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【特集:ポピュリズムをどう捉えるか】
欧州統合とポピュリズム──「リベラルEU」対「反リベラル・ポピュリズム」

2020/02/05

  • 庄司 克宏(しょうじ  かつひろ)

    慶應義塾大学大学院法務研究科教授・Jean Monnet Chair ad personam

はじめに──欧州ポピュリズムの構造的要因

民主主義国家では、国家として国民全体の福利のためにどうしても必要な政策であっても、有権者に不人気なものであるならば政治家は選挙で敗北し、行うべき政策を実現できないということが往々にして生じる。そのような場合、ポピュリスト政党が大衆迎合的な政策を打ち出して支持を広げることがある。このため、政治家は権力にとどまるために有権者受けする政策を採用せざるを得ない。しかし欧州では、欧州連合(EU)という仕組みを活用することにより、加盟国の政治家たちは自国民に不人気な政策を実行することができる。つまり、その責任をEUに押しつけるのである。

これが可能となるのは、EUが選挙によらないテクノクラート的な非多数派機関を中心に運営されているからである。これは、EUという政体の中で「野党」を組織する権利が欧州市民に与えられていないことを意味する。直接選挙される欧州議会が存在するものの、そこで過半数を制する政党が「EU政府」を組織するわけではない。すなわち、欧州レベルに政府・野党関係が存在しないのである。このため、欧州市民はEUそれ自体に対する「野党」を組織せざるを得なくなる。その結果、EUそのものを否定し、国家主権の「奪還」を主張する欧州ポピュリズムが登場することになる。言い換えれば、EUは欧州にポピュリスト政党をもたらす構造的要因なのである。それは、とくに欧州懐疑主義、ナショナリズム、反既成勢力などを共通項とする右派ポピュリスト政党に当てはまる(本稿ではそれらの政党を念頭に置いている)。

このようなEUという仕組みは、物・人・サービス・資本の自由移動を意味する単一市場の構築までは機能した。しかし、それを越えて数多くの政策分野で共通ルールが各国法に優先するようになると、次第に反EU感情が高まり、とくに2015年難民危機で頂点に達した。100万人を超える難民が域内に流入する事態に直面したEUは、加盟国に難民受け入れを強制的に割り当てようとした。それを契機に、西欧諸国の排外主義的ポピュリズムと、ハンガリーやポーランドの反リベラル・ポピュリズムが、反移民・難民を主張して台頭した。また、「欧州グリーン・ディール」を最優先目標とするEUにおいて、石炭産業が依然として重要な地位を占めるポーランドやドイツ東部などでポピュリスト政党が気候変動対策に反対して支持を集める傾向も見られる。以下では、とくにリベラルEUと反リベラル・ポピュリズムの対立という視点から論じることとする。

「リベラルEU」対「反リベラル・ポピュリズム」

EUは「憲法」に当たるEU基本条約に、価値規範として人権・民主主義・法の支配を定めている。それらの規範を含む加盟条件はコペンハーゲン基準と呼ばれる。EUに加盟したい国はその基準を達成することが求められ、加盟交渉の過程で厳しい審査を受ける。ところが、その基準は加盟条件であって、加盟継続の条件ではない。EU加盟後に加盟国が人権・民主主義・法の支配に違反しても、EUが直接介入する権限はほとんどない。EUにあるのは、加盟国の投票権を停止するなどの権利停止手続のみであり、その発動には対象国を除く全会一致が必要とされる。コペンハーゲン基準に違反した国を除名することはできない。

しかし、EUの価値規範に公然と異を唱える加盟国が登場した。フィデス党を与党とし、オルバン首相が率いるハンガリーである。オルバン首相は2014年、中国やロシアをモデルに「反リベラル国家」を建設すると宣言した。また2018年には、リベラルではないキリスト教民主主義を主張して「反リベラル・デモクラシー」を掲げ、多文化主義、開放的な移民・難民政策、LGBT(性的少数者)などを否定する立場を表明した。

「反リベラル・デモクラシー」を実行することにより、オルバン首相は実際にはポピュリズムの正体を現している。それは同義反復的であるが「反リベラル・ポピュリズム」と形容することができる。すなわち、選挙による多数派の民意を実現するためと称して、「リベラル」の柱である権力分立、司法権の独立、メディアの中立性、移民・難民を含む少数派の保護(以下、「法の支配」と総称)を、憲法や法律の改正により無力化して「専制化」する一方、バラマキ経済政策により選挙民の支持をつなぎ止めて政権延命を図っている。このような手法はポーランドの「法と正義(PiS)」党政権からも模倣されている。

ちなみに、フリーダム・ハウスによる「2018年世界における自由」ランキングで、イギリスを含むEU28カ国中、19カ国が90点以上であるのに対し、ポーランドは84点にとどまり、ハンガリーに至っては(東チモールと同じ)70点でEU内最下位であり、「一部自由」な国として位置づけられている。

これに対してEUは、コミッション(EUの政策立案・執行機関)、欧州中央銀行やEU司法裁判所など、選挙によらない独立の非多数派機関を中心に運営され、欧州全体の利益のために各国の主権を制限する形で欧州統合を進め、リベラリズムを体現している。ポピュリスト政党は、このような「リベラルEU」を敵視する。EUはハンガリーとポーランドに対して「法の支配」原則違反を理由に権利停止手続をすでに発動しているが、両国は意に介していないようである。それぞれの権利停止手続で相互に拒否権を行使すれば制裁を免れると思っているのかもしれない。

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