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【特集:自由貿易のゆくえ】
座談会:世界は保護主義とどう向き合うのか

2018/08/06

アメリカの保護主義を生んだもの

藤山 2008年のリーマンショックがやはり、世界の規範に対して揺さぶりをかけたということは非常に大きいのだと思います。市場原理は、モノを相手にしている時は何とか理屈を保ってきましたが、金融市場に対する正当性は、実は現在でもあまり回復されていないのではないかと感じています。

リーマンショックの時に、金融市場主義の原理を見直さなければいけない、という議論が相当にありました。例えば銀行資本の強化、それから産業で集めた商業銀行のお金を投資銀行に流用しないこと、ファンドが公開性を高めることなどは実際に行われましたが、当初課題とされたファンド規制や、格付け機関の再評価、金融市場そのものへの規制などは、ウォールストリートとシティの反対もあって改革できなかった。

また、21世紀に入って、BRICsの成長率が非常に高かったので、グローバリズムを標榜する日米EUの世界経済(GDPの合計)に占める比率が70%台にあったものが、ほぼ50%台の下のほうまで落ち、相対的にグローバリズムが世界をコントロールする力を失ったという背景もあると思います。

アメリカの話を私なりに分析すると、アメリカにおけるものづくり産業は90年代の政策の中で捨て去られたはずだったのに、実はそこに就労している人たちの数はかなり多い。しかも、国内は金融のほうの人たちが力を握っていて、そちらを後押ししている政策によって潤っているけれど、そうではない製造業や農業のほうは潤っていない。

米国内の貧富の格差が大きくなり、いわゆる分裂を生んだ。この分裂こそトランプの保護主義の背景だと言えます。だから、どうしてトランプが出てきたのかが分からなかったのか、と言えば、われわれはアメリカの東西両海岸しか見ていなくて、アメリカの真ん中の人たちと付き合っていなかったということだと思うのです。

滝田 アメリカの東と西の両海岸しか見ていなかったというのは、その通りだと思います。3月に出張でニューヨークとデトロイトに行ったのですが、デトロイトでも再開発をしているところはものすごくきれいです。もう完全にリーマンショックの爪痕は消えているという感じですが、昔、自動車をつくっていた廃工場の周りに住んでいる人たちの光景を見ると、おそらく何年経ってもこの状況から這い出せない人たちがいるのだと思います。

いわゆるリベラル(進歩派)をもってするインテリ、メディアが完全に見逃していたのが、そういう声を発することもできない人たちだった、ということを考えると、トランプさんの基盤はとても強いと言わざるを得ません。

先日G7のサミットがカナダで開かれました。ドイツの首相府が発表して話題になった、メルケルさんがドンと立っていて、トランプさんに詰め寄っている写真がありました。あれは歴史に残る写真だと思います。つまり、先進国の中でもいわゆる自由貿易派と言いましょうか、リベラルなポジションをとるメルケルさん。彼女とトランプさんの立場は完全に深い溝をつくってしまった。

安倍さんが真ん中に立っていたことは非常に象徴的です。日本の経済政策、通商政策からすればヨーロッパ、カナダの側にいるのは明らかなのですが、おそらく北朝鮮の問題や、安全保障の立ち位置でトランプさんとの関係を無下にできない。ということで真ん中の位置取りになっています。そして、最後にコミュニケ(共同宣言)がまとまらなくなって、どうしようという時に、トランプさんが安倍さんに「シンゾウ、どう思う?」と聞いたんです。

その時、安倍さんが開口一番「やはり、WTOというのは重要な役割を果たしている」と言って、トランプさんの目が点になったんですが、「シンゾウが言うことだから」ということで「ルールを改善した形でのWTO」というようなものがコミュニケに入った。あれが本当に現時点でのギリギリの着地点で、日本のコントリビューション(貢献)だったと思うのです。

その後トルドーさんが会議が終わった後の記者会見で、ご案内の通り「このようにコミュニケがまとまったけれどアメリカの大統領はけしからん」と言ったので、トランプさんが切れてしまって、コミュニケを蹴とばしたというわけですが。

2国間交渉に傾くアメリカ

若杉 皆さんのお話に少し加えると、中国がWTOに加盟する時、OECD諸国は、中国が加盟すれば、中国自身が大きく変わるのではないか、それが中国の発展にも、世界全体にとってもよいことなのではないかと期待したわけです。

しかし、中国は貿易の拡大による利益をたくさん得たけれども、中国自身にOECD諸国が期待するほどの変化があったのかとなると、残念ながら期待外れだったのではないか。

そういうことが、トランプ政権が中国に対して2国間交渉を始める動機になっているのではないか。WTOの下で多国間協議をしても成果が期待できないので、トランプが自信を持っている一対一の交渉で自国の要求を実現しようとしているのだと思います。

深作さんがおっしゃるように、アメリカなしのWTOというのは機能しないと思います。アメリカはGATT・WTOと2国間交渉を使い分けながら、一方的な措置をこれまでもやってきたのです。例えば1970年代から80年代の日米の貿易摩擦が激しかった時に、日本に対して自動車、半導体、カラーテレビ、鉄鋼製品に一方的な措置を要求していました。日米構造協議もそうでした。それに日本は譲歩してきました。

アメリカの今回の制裁関税の発表で相手が譲歩するのであれば解決の道はあったのかもしれないけれど、今回はアナウンスしても、力をつけた相手方は譲歩しなかった。そのためにアナウンスしたものを発動せざるを得なくなった。発動すると、今度は相手国が報復措置をとる。それに対してまたアメリカは報復措置を追加する。私は、このような事態は、アメリカにとっても、予想を超えたことになっているのではないかと思います。

特に象徴的なのは、欧州との関税引上げ競争が引き金となって、ハーレーダビッドソンのアメリカ国内の生産の一部が海外に移転する例だと思います。もしかしたらアメリカが自由貿易圏から孤立するのではないかといった懸念が出始めている。報復関税の結果、ニューヨーク市場で株価が下がるというハードランディングのシナリオが予想され始めている。これはアメリカが予想しなかった展開ではないか。

ここで自由貿易の大事さを共有しておかないと、世界経済が予想以上に悪影響を受けることになってしまうのではないでしょうか。

深作 以前、アメリカが一方的な制裁措置の発動に振れた時期がありました。70年代後半から80年代にかけて、日米経済協議の中で半導体をはじめとして様々な産業に対して、アメリカは301条をちらつかせながら日本の譲歩を勝ち取った。

その時と現在とどこが違うのかと言えば、それはやはり相手が日本ではなくて中国だということだと思います。中国はまず安全保障に関して、アメリカに何かを負っているわけではない。だから、譲歩する必要がありません。それから、中国にとって今一番重要なのは、グローバル・サプライ・チェーンの一番利益率の低いところにとどまっているのではなくて、自分たちももっと利益を得るところに行きたい。そのためには知財をうまく使いたいし、国内でもそれをつくりたいし、他からも持ってきたいということで、広い意味で産業政策のあり方が問題になっています。

70、80年代と比較してもう1つ違う点は、その当時は議会が保護主義に走り、それが1988年包括通商・競争力法でスーパー301条をつくり、それをテコとして2国間協議をするという形でした。一方、現在は、議会の共和党主流派は、むしろトランプ政権のやることを抑えようとし、もう一度、貿易政策の決定権を議会に取り戻すような動きも見られる。

あの当時とは違って、大統領のほうが前のめりになっている。トランプ大統領の最大の目的は中間選挙に勝つことであり、「自分は大統領選挙において約束したことを実行しているんだ」ということを選挙民に訴えるという、国内政治向けの通商政策なわけです。

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