【特集:障害と社会】
座談会:これからの障害者雇用を考える
2018/12/05
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出縄 貴史(いでなわ たかし)
株式会社研進代表取締役
塾員(昭53政)。大学卒業後三井住友海上火災保険(株)入社。2005年より現職。福祉分野に企業的営業手法を導入し、ホンダとの取引を中心に、施設外就労、福祉施設自主製品の販売促進等、事業の多角化を推進。
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三井 正義(みつい まさよし)
株式会社リクルートオフィスサポート執行役員
塾員(昭61法)。大学卒業後リクルート入社。人事・広報等スタッフ部門勤務後、狭域事業ディビジョンカンパニーオフィサー、HRマーケティング執行役員等を歴任し、2012年より現職。
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関村 友一(せきむら ゆういち)
あさがお年金社会保険労務士オフィス代表
塾員(平12経)。社会保険労務士 年金アドバイザー。自身の経験を生かして、精神障害の理解を広げる活動を展開。神奈川県社会保険労務士会障害年金部会所属、社会保険労務士三田会幹事。
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中島 隆信(司会)(なかじま たかのぶ)
慶應義塾大学商学部教授
塾員(昭58経、63経博)。博士(商学)。2001年より現職。07年~09年内閣府大臣官房統計委員会担当室長。専門は応用経済学。著書に『新版 障害者の経済学』等。
障害者雇用数の増加とその歪み
中島 今日は障害者雇用をテーマに、実際に様々なかたちで関わっている方々にお集まりいただき、お話を伺いたいと思います。
2006年に障害者自立支援法が施行されてから10年以上が経ちました。その後、障害者雇用促進法(1960年制定)の改正、障害者総合支援法や障害者差別解消法の施行など、いろいろな法律が整備され、障害のある方たちを職場に、そして社会に受け入れていこうという素地はある程度できてきたかと思います。様々な偏見も徐々になくなってきているように思われますし、障害の「医学モデルから社会モデルへ」という大きなパラダイムシフトも起きました。
また、本年4月から精神障害の方の雇用義務が発生し、障害者の法定雇用率がさらに上がり、今まさに障害者雇用が大きな転機を迎えているのではないかと思います。このような中、この夏には中央省庁などでの障害者雇用水増し問題が報道を賑わせるということもありました。
今日は、精神障害当事者の方にも参加いただき、忌憚のないお話をしていただければと思います。
まず、日本の障害者雇用がここ10年でかなり進展してきたことは確かですが、その間、具体的にどのような進展があったのか、それぞれの立場からどのような評価をされているか、お話しいただければと思います。はじめに丸物さん、いかがでしょうか。
丸物 まず、国、厚生労働省の施策ということからお話しいたします。国としては、国連の障害者権利条約(2006年採択、2014年日本の批准が承認)の批准を第一に考えて法整備を大急ぎでやってきました。また、厚生労働省は、雇用の量的拡大を一番に目指し、着実に雇用数を伸ばしてきました。特に本年の4月より「精神障害者の雇用の義務化」が行われると、この動きは加速され、法定雇用率もグンと上がりました(民間企業で2.0→2.2%)。ただ、この施策を急速に進めたがために、様々な問題点が出てきました。
障害者雇用というのは、その負担の大半が障害者を受け入れる企業や団体にかかってきます。短期間に大きい数字を義務付けられると、障害者を受け入れる側に「なぜ障害者雇用をやらなければならないのか」という本質的なことを考える余裕がなくなり、ただ法定雇用率を達成するための数合わせに走ってきてしまったという感があります。その典型が、最近騒がれている「水増し問題」なのだと思います。
この問題を解決するため、今後は、「雇用の量」といった数に力点を置いた施策から、「雇用の質」といった働きやすさに力点を置く施策に変えていく転換期に来ていると思います。
「福祉」と「雇用」のあいだで
中島 量的にかなり増えたので、一応の成果はあった。しかし、役所も企業の尻をたたいてきた結果、いろいろな歪みも出てきたということですね。
次に出縄さんにお話を伺いたいと思います。出縄さんは企業で働かれた後、福祉の仕事をされていらっしゃいます。障害者の方たちの就労を支えるお立場から、この10年の歩みを振り返っていかがでしょうか。
