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【特集:ポピュリズムをどう捉えるか】
欧州統合とポピュリズム──「リベラルEU」対「反リベラル・ポピュリズム」

2020/02/05

欧州ポピュリズムと「奪EU」──欧州議会ルートと政府間ルート

2019年10月に行われたEU世論調査(Eurobarometer)によれば、EU加盟を良いことであるとみなす国民の割合はEU28カ国平均で59%、イギリスでは42%、また、悪いことであるとみなす国民の割合は28カ国平均で11%、イギリスでは24%であった。このように、反EUの国民感情が根強いイギリスはポピュリスト政治家のファラージ氏の扇動などにより2016年国民投票で「脱EU」を決め、ついに2020年1月末に離脱が実現することになった。しかし、欧州大陸ではEU市民の大多数がEU支持派であるため、各国のポピュリスト政党はほとんどの場合、「脱EU」ではなく「奪EU」を追求している。すなわち、EUの政策決定に影響を及ぼし、究極的にはEUを乗っ取り「専制化」して、自分たちに都合のよいように欧州統合を組み換えようと図っている。具体的には「アラカルト欧州」という方式を採用して、欧州統合を単一市場など国益に適う範囲に縮小して、EUから権限を奪還することを意味する。こうした「奪EU」には2つのルートがある。1つは欧州議会ルートであり、もう1つは政府間ルートである (図参照)。

出典: 庄司克宏『欧州ポピュリズム── EU 分断は避けら れるか』筑摩書房、2018 年、131 頁を加筆修正。

第一に欧州議会ルートでは、各国ポピュリスト政党の議席合計が総議席751(イギリス離脱後は705)の過半数または第一党の地位を制することにより、EU立法と予算をコントロールすることが目標とされる。ただし、欧州議会は閣僚理事会とともに共同決定権を有するが、各国下院(日本では衆議院)に相当する存在ではなく、そこでEUの「政権交代」が起こることはない。とはいえ、欧州議会はEUで唯一直接選挙される機関として、EUの民主的正当性の源とも言える存在であるため、とくに選挙での多数派確保を絶対視するポピュリスト政党にとって、そこでの支持拡大が不可欠であるとみなされている。

オルバン首相は、反移民・難民政策がEU全域で有権者の支持を集めることができると考え、2019年5月の欧州議会選挙に全精力を集中させるよう支持者に求めた。そのようにしてフィデス党が属する中道右派グループの欧州人民党(EPP)で影響力を拡大し、リベラル・デモクラシーに終止符を打つことができると計算したのである。しかし、その選挙の約2カ月前にフィデス党が「法の支配」原則の違反を理由にEPPから資格停止処分を受け、オルバン首相は出鼻をくじかれることとなった。

他方、イタリアの「同盟」党首で移民・難民排斥を主張するサルヴィーニ内相(当時)は、欧州議会選挙を前にして「コモンセンス欧州」を唱え、各国のポピュリスト政党が大同団結して欧州議会で統一会派を結成する構想を表明していた。「同盟」(28議席)が参加する「アイデンティティと民主主義(ID)」会派には、フランスの国民連合(22議席)、「ドイツのための選択肢(AfD)」(11議席)の他、六カ国の政党が加わったが、合計議席数は73にとどまり、過半数に遠く及ばなかった。EPPで資格停止中のハンガリーのフィデス党は13議席、また、「欧州保守・改革(ECR)」会派に属するポーランドの「法と正義(PiS)」党は26議席を獲得したが、ID会派には合流しなかった。

第二に政府間ルートでは、各国首脳が出席してEUの基本方針やトップ人事を決定する欧州理事会(EU首脳会議)、また、各国政府の閣僚が10の政策分野ごとに参集し、EU立法以外にも広範な決定権限を持つ閣僚理事会が、ポピュリスト政党のターゲットとなる。欧州理事会および閣僚理事会は、全加盟国のコンセンサス形成を政策決定の基本としている。ポピュリスト政党が自国において単独政権または連立政権を形成することにより、その政党に属する政治家が欧州理事会や閣僚理事会でコンセンサスの形成をブロックすることや、譲歩を引き出すことも可能となる。

そのような事例として、2019年のコミッション委員長候補の選出プロセスがある。コミッション委員長候補は、欧州理事会が欧州議会の選挙結果を踏まえて協議した後、特定多数決(この場合、加盟国数の72%+EU人口の65%)により決定し、欧州議会に提案することになっている。その際、欧州理事会で各国首脳は、加盟国の地理的位置や人口規模のバランスをとりながら、欧州理事会常任議長およびEU外務・安全保障上級代表の人事も同時に考慮することになっている。これに対し、欧州議会は選挙で第一党となった政党グループの筆頭候補を委員長候補とするよう要求している。

2019年5月の欧州議会選挙では、中道右派のEPPが182議席で第一党、中道左派の社会・民主進歩連盟(S&D)が154議席で第二党であった。EPPの筆頭候補は、ドイツのキリスト教社会同盟(CSU)に属するヴェーバー議員であったが、マクロン仏大統領の反対に遭い、見送られた。そこで、S&Dの筆頭候補であったオランダのティマーマンス氏(前コミッション筆頭副委員長)が、仏独、スペインおよびオランダの支持を得て次期コミッション委員長候補として浮上した。しかし、ティマーマンス氏は「法の支配」原則違反でポーランドとハンガリーを非難し、是正を強硬に求めた経緯があったため、その両国に加えてチェコとスロヴァキアから、EUをとりまとめるのに適任ではないとして拒否された。その結果、ドイツの国防相であったフォン・デア・ライエン氏が委員長候補に選出された。このように、フォン・デア・ライエン氏は、ポピュリスト政権国の支持を取り込んで委員長候補になった。しかし、欧州議会選挙で第一党の筆頭候補とは無関係に選出されたため民主的正当性が弱いとみなされ、欧州議会の構成員の過半数(その時点では374票)による承認投票では僅差の383票で承認された。その賛成票には、ポーランドのPiS党およびハンガリーのフィデス党に属する欧州議会議員の票が含まれていたとされる。これは、フォン・デア・ライエン委員長が今後のEUの運営にポピュリスト政権国の支持を当てにする必要から、ポピュリスト政党に微温的な態度を示す可能性があることを意味する。

その証左として、2019年9月、フォン・デア・ライエン次期委員長は他のコミッション委員候補とともに一体として欧州議会の最終承認を得る前に、各委員候補の担当職務を公表した際、その中に副委員長の一人が「我々の欧州生活様式を保護する」と称する政策分野を統括することとされ、そこには移民・難民、雇用、治安、文化、教育などが含まれていた。これに対しては、移民・難民排斥を唱える仏国民連合のルペン党首が「イデオロギー的勝利」と賞賛する一方 、移民・難民と犯罪増加を結びつけるポピュリスト政党の主張を宣伝するようなものであるとして、中道左派や中道派の欧州議会議員が反対した。結局、フォン・デア・ライエン委員長が政策分野の名称を「我々の欧州生活様式を促進・・すること」(傍点筆者)に変更することで妥協が成立した。しかし、この対立は、EU首脳間でコミッション委員長候補を決定するプロセスで示されたポピュリスト政権国のEUへの影響力を見せつけるものと解釈されている。

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