思います。これはどれぐらいすごいかというと、99.99%以上の精度でいい運転と悪い運転を識別できてしまう。AIを組み込むことによって事故の起きない運転がスマホと連動してかなり現実味を帯びてくると思います。
児玉 「スマホが変えた社会」ということで言えば、恐らくいろいろなセンシングデバイスとAIをつなぐIoTのアプリケーションは日本にも増えてくるはずですが、メタのヘッドセットが今、客単価3万円ぐらいで売れるようになったことはすごい話なのです。
つまり、スマホの中に取り入れられているSoC(チップ)、半導体、その他センシングデバイスが非常に安くなった。僕が研究をやっていた頃、磁気の方位センサーはアメリカから取り寄せて、船舶の航行に使う20万円くらいのものを使っていた。
武藤 今は数百円だからね。
児玉 もうそれらがスマホの中に何でも入ってしまっている。それによってコンピュータのハードウェア、センサー類などの価格が劇的に下がり、他のいろいろな機器に応用がきくようになった。それが産業に与えた影響はとても大きいと思います。
武藤 センシングデバイスが安くなった理由の1つにはドローンの普及もありますね。あれはセンサーの固まりで、ドローンが急速に普及したことでチップの値段が劇的に下がり、それがまたスマホにのっかってさらに安くなった。AIと融合して、またさらに先を行くスマホのようなデバイスがどんどん出てくる可能性は非常にありますね。
2022年4月号
【特集:スマホが変えた社会】
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