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【特集:日本の宇宙戦略を問う】
外的条件の要請と技術的必然性の検討より、組織内の都合が優先──日本宇宙開発事業の❝弱点❞

2019/03/05

準天頂衛星システムが新体制の目玉となるまで

測位衛星システムというのは、複数の衛星からの電波を受信して自分の位置を知る仕組みである。現在、アメリカの「GPS」、ロシアの「GLONASS」、欧州の「GALILEO」、中国の「北斗(Beidou)」という、それぞれ30機規模の全世界をカバーする巨大システムが4つ稼働しており、さらにインド亜大陸をカバーするインドの「IRNSS」という地域システムが動いている。日本のみちびきはIRNSSと同じく日本周辺限定の地域システムであり、準天頂軌道という特殊な軌道の衛星5機と、静止衛星2機の合計7機で構成される。

準天頂衛星システムは、1970年代に技術的可能性が提案されて以来、様々な紆余曲折を経てきたが、宇宙基本法施行の2008年の段階では暗礁に乗り上げていた。

準天頂軌道は、北緯30〜40度に位置する日本列島の真上に、連続で8時間以上衛星がほぼ停留し続けるという軌道だ。つまり3機の衛星を打ち上げると、入れ替わりで24時間常時、1機の衛星が日本の天頂付近に見えることになる。衛星の故障に備えた予備衛星も含めれば5機となる。真上から電波を落とすと地形や建物に遮られることがない。それだけ受信状態の良い電波環境を提供することができる。

1990年代、準天頂衛星システムは、衛星携帯電話サービスへの使用が検討されていた。が、衛星3機のコストに見合うだけの需要が見込めず、この構想は消滅。次いで、自動車などの移動体に多チャンネルデジタル放送を行うという用途が提案された。実現に向け、2002年は三菱電機が中心となりトヨタ自動車まで巻き込んで新衛星ビジネス株式会社という事業会社を立ち上げるところまで行ったが、これまた採算が見込めないということで、2007年に会社解散となった。

最後に残った用途が、「アメリカのGPSと互換の測位信号を、日本の真上から送信する」というGPS補完という用途だった。GPSは高度2万kmの軌道を24機(予備機も含めると30機)の衛星が巡り、測位信号を送信してきている。地上の受信機はそのうちの最低3機からの電波を受信できると自分の緯度と経度を、4機以上からの電波が受信できれば緯度と経度に加えて高度も知ることができる。しかしGPS衛星は、いつも真上にいるわけではないので、電波は地形や建物で遮られることになる。また地形や建物で反射した電波は測位を狂わせる大きな原因ともなる。そこで、真上から測位信号を送信する衛星が1機あれば、常時安定した測位が可能になる——2008年の段階では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、そのための実験衛星「QZS」(2010年に打ち上げられ「みちびき」と命名された)を開発している最中であった。QZSは1機のみ予算化されており、その後どのようにして実用システムに向かうかのロードマップは皆無であった。

それを経済産業省が拾った。

どのようにして拾ったのか。「測位衛星システムは、全官庁の業務に関係する宇宙インフラである。従って、文部科学省のような一官庁の管轄に置くのは不適当であり、国の政策全般をみる内閣府が持つのが適当である」と主張したのだ。測位衛星システムを文科省の権限を殺ぎ、内閣府に移管するための武器として使ったのである。

実は、経産省の主張には穴があった。国土交通省が2005年に打ち上げた運輸多目的衛星「ひまわり6号」、そして2006年打ち上げの「ひまわり7号」で、GPS信号を高精度化する「MSAS」という信号の送信業務を開始していたのだ。文科省としては「国土交通省がすでにやっているではないか」と言えば、経産省の主張を論破することができたはずであった。そうなっていたら、今見る準天頂衛星システム「みちびき」は存在しなかったろう。

しかし、文科省はそれに気が付かず、経産省の主張を認めざるを得なかった。文科省から内閣府に権限を付け替えるという経産省の目論見は成功した。その結果、先行不透明だった「みちびき」は一気に後継機が予算化され、国が整備する社会インフラの「準天頂衛星システム」として、内閣府中心の新体制による宇宙開発の目玉となった。

組織の都合優先の体質は温存されたままとなっている

本来なら、測位衛星システムに関する施策はどのようにして決定されるべきであったろうか。

まず、「日本は測位衛星システムを持つべきか否か、持つとしたらそれによりどのようなメリット・デメリットがあるだろうか」という根本的な議論が必要だったろう。次に「持つ場合には、どのようなシステムが行政・外交・安全保障などの多方面にわたって最適か」という議論を行い、宇宙技術と政策・行政の要求とを摺り合わせ、技術的に無理がなく、もっともコストパフォーマンスの高い方式を選び、実際の宇宙計画に落とし込むべきだった。

実際はそうではなかった。準天頂衛星システムは1970年代以降、長い間「使おうにも採算性が見えない」という理由でくすぶっており、そのままなら技術試験衛星「みちびき」1機で終わるはずだった。それを経産省は「日本にとって最適の測位衛星システム」だからではなく「行政の権限を文科省から内閣府に付け替える道具として使える」という理由で拾い上げ、最終的に新体制の目玉にまで育て上げてしまった。もちろん、そうなるにあたっては「測位衛星システムが日本にとって必要な宇宙インフラである」という共通認識が浸透していたことは間違いない。しかし本来ならば、最初のステップは準天頂衛星ありきではなく「どんな測位衛星システムが日本にとって最適か」というより根源的な議論であるべきだった。

行政・外交・安全保障の要求と宇宙技術とのすりあわせの結果ではなく、政府組織内の組織の都合によって、準天頂衛星システムは日本宇宙政策の目玉に躍り出たのである。

準天頂衛星システムが実現に至るまでの経緯は、日本の行政が持つ宿痾が凝縮されていると言えるだろう。本来、政策上の要請と実現可能な技術とを摺り合わせることで計画化されねばならないものが、組織内の力学と都合により、国の政策の重要課題にまで祭り上げられるのである。

「宇宙を政策のツールとして利用する」というのが宇宙基本法の制定にあたっての基本理念であった。しかしできあがった新体制は、結局のところかつての総理府・宇宙開発委員会を、内閣府・宇宙政策委員会に衣替えし、うしろで動かす官僚集団が文部科学省(旧科学技術庁)から、経済産業省に交代しただけであった。

今もなお「どのような政策のために、どのようなツールを使うのが一番最適なのか」という議論をきちんと行った上で、宇宙計画を決定するには至っておらず、内向きの組織の理由が政策を左右する構造が残っているのである。

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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