三田評論ONLINE

【特集:NPOの20年】
NPOの社会的インパクト評価

2018/11/05

社会的インパクト評価の取り組み

こうした課題に対して、特に英米を中心に社会的価値評価の手法を標準化しようという取り組みが行われてきた。とりわけ、定量的評価の分野では複数の異なる手法があるが、SROI(Social Return on Investment:社会的投資利益率)がその1つである。

米国サンフランシスコに所在するREDF(Roberts Enterprise Development Fund)は、主にホームレス課題に取り組んでいる非営利組織に資金・非資金的支援を行う財団であったが、支援先の団体の成果をどのように評価するかという課題に直面していた。そこで1990年代当時の事務局長であったジェド・エマーソン(Jed Emerson)が投資ファンドからの助成金をもとに開発したのがSROIである。SROIは活動の結果(アウトプット)だけではなく、成果(アウトカム)に対して貨幣価値換算による定量評価を行い、活動の投資対効果を測るというフレームワークである。

例えば、ホームレス支援の活動の中で、「何人のホームレスにサービスを提供したか」という活動の結果だけではなく、「そのホームレスが支援を受けた結果、どのような仕事に就いたか」、「平均賃金はいくらか」、またその結果、削減された公的扶助の効果はどれだけかといった成果を捉え、プログラム実施の費用と対置する形で費用対効果を算出する。「どれだけの事業を実施したか」ではなく、その成果を定量的に評価し、貨幣価値換算によって投資対効果を測ろうとする野心的な試みであった。

こうしたSROIの手法は、社会的事業の費用対効果を測りたいという資金提供者(助成財団や社会的投資家)のニーズに応え、また同時にサービスの生産性を高めることでより多くの資金を獲得したいと考える社会的事業者のニーズに応えるものとして広がってきた。2008年には英国でSROIネットワークが設立され、2018年現在ではその支部が20カ国以上に設立されるなど、一定の広がりを見せた。

こうした定量的な社会的インパクト評価のあり方は、特に社会的事業に対する社会的投資の伸長とともに成長した。例えば、2001年に米国ニューヨークに設立されたアキュメン(Acumen)は社会的投資ファンドの草分けと言われ、主に途上国において衛生やインフラ事業を行う社会的企業を対象に株式投資を行っているファンドである。こうした社会的投資は、世界全体で見ると過去20年間で2,280億ドル(約25兆円)に成長し(Global Impact Investing Networkによる推計:2018年)、金融市場の中にもESG投資市場として成長、世界での市場規模は22兆8,900億米ドル(2,541兆円)(Global Sustainable Investment Alliance調査:2016年)、日本でも136兆円 (日本サステイナブル投資フォーラム調査:2017年)となっている。

社会的投資は、通常のリスク・リターンに加え、社会的インパクトを加味した評価軸での投資判断を下すことに特徴がある。こうした金融市場における社会性を重視した投資のあり方も、市場原理を活用することによって、社会的事業の生産性を高め、社会的課題を解決しようとする社会の流れの1つであり、先述の非営利組織に対する社会的インパクト評価の流れを後押しした。

社会的インパクト評価の標準化と社会実装

さらに英国では、こうした社会的価値評価の標準化に関する取り組みも行われている。2016年にSROIネットワークから改組したソーシャル・バリュー・インターナショナル(Social Value International)では、グローバル・バリュー・エクスチェンジと名付けられた社会的インパクト評価指標のデータベースを運営している。同時に、異なる評価手法の間で互換性を担保するための各種ガイドラインの整備も進められている。

また英国では、2013年に公共サービス(社会的価値)法(Public Service (Social Value) Act)が施行され、公的機関が民間から社会的サービスを購買する際に、単に業務の仕様と価格だけで委託先を決定するのではなく、そのサービスが実現する成果の社会的価値を考慮し、採択の判断基準とすることが義務付けられた。

同時に、社会的インパクトを評価するだけではなく、それを企業や非営利組織の経営にどのように活用するのかという論点も、一連の議論の中で大きな議題となった。測った社会的価値を活用してどのように事業のインパクトの向上につなげるのかという点が欠落していては、実質的な社会的インパクトの拡大につながらないからである。こうした議論が、それまでの「社会的インパクト評価」から「社会的インパクト・マネジメント」へフォーカスを移すべきだという主張を支える根拠になっている。

カテゴリ
三田評論のコーナー

本誌を購入する

関連コンテンツ

最新記事