出縄 私は福祉分野をずっとやってきたわけではなく、父が14年前に亡くなった後、それを継ぐかたちで企業から福祉の世界に入りました。社会福祉法人進和学園という平塚にある知的障害者の施設です。
500名ぐらい利用者がいらっしゃって、そのうちの200名ぐらいが就労系で、ホンダさんの自動車部品の組み立てを中心にいろいろやっています。株式会社研進は、その進和学園の営業窓口会社です。
私が福祉の世界に入ったのは2005年ですが、翌年の障害者自立支援法施行は、福祉の現場でも半世紀ぶりの大改革でした。それまでは「措置時代」と言われていました。自立支援法で何が変わったかというと、「利用者」という言葉が出てきました。これは障害のある方が措置されるのではなくて、福祉サービスを利用する消費者の立場となるということを意味します。
その一方で、丸物さんがおっしゃったとおり、障害者雇用という労働施策も急激に進んでいきました。それとある程度リンクするかたちで、福祉政策も「福祉から雇用へ」というのが一つの合い言葉になり、障害者自立支援法に基づく「就労移行支援事業」という新しい事業ができました。
これは福祉施設を利用している方を一般雇用の形で就労させるため、報酬単価が高く設定された公的資金が補助金として福祉施設へ支給されるのです。この就労移行支援事業にはどの施設も飛びつきました。これは2年間という有期のプログラムの中で、養護学校から来た方々を訓練して一般就労へ送り出すという事業です。
障害のある方が一般企業で雇用されて働くということは理想的ですが、現実はそれほど甘くはない。一般雇用へ行ける方というのは、はっきり申し上げて、ごく一部の方だと思います。多くの方は引き続き福祉施設の中で働いていかなければいけない。それ以前から福祉と雇用の差は大きかったのですが、ますます福祉と雇用の格差が広がっていったわけです。
そこで、格差があまりにも広がるのはよくないということもあり、障害者自立支援法の中で「就労継続支援A型事業所」というものができたんですね。事業所が障害者と雇用契約を結ぶといういわゆる「雇用型」というもので、国もこれを積極的に推奨しました。そのためA型事業所の数が2010年の707から2016年の3455へと、たかだか5〜6年で約5倍にも増えました。
中島 急激に増えすぎましたね。
出縄 そうです。これがまた歪みをもたらしました。企業にとってみると、A型をやると福祉の予算、つまり助成金がつくわけで、その助成を目当てにした「悪しきA型」という事業所がかなり出てきました。
これではいけない、A型の健全化を図ろうということで、3年ほど前に全Aネット(就労継続支援A型事業所全国協議会)という全国組織ができました。国もA型を健全化するための指導を行っており、今後、A型は淘汰されるものと思います。
一言で言えば、この10年、労働施策も福祉施策も、量的な拡大を図ったということになると思います。今後は、福祉と雇用のハイブリッド型など多様な就労の場がもっとできて、いろいろと障害のある方が選択できる、質と量がバランスよく整合し、トータルベストを目指した制度・施策が求められると思います。
中島 非常にいい点をご指摘いただきました。福祉の現場と企業の就労の間にはかなりの差があるにもかかわらず、ともかく雇用率を上げていったわけですが、福祉のほうに通っている方たちはそんなに簡単には一般の就労には入れない。
それなのにA型事業所を増やしたことにより、相当不自然なことが起きてしまったわけですね。本来はその間の差をある程度埋めていく作業がもう少し必要だったと。
出縄 特に「就労継続支援B型」という、いわゆる雇用契約を結ばない非雇用という形で働かざるを得ない方々への配慮が非常に欠けていると思います。かつて授産施設とも言われたB型で働いている方の中でも能力の相当高い方もいらっしゃいますが、そうは言ってもA型にも行けないし、一般雇用も難しい。
A型へ行かれた方は労働者としての権利が保全されますが、B型の方は訓練生とされるので残業もできない。これはB型で働いている人の人権問題だと思います。ILOからも、日本の授産施設における利用者の就労形態は勧告違反との指摘を受けていますし、福祉施設で働く方の労働者性の問題とも言われています。
2018年12月号
【特集:障害と社会】
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丸物 正直(まるもの まさなお)
公益社団法人全国重度障害者雇用事業所協会専務理事
塾員(昭49経)。大学卒業後住友銀行入行。本店人材開発部長等を歴任。2007年SMBCグリーンサービス代表取締役社長就任を機に障害者雇用に関わる。12年より現職。17年内閣総理大臣表彰。