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【特集:裁判員制度10年】
心理学から見た裁判員制度

2019/10/05

仮説を持つことの影響

裁判員も裁判官も、あらかじめ特定の仮説を持つことなく、法廷で提示される証拠を評価することが求められている。そして、法廷ですべての証拠が提示され証拠調べが終了したのちに、有罪無罪や量刑の判断をすることが求められている。しかし、職業裁判官は長年起訴された事件のうち99.8%が有罪となる環境で仕事をしており、「被告人は有罪である」という仮説を持たずに裁判に臨むことは困難であるかもしれない。これに対し裁判員は、ほぼすべての刑事裁判で有罪判決が出るような環境に身を置いているわけではなく、裁判員として裁判に参加する以上、公平な判断をしたいと強く思っていると考えられる。

では、裁判員は尚早に、被告人は有罪、あるいは無罪といった仮説を持つことはなく、したがって確証バイアスに捉われることも考えにくい、ということができるであろうか。実際には、右で述べたような有罪判決のみに接しているという環境だけが有罪無罪に関する仮説をもたらすわけではなく、マスコミの報道、特定の集団やある種の人物に対する偏見など、裁判員が仮説を持つ原因になる事柄は多数存在する。私たちの研究グループでは、中間評議における他の裁判員の意見が、裁判員に被告人の有罪無罪についての仮説を持たせ、それが証拠の評価や有罪無罪判断に影響を与えることがないか、実験的に確かめてみた*2

中間評議というのは、何日かにわたって行われる法廷での審理の途中で、それまでの証拠や論点を整理する、その時点での意見交換を行うなどのために裁判員と裁判官が行う話し合いを指す。ここで他の裁判員や裁判官の意見に触れることが、裁判員に仮説を持たせ、証拠の評価に影響を与え、さらには有罪無罪の判断に影響を与える可能性が考えられる。私たちの実験では、若い男が路上で老女のバッグをひったくり、その際老女に怪我をさせた事件の裁判概要を示した。被告人は、犯人が商店街に逃げ込み追跡者が犯人を見失った際に近くを通りかかって間違えられた、自分は犯人ではない、と主張している。証拠に決定的なものはなく、証拠から有罪無罪を判断することは困難な事案である。いくつかの証拠を示した段階で、中間評議で議論されたこととして、それまでに出てきた特定の証拠をめぐる他の裁判員の意見を、以下の4つの条件に従って示した。

(一)両意見提示条件:被告人が犯人であるとする意見、犯人ではないとする意見の両方を提示、(二)有罪意見条件:被告人が犯人であるとする意見を提示、(三)無罪意見条件:被告人は犯人ではないとする意見を提示、(四)中間評議なし条件:いずれの意見も提示しない。中間評議の意見を提示した時点で、被告人が犯人である可能性を尋ねたところ、有罪意見を提示すると犯人である可能性を高く見積もり、無罪意見を提示すると低く見積もることが示された。また、この時点での被告人が犯人である可能性の見積もりが、のちに示された証拠の評価を左右し、犯人の可能性を高く評価した者ほど有罪よりの証拠を高く評価し無罪よりの証拠を低く評価する傾向があり、さらに最終的に有罪の判断を下す傾向が見られた。

この実験の結果は、審理の途中で他の裁判員の意見に触れることが、早い段階で裁判員に仮説を持つことを促し、それが証拠の評価、取捨選択に偏りを持たせ、有罪無罪の判断にも影響を与えることを示唆しており、裁判員も確証バイアスに捉われる可能性があることを示している。

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