三田評論ONLINE

【特集:「在宅ケア」を考える】
病院からの在宅ケアの支援

2019/12/05

どのような在宅ケア機関につなぐか

厚労省も在宅医療の推進を図っており、地域によるばらつきはあるものの、訪問看護師、訪問診療医から医療的支援を受ける在宅ケアの体制は整えられてきた。また、年齢など条件が合致すれば、介護保険のサービスも利用することができる。

従って、以前と比べると、本人や家族に自宅で過ごしたいという思いがあれば、医療機器が必要な状態であっても、在宅ケアへの移行は可能である。勿論、在宅ケアは、病院のように、すぐに医師や看護師が駆けつけられるわけではない。本人と家族だけとなる時間があることに対して覚悟は必要であるが、病院という非日常の空間の中で管理された生活ではなく、住み慣れた自宅で、その人らしく過ごす時間の価値は代えがたいものがある。

それでは、退院に当たって、病院から在宅ケアの医療機関につなぐ場合、何を根拠に選定するのがよいのであろう。筆者は、数年間、在宅ケアの立場から病院を見ていたのが、今は病院の立場から様々な在宅ケアの医療機関を見るようになって、日々考えるようになった。

その機関の得意分野や体制の充実度がニーズに合っていることに加え、お互いに人となりがわかる関係性の中でつなげられることが理想であろう。しかし、近隣だけでなく広い地域から患者が来ている現状では現実的ではない。筆者が、サポートを依頼する際に大切にしていることは、その方の今後起こりえる身体的な病状変化の予測と心理面の変化について速やかに共有できること、そして患者・家族の迷いに対し、寄り添うことができる医療者であること、この2点である。人はそう簡単に覚悟ができるわけではない。病状の変化によっても人は迷いを繰り返す。その迷いに寄り添うことのできる医療者がそばにいるかどうかで、在宅ケア継続の成否も決まって来ると思う。

在宅ケアの継続は、介護する家族にとっても負荷がかかるため、介護する家族が時に休養できる仕組みも大切である。医療的ケアの必要な方は、介護保険によるショートステイでは対応が難しいため、当院では千代田区との提携の下、医療依存度の高い方の医療ステイを定期的に受け入れる仕組みを整えている。また、一時的に病状が悪くなった時に、大学病院のような高度急性期病院では入院対象になりにくい程度の症状に対しても、在宅療養後方支援として入院を受け入れる仕組みもある。地域包括ケアでいう「ほぼほぼ在宅、時に入院」を実現するには、このような仕組みを整え、活用することも重要である。

人の生き方を支える

在宅ケアへの移行に当たり、家族は、誰が介護するのか、病状が悪くなったらどうすればよいのかと、対応の術がわからず不安になる。ひとつひとつ、在宅ケアに関わる担当者と共に具体的なサポートの仕組みと対応を整え、伝えていくことは必要である。しかし、在宅ケア移行の要は、本人がどのように過ごしたいかを言葉で表現することと、家族がそのことを理解し、本人の気持ちを叶えたいと思うかという点にあろう。

筆者が、在宅療養支援診療所にいた時の経験を紹介しよう。(一部事実とは変えて記述している)。

80歳代の男性で、慢性心不全で入退院を繰り返していた。その大学病院から、訪問診療医の協力で、自宅で過ごせる時間をできるだけ長くできればという依頼があった。しばらくは自宅で過ごしていたが、呼吸苦が強くなり、救急入院を避けることはできなかった。大学病院を退院して戻ってくると、本人は「救急搬送されて、治療後、退院してきても、またしばらくすると苦しくなる。同じことの繰り返し。何も悪いことはしていないのに」と悲しそうに語っていた。ある日、呼吸苦が強くなったと長女から連絡があり、緊急訪問に伺った。同行した医師は、「また入院すれば一時的に具合はよくなるかもしれないが、短い期間でまた体調が悪くなるのも事実。それだけ心臓がくたびれている状態。これから、どこで過ごしていたい?」と問いかけた。本人は強い口調で、「それは家で過ごしたいに決まっているじゃないか」と答えた。同居の長女は、本人の「自宅で過ごしたい」という迷いのない言葉を聞いて、覚悟ができたようであった。それからは訪問看護師と訪問診療医と連携しながらサポートを続け、年が明けた翌日の夜に自宅で眠るように亡くなられた。

後日、御家族から「大晦日に、紅白歌合戦を一緒にみて、年賀状を書きながら、宛先の親戚がどうのと話をした。年が明けて、孫からおめでとうと声をかけられて、嬉しそうに笑っていた。普段のまま過ごせて、本人の自宅にいたいという思いを叶えられてよかった」とお気持ちを伺った。今まで、自分が、治す医療にとらわれていたことに愕然とし、その人の生き方を支えることは、医療という言葉だけでは表しきれない価値があることに気付かされた忘れ得ぬ体験である。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事