三田評論ONLINE

【特集:自由貿易のゆくえ】
座談会:世界は保護主義とどう向き合うのか

2018/08/06

世界経済の中の日本の役割

清田 日本がこれからどのような立ち位置をとっていくべきかをお聞きしておきたいと思います。

深作 1つ注目しているのは、昨年12月のブエノスアイレスのWTO閣僚会議において、日米EUによる三極共同声明が出され、それに基づいて今年の5月末のOECD閣僚理事会で付属的に三極が声明を出したことです。

その内容を見ると、ネガティブではなくポジティブな方法で、中国にどう対抗していくのか。その中でWTOをどう使うか。WTOの近代化、公正化に向けて、三極でやろうと、かなり具体的な内容になっています。それもほかの国と一緒にやるべきだという形ができたのは、すごくポジティブだと私は考えています。

滝田 来年はG7サミットの議長国がフランス、G20サミットは日本が議長国ですね。フランスの人と話をしていると、かなり「日本とできることがあったら一緒にやりたい」という感じがあります。日EUのEPAなどはすごくよかったと思いますし、合意できるような感じで地道に有志連合をつくっていく努力が重要だと思います。

深作さんがおっしゃったブエノスアイレスでの三極の握手ですが、アメリカ側はライトハイザー通商代表部代表で、EUの担当大臣とライトハイザーさんは握手もしなかった。それで世耕さん(経済産業大臣)が「握手しているような雰囲気をつくろう」と促した。 そういう日本流の気配りは意外に役に立つのかもしれません。

藤山 日本が自由貿易と、市場原理を守ることを先導していくことは重要だと思います。100年間かけて、グローバリズムをまじめにやってきた非白人系の国は他にないので、その過程での痛みも知っている。

つまり、途上国側の人たちの感覚も分かるし、欧米の人たちの考えも分かるので、日本はルールを提案していく役割を担っているのだ、と自覚することが非常に重要だと思います。

そして、今アジアでそれをやる時に、日本だけではなくて、韓国にも努力をお願いしたい。日韓FTAがいつまで経ってもできないでいます。日韓であれば市場原理や民主主義の感覚も十分に成熟しているので、TPPに準ずるようなレベルのFTA、EPAができるのに、そこが進まない。

韓国は自分の市場のために中国と先にFTAを結んでしまい、その後、日中間のFTAの話をしようとしている。こうするとレベル自体が下がってしまうので、TPP11と日中間FTAがマージしていくことはなかなか難しくなってきている。

韓国と日本が上手くやっていくことで、TPP11にASEAN、韓国も全部なだれ込ませていく道筋ができる。中国も仕方がないからそれに入ってくる。「一帯一路」では、中国の主導的ルールというのが見え見えになっているので、そうではなくて、どこから見ても公正な一つの理念を重要視したルールをつくっていくために、日韓やASEANの側にもう少し中国を連れてくる努力をするべきではないかと感じています。

若杉 トランプの通商政策も、中国の対応もそうですが、これまで国際社会が長年かけて積み上げ共有してきたルールを崩壊させることによって、予想しないようなことが起きることはあり得るわけです。 例えば良好なアメリカ経済に水を差したり、中国の成長が思いがけず低下したり、世界的に株価が下落するといったことで世界経済に大きな混乱を起こす可能性もある。そういったことを回避するために、日本は、発展しているアジア諸国に参加を呼びかけ、貿易のルールを共有していく土壌を作る役目を果たすことが非常に重要ではないか。

自由貿易で重要なのは、ルールをお互いに共有して、その下で効率的で透明な取引をすることだろうと思います。日本がそのことを積極的に働きかける立場にあるのではないかと私は思います。

「根が深い」問題にどう向き合うか

清田 活発なご議論を有り難うございました。最後に、今日お話を伺ったことを私なりに整理させていただきます。今日のキーワードとして私が挙げたいのは存外「根が深い」ということです。

まずそもそもパワーバランスの変化があった。つまり、日米の場合は安全保障上、アメリカとしてもやりやすかった部分がありました。しかし、アメリカとは安全保障関係のない中国が力を持ってきたことによって問題が深刻化している。その意味では根が深い。

中国はWTOに入って恩恵を受けていて、それによって他のWTO加盟国は中国国内も変わることを期待していました。結果として、中国は、経済はよくなったけれど、市場のメカニズムが各国から信任を得られるほどは変わってくれなかった。WTO加盟後も、中国国内はあまり変わっていないという意味ではこれも根が深い。

一方でアメリカで自由貿易でも恩恵を受けた人と受けなかった人がいる。デトロイトの見捨てられた地域のようなところから出てきた、後ろ向きな動きを受けた政策というのが、WTOの穴を突いたような形で表面化している。あたかもトランプさんが出てきて、保護主義的な動きが表面化したかのように考えがちですが、将来、大統領が他の方に代わっても、ひょっとしたらこの動きは沈静化しないかもしれない、という意味で、根が深いのかなと感じました。

それを踏まえて4点ほど申し上げたいのですが、まず1つ目が、過去の日米通商交渉の経験でもそうですが、結局、保護主義的政策によって誰が一番害を被るのかと言うと、国内の消費者です。つまり、保護することによって商品の価格は上昇するため、消費者は高いお金を払うようになります。それに加えて、自国企業が海外に逃げるようなことも起こってきていますので、保護主義は消費者にとってもマイナスですし、生産者にとってもひょっとし たらマイナスかもしれません。保護主義を議論する上で、この点は広く認識されるべきではないかと考えます。

2つ目はこれに関係して、市場原理が本当に機能しているのかという話です。これはすごく大きなテーマだと思いますが、1つの見方としては、これまで前提としていた市場原理とは違った市場原理が働いているのではないかということです。

標準的な国際経済学では、貿易の自由化が起こることによって産業の調整が上手くいくことを前提としています。特にアメリカの労働市場は日本に比べると柔軟に対応できると言われ、それによって調整が働くだろうと言われていたのですが、最近の研究ではそれを否定するような「ローカル・レイバー・マーケット」という話が出てきています。

実はアメリカの労働市場は皆が思っているほど柔軟ではなくて、かなり固定化されている。特に学歴で分断されていて、大学未満の労働者の場合、州を越えての移動が少ない傾向にあるようです。労働者の地域間移動がなく、貿易の利益がその人たちに渡らないということがあるとすれば、それは今後考えていく必要がある重要な問題ではないかと思います。

それと関連して3つ目、配分の問題はこれまで国際経済学では、自由化した後に国内の政策として考えなければいけないと言われていたのですが、両者を切り離さず、パッケージとして議論を深めていく必要があるのかなと感じました。

4つ目は、金融と人の動きです。この部分はモノとは違う対応というか、少し慎重に考える必要があるのではないかと思っています。

最後に日本については、やはりどの方のご意見も、基本的には自由貿易の旗振り役でいいのではないかということでした。一方でTPPや日欧EPAなど、地域レベルでの自由貿易協定を推し進めつつ、もう一方でWTOの近代化にも貢献するような形で推進していければいいのではないか。今後の世界経済や貿易体制を考える上で、ルール作りだけでなく、それを共有できるようにしていくことが日本が果たす重要な役割ではないかと理解しました。

今日は大変示唆に富んだお話をいただき、有り難うございました。

(2018年6月28日収録)

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。

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