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【特集:スマホが変えた社会】
座談会:ユーザーが先導する未来のモバイル

2022/04/05

ユーザー先導型の社会へ

武藤 20世紀はどちらかというと技術者や科学者が先導していたのだけど、今の話のように明らかにユーザー先導型になったわけですよね。ユーザーが先導し、それに技術をサプライすることで社会現象が起きている。

ユーザー先導型がもう明らかになっている世の中では、どのように社会を面白い方向に、いい方向に向かうように社会が誘導していくかが一番の課題かなという感じはします。

加藤 白土さんはいかがですか。

白土 ユーザー先導型と関連すると思うのですが、常時接続がすごく増えましたよね。よく中高生が試験勉強中、緊張感を保ったり、仲間と励ましあうことを目的にずっとLINEをつなげていると言われています。あるいは、ゲーム中ずっとDiscord(ディスコード:ゲームのアプリ)をつないでいるのもよく知られていますが、これらはスマホがコンピュータ化して常時接続しているからできることですね。

ベルが電話を最初に発明した時、遠くの人の声が耳元で聞えるようになったということがすごく重要だったと言われています。それが、遠いところにいるのに心理的に近いという「心理的近隣」という効果を生み出したのですね。今の社会に照らし合わせてみると、常時接続というのは「心理的たまり場」を生んでいると思っています。

武藤先生がおっしゃったようにユーザー先導でどんどんそういう文化が生まれ、それでまた違う技術が生まれる。それに私たちもまた適応していくというサイクルがとても早く回っていると感じます。

武藤 重要な話ですね。先日、NTTの幹部に、日本の携帯電話の料金体系はだめだと話したんです。ヨーロッパはアクセスのスピードで料金が決まる。何ギガ使ったとか、ちまちましたことは言わないんです。だから、常時接続が当たり前であれば、それにアクセススピードだけで料金体系を決めたほうが経済的にもいいんです。日本はそこがまだ遅れているんです。

オペレーターも料金の計算にすごい手間とお金をかけている。これから皆をハッピーにさせるためには、今の無駄な部分をただ外せばいいだけなのです。そうすると月にどれだけ使っても低料金でいけます。そういう社会に早くしないといけない、という話をしたら向こうは皆ノーコメント(笑)。

児玉 私はMVNOをやっていたので、まさにその世界でした。結局どれだけドコモさんの帯域を使ったか、われわれのようなMVNOの事業者は課金をしなくてはいけなかったので、そのパケットコントロールを細かくやることが仕事みたいになっていました。

武藤先生のお話を伺って思ったのが、インターネットというのはたくさんのネットワークが集中化されているのがいいところのはずなのに、モバイルネットワークになるとラストワンマイルみたいなところは非常に独占的な一部の事業者、モバイルキャリアが握ってしまう。モバイルのあり方を考える上で、必ずケータイキャリアというネットワークを通らないとインターネットにつながらないということは大きなことだと思います。

武藤 どのデータも日本中に張り巡らされたNTTの土管を使うしかないですからね。この上で皆が踊らされているので、料金をきちんと定額制にしろ、というメッセージは出したほうがいいと思います。

常時接続で出現した世界

加藤 常時接続が当たり前になったことで、面白いなと思ったのは、いろいろなことを「待たなくなる」というイメージを持つようになったという点です。常にオン(待ち受け)だからいつでもすぐ反応できるというわけです。しかし一方、実はいつも待っているのではないかという考え方もできる。

例えば、よく話に出るのは、僕たちが学生の頃はケータイがないから、待ち合わせの時はひたすら待っているしかない。だけど、今の学生は、「何時に渋谷」ぐらいしか決めていなくて、なんとなくその時間に渋谷にいて、そこでつかまえてもらう。だから「待ち合わせがなくなった」と言う。

しかし、よく考えると、常時接続は常に待っていなければならないということなので、実は待ち時間は増えているのかもしれない、と考えることもできる。常時接続によって変わってしまったことは何かありますか。

白土 画面上で「見えている人」と「見えていない人」がいるな、ということはすごく感じています。例えば街中でちょっと暇な時間ができた時、誰に声をかけようかとSNSを開いて、声をかけるのはきっと何かしら投稿している、タイムラインにいる人ですよね。その意味では、常時接続によって不特定の相手を待つことができるようになったのかもしれません。

また、もう1つ感じるのは、SNSで何もアクションをしない人の存在です。例えばフェイスブックでは、自分のタイムラインに登場する人は友達だと認識されますが、ずっと投稿しない人は、いつの間にかいないことになってしまう可能性がある。

加えて、ある人はいつも誰かから声がかかっているということも公開範囲の中では見えてしまって、あの人は人気だな、活躍しているなと可視化されてしまう。富める者はますます富むみたいな優先的選択が、人間関係ですごく見えやすくなってしまっていると思います。

「待つ」ということも、「見えている人」にとってはよいのかもしれないけど、「見えていない人」、あるいは投稿しづらい人は結構難しかったりするのかなと感じています。

加藤 乱暴に言うと、友達が増えているようでそれほど増えてないみたいなことですかね。

白土 そうかもしれません。あと、交流がスマホ画面に見えている範囲だけになってしまっているというか。そこで全ての人が見えていればいいのかもしれませんが、見えなくなっていってしまった人がどうなっていくのか。

先ほどスマホの外側とおっしゃいましたが、発信しないことで人的ネットワークからどんどん遠ざかってしまうということもあるかなと思います。

スマホが有効利用されない日本

児玉 一方でデジタル化を阻んでいるものもあると思うんですね。ちょうどニュースで、文科省のGIGAスクール構想で導入したコンピュータがあまり積極的に活用されていないという記事を読みました。その大きな理由の1つが、授業中に勝手に検索されたりすると授業の進行を乱すからと言う。

武藤 それは違うよ。真逆だよね。OECD諸国でもデジタルを活用した社会ということでは日本は今は情けないかな最下位です。昔はトップだったのに。政府自身が今頃デジタル庁を作ったり、もう遅れに遅れている。

年金をもらうようになってわかったのですが、アメリカは、年金の申請は1ページの書類で1カ所に名前とソーシャルセキュリティ番号を書くだけです。これで全部自動的に書類ができる。日本は十何ページ書いて出すと郵便でここを書き直ししなさいと戻ってくる。これに1カ月かかる。しかも政府の書類なのに戸籍謄本なども出さないといけない。どうなっているのと思います。

児玉 ちょっと信じがたいこともありますよね。コロナの陽性者の登録がシステム的に追いつかないという話もあります。HER-SYSという陽性者登録管理システムとCOCOAはつながっているのですが、HER-SYSの登録も、医療機関から保健所への連絡がファックスで行われているので、保健所の対応が全然追いつかないと言われている。パンデミックの対応に非常に大きな影響を与えていますね。

武藤 バックエンドでしっかりしたデジタルの仕組みができていれば、スマホが有効利用されて、すごく社会に有効になるのだけど、マイナンバー利用そのものが省庁ごとにばらばらで、横軸にシームレスにつながっていない。

アメリカはソーシャルセキュリティ番号ですべて横につながっている。ここがやはり大きな差で、社会にちゃんと還元されて有効利用されている。今の日本はその当たり前の話が通用しない社会になっているのが残念でしょうがないのです。社会と上手にデジタルが結びついて、スマホが上手くつながっている感じがしない。

児玉 ただ一方、最近出たワクチン接種記録のアプリのほうは非常に出来がよくて、バージョンアップもどんどんしているし、頑張ってやっているかなと思います。バックエンドの情報更新も非常に速いので、そういう明るい動きが日本にも出てきているということも一応あります。

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