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【特集:スマホが変えた社会】
松久直司:やわらかさが実現する次世代ウェアラブル情報端末

2022/04/05

  • 松久 直司(まつひさ なおじ)

    東京大学生産技術研究所准教授、慶應義塾大学理工学部客員准教授

ウェアラブルデバイスの課題

アップルウォッチに代表される、腕時計型や指輪型のウェアラブルデバイスの普及が進んでいる。2021年にスマートウォッチのユーザーは世界で1億人を超え、ウェアラブルデバイスがスマートフォンのように当たり前になる時代がすぐそこに来ている。腕や指に取り付けることで心電図や血中酸素濃度、活動量などのヘルスケアの情報を長期間モニタリングしたり、スマートフォンの情報(メールやニュース、天気など)にアクセスしたりできるようになる。

とくにヘルスケアの機能は、長期モニタリングによって定期的な診察では見つけられないような病状の発見や、人工知能(AI)と組み合わせた高精度な自動診断も可能になる。医療従事者の方々の負担を増やすことなく、病気の経過観察や未病の抑止に役立てられるため、現代人の健康管理に非常に有用であると期待されている。COVID-19のパンデミックや後期高齢者の増加により医療資源が逼迫しやすい現代においてますます重要性が増している。

ウェアラブルデバイスによるヘルスケアを実現していく上で一番の課題とされるのが着け心地である。現在市販されているウェアラブルデバイスは物理的に硬いため、柔らかい身体に装着した時にどうしても違和感が残ってしまう。そもそも装着の違和感を理由に腕時計すら着けたがらない人も多い上、乳幼児や認知症の高齢者は体表面に取り付けられたものを異物と認識して外したがってしまう。また、スポーツ選手のトレーニングの管理などにもウェアラブルデバイスの活用が期待されるが、本来の動きを妨げてしまうと結局装着してもらえない。さらに着け心地の観点で小さくせざるを得ないため、ディスプレイの大きさ、取得できる生体信号の品質を決める皮膚との接触面積などが小さくなってしまう。装着箇所も腕や指などに限定されてしまうため、計測できる生体信号の種類や品質も制限されてしまうという課題があった。

伸縮性電子材料が実現する柔らかいエレクトロニクス

そこで、我々の皮膚のように柔らかく伸縮性を有することで、大きくしても着け心地がよく装着したことを忘れてしまうようなウェアラブルデバイス(図1)の実現が期待されている。

図1  伸縮性によって皮膚と一体化するウェアラブルデバイスのイメージイラスト

柔らかい電子デバイスは、着け心地がよいだけでなく皮膚の微細な凹凸に対しても高い追従性を示すため、センサで取得した信号をより高品質にでき、装着者の動きに対してもずれにくくノイズを低減できる。さらに本デバイスにより手の甲全体を情報端末として活用できれば、十分な情報を提示・操作できるため、ユーザーはスマートフォンを合わせ持つ必要がなくなる。

このような伸縮性デバイスを実現する上で肝となるのが、柔らかく伸び縮みする電子材料の開発である。シリコンに代表される従来のエレクトロニクスの材料は硬くて脆いものが多い。最近になってフレキシブル(=曲がる)ディスプレイを搭載したスマートフォンが市販されるようになったものの、皮膚は元の長さの1.3倍程度、関節は2倍以上に伸縮することを考えると不十分であった。

伸縮できるゴムと言えば電気を流さないものの代表だったが、最近になって従来のエレクトロニクス材料と比べても遜色ない導電性を示す伸縮性導電材料が次々と開発されている。筆者も世界最高導電率の印刷できる伸縮性導体材料の開発などに取り組んできた*1(図2)。導電性高分子やカーボンナノチューブ、金属ナノ材料などの電子ナノ材料を用いることで、元の長さの4倍以上に伸ばしてもほとんど導電性を失わない材料が開発されている。中でも低コストで高い電気特性を示す伸縮性導電インクは、世界中のさまざまな材料メーカーによってすでに商品化まで進んでいる。これまでにさまざまな伸縮性導電材料を組み合わせることで、伸縮性のある歪・温度センサ、電池などが実現されている。

図2 印刷で形成された伸縮性導体の驚異的な伸長性

伸縮性半導体デバイスの可能性

最近では高性能な伸縮性半導体材料も開発されている。伸縮性導体と組み合わせることで生まれた、伸縮性の光センサやディスプレイ、集積回路などが報告されている。これらは非伸縮性の半導体デバイスと比較するとまだ発展途上であるものの、図1に示すようなウェアラブルデバイスを実現する上で必要な要素が着実に揃いつつある。

筆者も伸縮性半導体を用いた電子デバイスの開発に取り組んでいる。伸縮性半導体デバイスの大きな問題点の一つに駆動周波数が低い(=動作速度が遅い)という問題点があった。筆者はさまざまな材料開発を進めることで、伸縮性半導体デバイスで世界初の13.56MHz(メガヘルツ)での駆動に成功した*2。13.56MHzという周波数は駆動周波数の大きな目標の一つで、ワイヤレス給電用の電磁波の周波数でもある。SuicaやICOCAなどの交通系ICカードの通信にも用いられる。

開発した伸縮性高周波デバイスを伸縮性のアンテナ・センサ・ディスプレイと集積化し、伸縮性のセンサとディスプレイを搭載したシステムがワイヤレス給電で駆動できることを示した(図3)。柔軟な皮膚に貼り付けたデバイスに対して給電用のケーブルを取り付けることは非常に難しいが、本技術により例えば服や机に仕込んだアンテナを用いて、手軽に次世代ウェアラブルデバイスに給電できるようになる。

図3 伸縮性高周波ダイオードによる伸縮性ワイヤレスシステム

ウェアラブルデバイスのその他の開発動向

柔らかさに加えて、これまでのウェアラブルデバイスでは検出が難しかった生体信号を測定できるようにする研究も盛んで、汗の中からバイオマーカーを検出するデバイスが実現されている。例えば、糖尿病の指標となるグルコース、ストレスレベルの指標となるコルチゾールなどの検出が達成されている。従来、これらのバイオマーカーセンシングには、血液の採取と大型の検出装置が必要であった。

また、長期にウェアラブルデバイスを装着することを考えると、汗で皮膚が蒸れたりデバイスが剥がれたりしてしまう問題について考える必要がある。汗を透過するための小さな穴を空けたり、水蒸気透過性を高めたりすることで、1週間を超える長期間連続で装着しても皮膚に炎症を起こさないことが確認されている。

本稿で紹介した柔らかく皮膚にピタッと密着するウェアラブルデバイスは、貼り付けるだけで我々の身体の機能を拡張できるデバイスとも言える。ヘルスケアや情報端末としての応用にとどまらず、メタバースなどの文脈で注目される拡張現実・仮想現実(AR/VR)のためのインターフェースや、ロボットの電子人工皮膚としての活用も期待されている。

〈注〉

*1 N. Matsuhisa, et al., “Printable elastic conductors by in situformation of silver nanoparticles from silver flakes” Nature Materials 8, 834-840 (2017).

*2 N. Matsuhisa, S. Niu, et al. “High-frequency andintrinsically stretchable polymer diodes” Nature 600, 246-252(2021).

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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