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【特集:公園から都市をみる】
公園から変わる都市──ニューヨークとロンドンの模索

2021/06/07

  • 坂井 文(さかい あや)

    東京都市大学都市生活学部教授

公園とグローバリゼーション

グローバリゼーションの進展とともにヒト・モノ・カネ・情報がボーダレスに流れる社会は、現在、新型コロナウイルス感染症拡大によってヒトの移動の制限を受けている。ステイホームのなか、私たちヒトは空間が圧縮されたオンラインで仕事などの社会活動を進めながらも、住宅や周辺の地域といった圧縮されていない実空間を体感し、その身体は都市の中にゆとりあるオープンなスペースを求めるようになったと思える。国土交通省による2020年8月の生活行動調査では、「公園、広場、テラスなどゆとりある屋外空間」が「充実してほしい都市空間」のトップになった。

公園を含む屋外空間の再生は、グローバル化が著しい大都市ニューヨークやロンドンでこの数十年の間に進んだ。碁盤の目の道路で構成されたニューヨークの街を斜めに走るブロードウェイでは、かつての車道の一部にイスや植栽が置かれ、人々がくつろいでいる。ロンドンの金融街シティでは、小規模でも公園のみどりの空間を充実させ、街角にベンチを設けるなど、屋外空間の整備に力を入れている。都市のアイデンティティともいえる特色ある都市空間を、快適に安全に楽しむための公共空間を生み出す模索の背景には、文化の均質化も危惧されるグローバリゼーションに抗う固有の場の創造に向けた動きがあるとも言える。

もちろん日本においても、2017年には都市公園法の改正によってパークPFI(公募設置管理制度)が設けられ、公園の利活用の促進が、また昨年には都市再生特別措置法の改正を通して居心地よく歩きたくなるまちづくりを目指した公共空間の修復や利活用の推進が示されている。さらに国土交通省の「デジタル化の急速な進展やニューノーマルに対応した都市政策のあり方検討会」では、生活の質や利便性の向上に資する都市施設の柔軟な利活用についても議論された。

公園を含む公共空間に新たな価値を見出すこうした一連の動きの背景には、ニューヨークやロンドンの様々な取組みのもともとの契機と同様に、成熟した都市が直面した施設の老朽化や財政の課題への対応がある。ロンドンやニューヨークの取組みには、一足先に政策を進めた分、多様な人々がともに生活するグローバルな都市のなかで、より快適な時間を過ごすための場をつくりだし、継続的にマネジメントするためのしくみづくりへの展開をみることができる。

市民活動から公園再生へ

1970年代のアメリカでは、行政財源の縮小化の波を受け、管理の行き届かない荒廃した公園が現れる。アメリカの都市公園の祖とも言えるニューヨーク・セントラルパークも例外ではなかった。

セントラルパークの再生を市民団体の形成からはじめた環境デザイナー、エリザベス・バロー・ロジャースは、セントラルパークを再生するボランティア活動の担い手と寄付を募るために、「あなたの時間やお金でセントラルパークを助ける32の方法」と題した記事を雑誌『ニューヨーク』に投稿する。記事の掲載から1週間もしないうちに多くの手紙と小切手が届けられ、それまでの市民団体を統括する形で、ニューヨーク・セントラルパーク・コンサーバンシー(NYCPC)は誕生した。1980年末のことだった。

NYCPCは、壊れたままになっていた噴水や彫刻の修復、手入れの行き届かない植栽の立て直しなどの環境改善からはじめ、来園者へのガイドや音楽コンサート開催などのサービスの提供を行った。また公園や利用者の実態調査を行い、その結果をもとに市の公園課との協働によって公園の再整備計画を策定するとともに、実施に向けた人材や財源の確保の多くの部分を担当している。活動の資金は主に寄付から得ているが、市民による寄付やボランティア活動も多く、セントラルパークとその再生活動がシビックプライドと言われる市民の地域への愛着の醸成にも連動していることが窺える。また多くの経済波及効果も生んでいる。たとえば公園の周辺では活発な不動産売買や都市開発が展開されており、高層住宅やホテルの建設も進んでいる。

現在では、コンサーバンシー(自然環境保護団体)による公園マネジメントは、アメリカの多くの都市の代表的な公園に導入されている。さらに、ニューヨーク市内ではNYCPCの活動を通して得た技術を活かし、身近で小規模な公園の運営をサポートする体制がつくられ、市民が公園を利活用しマネジメントに関わるしくみが展開されている。

企業による公園の再生

1970年代の同時期、ニューヨーク42丁目通りのブライアントパークも、公園の管理が行き届かず人々が避ける場所になっていた。公園の周辺で事業を展開する企業が中心となって組織を立ち上げ、公園の全面的な再整備とその後のマネジメントを担うために利用したのがBID(Business Improvement District)というしくみであった。

BIDとは、ビジネスを展開しているエリアの環境を継続的に向上させるために設定される特別区で、事業者から徴収する特別税をもとにエリアの清掃や防犯といった活動を行う。ニューヨーク市にはアメリカでも最多の70カ所を超えるBIDがある。

公園の再生に向けてNPO組織は、公園への限定的なアクセスや鬱蒼とした植栽といった空間上の問題や、多様な利用のニーズへの対応不足などの運営上の課題について専門家からアドバイスを受け、再整備の計画をつくり上げていく。その間、公園の管理者である市の公園課と協定を結び、公園の再生とその後の管理運営を担うこととなる。先のBIDは、その財源を確保する手立てでもあった。

近年のブライアントパークは、年間1200万人が訪れる、周辺のビジネスマンや観光客に人気のスポットである。人気の理由はいくつもあるが、まずは清潔に保たれた園内には季節ごとの花々がいつも咲き誇り、腰掛ける場所が多く用意され、人々は移動可能な椅子を自分好みの場所に移動させることで公園に自分の居場所をつくり楽しめることが挙げられる。さらにゲーム用具の貸し出し、新聞や本が自由に読めるブックスタンド、回転木馬などなど、子どもから大人まで楽しめる仕掛けが揃っている。そして、ミニコンサート、大道芸、朗読会といった受動的なイベントから、能動的に参加するヨガ教室など、いつも何かしらのイベントが無料で行われており気軽に参加できる。こうした様々な仕掛けが、ふらっと寄っても何かしら楽しい時間を過ごせる公園というイメージをつくり上げている。

ブライアントパークの再整備とその後の運営の成功は、周辺の不動産の価値を確実に上昇させ、周辺建築物の建替えも進んでいる。新たな都市開発に伴い整備された一般に公開される公開空地は、ブライアントパーク効果とも呼べる、それまでとは全く異なる緑豊かで快適に過ごせる空間となった。

こうした市民団体や非営利組織、また企業による、公園の環境を向上させ利活用していくアメリカの動きの背景には、1970年代に荒廃していた公園を改善したいという活動の契機が最初にあった。また、時の政治や経済の状況に左右されずに、再整備などを通して立て直した公園の環境を持続可能なしくみで維持管理し、その活用によってよりよい都市環境をつくり出すというビジョンがあった。

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