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【特集:「移民社会」をどう捉えるか】
「川崎」にある、多文化共生の姿──若者たちは何を夢見るのか

2019/07/05

We are Chain Gang

BAD HOPのメンバーも貧困家庭で育ったり、父親が元・アウトローだったり、朝鮮半島にルーツのひとつがあったり、様々なバックグラウンドを持つメンバーがいる。彼らの2015年の楽曲「Chain Gang」に「目みりゃ分かるこの街の子」「何より一人が嫌な奴ばっかり 物心つく頃に居た仲間なら多国籍でも」という歌詞がある。〝チェイン・ギャング〟とは互いの足を鎖で繋がれた囚人のことだ。BAD HOPはそれを地元のしがらみに囚われた自分たちになぞらえながら、「コリアン チャイニーズ 南米 繋がれてる 川崎のWe are Chain Gang」とラップする。彼らは御題目ではない多文化共生を体現しているのだ。

ただし、ラップ・ミュージックを広義の社会運動として捉えるならば、その負の側面についても考えなければいけないだろう。例えば、同ジャンルで歌われる過去の犯罪行為は、自分が如何に過酷な環境で育ったかを説明するものだが、それを経験していないと本物ではないという印象を与え、犯罪を再生産してしまうこともある。

また、2019年5月に川崎市多摩区登戸で無差別殺傷事件が起こった際、前述したT-Pablowの「川崎区で有名になりたきゃ 人殺すかラッパーになるかだ」という歌詞がTwitterで盛んに取り上げられた。そもそも、事件現場は川崎〝区〟ではないのだが、表現が広まっていく中で土地に対するスティグマを生み出してしまったとも言えるだろう。さらにややこしいのは、そのようなスティグマは地元の不良少年たちにとって勲章のようなものになり得るということだ。「ヤバい土地で暮らしているから、オレたちもヤバい(格好いい)んだ」というふうに。〝川崎国〟という言葉ももともとは川崎の独特さを揶揄したり、多文化性を差別するものだったが、その後、地元の不良少年たちが自嘲と自慢を込めて自称するようになっていった。

川崎区の多文化地区・桜本に住む若者も、別の土地から移住してきたため、川崎区民、桜本住民というアイデンティティを持っていない者も多かったが、それが2015年に同地をヘイト・デモが狙い、カウンターが起こったことによって地元愛が生まれるという流れがあった。当然、差別は存在するべきではない。しかし、過酷な経験が共生を後押しすることもまた確かだ。それらの問題も含め、川崎区は多文化共生に向かわざるを得ない日本社会における未来を見せてくれているだろう。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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